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18.再訪
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翌日、社長に群馬行きの許可をもらった。鳩羽ひまりの日記は全ページコピーしてから、鞄に詰めた。
そして翌週、僕たちは群馬県A村に出発した。
「今回は遅れませんでしたね。野々原さん。それにヒールじゃなくてスニーカー履いてる」
「この前は時間間違えただけだもん。こっちの方が歩きやすいでしょ?」
「それを前回の時点で気づいてくれるとよかったんですけどね」
「過ぎたことはいいでしょー」
野々原さんはふてくされた顔で言う。
「そうだ。野々原さんに相談があるんですけど」
「なになに?」
「伊勢さんに言いますか?鳩羽ひまりさんが現在どうしているか」
「あ……っ」
野々原さんは今初めて思い立ったというように、目を見開いた。
「それは教えるべきでしょ!伊勢さん心配してたし」
「ですけど、伊勢さんは鳩羽ひまりが何を考えてお屋敷にいたのか、全然知らなかったみたいじゃないですか。本当のことを知ってどう思うか」
「うーん、でもさ、無事だったってことくらいは教えてあげてもよくない?」
野々原さんはそれに、と付け足す。
「記事にしたら、伊勢さんにも全てわかっちゃうよ」
「それなんですよね……」
だからこそ悩ましい。
「僕は、伊勢さんには黙っておいた方がいいかと思うんです。伊勢さん、鳩羽ひまりの弟や妹のために働きに来てるって話を信じて疑ってなかったみたいなのに、存在すらしないなんて知ったら裏切られた気になるんじゃないでしょうか……」
「それじゃあ、教えないの?今も行方不明のままっていうことにしておくの?」
「社長が鳩羽ひまりだということは黙っておいて、取材をしているうちに本人に会ったことにしませんか。それなら無事は知らせられます」
「それでいいのかなぁ」
野々原さんはあまり納得していなそうだったけれど、とりあえず同意してくれた。
A村に到着すると、前回と同じホテルにチェックインした。柱には大きく『ホテル ミグラテール』と彫られている。名前だけはやけに美しい。
「相変わらずおどろおどろしい場所だね」
野々原さんは薄暗いロビーを見回しながら小声で言う。
「ここって、ツークフォーゲルの経営だそうですよ」
「え、嘘。石鷲見の?名前が違うじゃない」
「事件でツークフォーゲルの印象が悪くなってしまったから、名前を変えたみたいです。昔は村の中でも栄えている有名なホテルだったらしいんですが、一家が死んでからどんどん人が遠のいていったとか。でも、名前を変更しても事情を知ってる人は知ってるから、なかなか人が集まらないようですね」
「おどろおどろしいのも納得……」
野々原さんは顔を引きつらせて辺りを見回した。
部屋に荷物を置いてから、僕たちは伊勢さんの家に向かった。事前に家に行っていいか連絡をしたとき、伊勢さんからは今日の16時から一時間ほどなら時間があると言っていた。
「いらっしゃい」
チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。伊勢さんの顔には相変わらず疲れが刻まれている。しかし、前回見たときよりは幾分顔色がよく見えた。
僕と野々原さんは、おじゃましますと言って中へ上がる。
「これ、ありがとうございました。とても役に立ちました」
「いいえ。わざわざ持ってきてくれてありがとうね。郵送してくれてもよかったのに」
「いえ。少しお話したいこともあったので……」
口を開こうとして、ちらりと野々原さんの方を見た。野々原さんは少し緊張した面持ちで伊勢さんを見ている。
「伊勢さん、実は僕たち、鳩羽ひまりさんに会ったんです」
「え……っ?」
伊勢さんが驚いた顔でこちらを見た。
「鳩羽さんに会ったの!?あの子、無事だったのね?」
「はい。元気でやっていましたよ。今は小さな会社を経営しているそうです」
「そうなのね、よかったわ。あんな事件があった後にいなくなるから心配していたの。それにしても会社を経営だなんて。あの鳩羽さんが。不思議な気分だわ」
伊勢さんは明るい声で言う。鳩羽ひまりのことを本当に気にかけていたようだ。
「それにしてもよく見つかったわね。ごめんなさい、正直アイトなんて雑誌聞いたこともないし、あなたたちは大学生のバイトだっていうし、見くびってたわ。記者さんってすごいのねぇ」
感心したようにこちらを見る伊勢さんに少し罪悪感を持ちながら、話を続ける。
「それで……記事なんですけど、伊勢さんが少し驚くような内容が出てくるかもしれません」
「驚くようなこと?」
「例えば、鳩羽さんは伊勢さんの思っているような人物ではなかったとか」
遠慮がちに告げると、伊勢さんはきょとんとした顔をする。
「つまり?」
「伊勢さんは、鳩羽さんのことを健気で小さな弟や妹のために働く頑張り屋だと思っていたかもしれませんが、そうではないかもしれないってことです」
