魔女の虚像

睦月

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16.星井の知らない話(4)

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実像を理解しないのは、玲佳を知らない人たちだけではなかった。

玲佳を可愛がっていたはずの母でさえ、玲佳を疑った。玲佳からしばらくしたら戻ると電話が着たときにも明らかに戸惑っていた。

「ねぇ。大丈夫なのかしら、玲佳ちゃん。やっぱり、どこか遠いところで騒ぎが落ち着くまで隠れていた方がいいんじゃないの?近所の人の目もあるし」

「玲佳を厄介払いしろとでも?君がそんな冷たい人だとは思わなかった」

「だって、こんなことになるなんて思わないでしょう!?まさか、あの玲佳ちゃんが……。これは玲佳ちゃんのためにも言ってるのよ。今帰ったらいい見ものだわ」

「玲佳は人を殺すような子じゃない!何年も一緒に暮らしてきた君ですらわかってくれないのか」

部屋にいても二人の言い争う声が聞こえてきた。母と義父の仲はしだいに険悪になっていった。もともと、うちが平穏だったのは玲佳が潤滑油になっていたからだ。玲佳もおらず、暗い噂があちこちから入ってくる今の状態では、崩壊するのも時間の問題だった。


玲佳の死から一年半ほど経った頃、二人は離婚した。私は母の苗字である鳩羽姓に戻った。

マンションは義父の所有だったので、前橋市内の別のマンションへ母と引っ越した。

玲佳のニュースはその頃になってもまだ消える気配がなかった。最初の頃のように過剰に報道されることはなくなっても、世間が忘れたころに再現ドラマの放送だの、特集記事の掲載などがあるから、なかなか人々の記憶から消えてくれない。

玲佳の存在が歪められ、人々を怯えさせる人物へと変えられていく。


夜、ベッドの中でそのことを考えると吐き気がした。気持ち悪くて、行き場のない感情に胸を塞がれる。

なぜ自分がこんなに心を乱されているのかわからなかった。

玲佳と私は別に仲が良かったわけでもない。それどころか私は歩み寄る玲佳を拒み続けた。カードの返事だって、ついに一度も書かなかった。

それなのに、どうして今さらこんなに行き場のない思いに苦しめられているのか。

ニュースを見るたび、週刊誌を読むたび、こんなの玲佳じゃないと叫びだしたくなる。こんな私の中にも、同情心があるのだろうか。それとも正義感?どちらも当てはまらない気がする。ただ、玲佳を汚されるのが苦しい。

そもそも、本当に犯人は玲佳じゃないのか。

私は玲佳の一部分しか知らなかっただけではないのか。もしかしたら彼女にも人に見せない闇があって、それが表に出ただけなのかもしれない。メディアの流す玲佳像が間違いだと、何を根拠に否定できるのか。

けれど、証拠なんてなくても玲佳は犯人じゃないということをなぜか信じられた。


石鷲見家に行こうと決意した。行って全て自分の目で見よう。
真実を暴く。そして、見つけた真実を公表するのだ。

決めた途端、胸を塞いでいたものが、すっとどこかへ消えていくのがわかった。
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