ちょっと緊張しながら告げたら、伊勢さん少し黙った後に、おかしそうに笑いだした。予想外の反応に戸惑ってしまう。
そして翌週、僕たちは群馬県A村に出発した。
「今回は遅れませんでしたね。野々原さん。それにヒールじゃなくてスニーカー履いてる」
「この前は時間間違えただけだもん。こっちの方が歩きやすいでしょ?」
「それを前回の時点で気づいてくれるとよかったんですけどね」
「過ぎたことはいいでしょー」
野々原さんはふてくされた顔で言う。
「そうだ。野々原さんに相談があるんですけど」
「なになに?」
「伊勢さんに言いますか?鳩羽ひまりさんが現在どうしているか」
「あ……っ」
野々原さんは今初めて思い立ったというように、目を見開いた。
「それは教えるべきでしょ!伊勢さん心配してたし」
「ですけど、伊勢さんは鳩羽ひまりが何を考えてお屋敷にいたのか、全然知らなかったみたいじゃないですか。本当のことを知ってどう思うか」
「うーん、でもさ、無事だったってことくらいは教えてあげてもよくない?」
野々原さんはそれに、と付け足す。
「記事にしたら、伊勢さんにも全てわかっちゃうよ」
「それなんですよね……」
だからこそ悩ましい。
「僕は、伊勢さんには黙っておいた方がいいかと思うんです。伊勢さん、鳩羽ひまりの弟や妹のために働きに来てるって話を信じて疑ってなかったみたいなのに、存在すらしないなんて知ったら裏切られた気になるんじゃないでしょうか……」
「それじゃあ、教えないの?今も行方不明のままっていうことにしておくの?」
「社長が鳩羽ひまりだということは黙っておいて、取材をしているうちに本人に会ったことにしませんか。それなら無事は知らせられます」
「それでいいのかなぁ」
野々原さんはあまり納得していなそうだったけれど、とりあえず同意してくれた。
A村に到着すると、前回と同じホテルにチェックインした。柱には大きく『ホテル ミグラテール』と彫られている。名前だけはやけに美しい。
「相変わらずおどろおどろしい場所だね」
野々原さんは薄暗いロビーを見回しながら小声で言う。
「ここって、ツークフォーゲルの経営だそうですよ」
「え、嘘。石鷲見の?名前が違うじゃない」
「事件でツークフォーゲルの印象が悪くなってしまったから、名前を変えたみたいです。昔は村の中でも栄えている有名なホテルだったらしいんですが、一家が死んでからどんどん人が遠のいていったとか。でも、名前を変更しても事情を知ってる人は知ってるから、なかなか人が集まらないようですね」
「おどろおどろしいのも納得……」
野々原さんは顔を引きつらせて辺りを見回した。
部屋に荷物を置いてから、僕たちは伊勢さんの家に向かった。事前に家に行っていいか連絡をしたとき、伊勢さんからは今日の16時から一時間ほどなら時間があると言っていた。
「いらっしゃい」
チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。伊勢さんの顔には相変わらず疲れが刻まれている。しかし、前回見たときよりは幾分顔色がよく見えた。
僕と野々原さんは、おじゃましますと言って中へ上がる。
「これ、ありがとうございました。とても役に立ちました」
「いいえ。わざわざ持ってきてくれてありがとうね。郵送してくれてもよかったのに」
「いえ。少しお話したいこともあったので……」
口を開こうとして、ちらりと野々原さんの方を見た。野々原さんは少し緊張した面持ちで伊勢さんを見ている。
「伊勢さん、実は僕たち、鳩羽ひまりさんに会ったんです」
「え……っ?」
伊勢さんが驚いた顔でこちらを見た。
「鳩羽さんに会ったの!?あの子、無事だったのね?」
「はい。元気でやっていましたよ。今は小さな会社を経営しているそうです」
「そうなのね、よかったわ。あんな事件があった後にいなくなるから心配していたの。それにしても会社を経営だなんて。あの鳩羽さんが。不思議な気分だわ」
伊勢さんは明るい声で言う。鳩羽ひまりのことを本当に気にかけていたようだ。
「それにしてもよく見つかったわね。ごめんなさい、正直アイトなんて雑誌聞いたこともないし、あなたたちは大学生のバイトだっていうし、見くびってたわ。記者さんってすごいのねぇ」
感心したようにこちらを見る伊勢さんに少し罪悪感を持ちながら、話を続ける。
「それで……記事なんですけど、伊勢さんが少し驚くような内容が出てくるかもしれません」
「驚くようなこと?」
「例えば、鳩羽さんは伊勢さんの思っているような人物ではなかったとか」
遠慮がちに告げると、伊勢さんはきょとんとした顔をする。
「つまり?」
「伊勢さんは、鳩羽さんのことを健気で小さな弟や妹のために働く頑張り屋だと思っていたかもしれませんが、そうではないかもしれないってことです」
ちょっと緊張しながら告げたら、伊勢さん少し黙った後に、おかしそうに笑いだした。予想外の反応に戸惑ってしまう。
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