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14.鳩羽ひまりの日記⑤
2007/9/2 1ページ目
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私は玲佳の自殺を告げ、真実を公表するよう、石鷲見一家に頼んだ。
沈黙の後、返ってきたのは冷徹な声だった。
「それはできない。家名を傷つけるわけにはいかない」
旦那様は、鋭い目つきで私を見る。反論は許さないという意思がありありと伝わってきた。
「烏丸さんがそんなことになっていたなんて知りませんでした。あなたが恨むのも無理はありません。しかし、もう終わってしまったことです。今から真実を公表したとして、何になるんです?」
緋音様はしらじらしく困り顔を作って言う。
「何にもなりませんね。玲佳は戻って来ませんから。けれど、これ以上玲佳の名誉が汚されないで済みます」
「烏丸さんはそんなこと望んでいるでしょうか?あの人は僕たち家族によく尽くしてくれました。悦吏子さんの事件を隠すために協力をお願いした時も、それが僕たち家族のためになるならと引き受けてくれたんです。今さら蒸し返しては、烏丸さんの献身が無駄になります」
「私の気が済まないんです!!」
机を叩いて声を張り上げた。駄目だ。緋音様の諭すような口ぶりを聞くと、どうしても気持ちが高ぶってしまう。
「鳩羽さんの言う通りにしてはどうですか」
心を落ち着けようとテーブルをじっと見つめていると、紅介様の静かな声が響いた。
「俺は元々反対だった。取り返しのつかないことになってしまったけれど……、せめて玲佳さんの名誉だけでも回復したい」
「紅介様」
張り詰めていた心が少しだけ解れた気がした。ありがとうございます、と思わず頭を下げそうになったくらいだ。しかし、私は思い直す。
「わかっていただけて嬉しいです。紅介様。けれど、なぜもっと早く言ってくれなかったんでしょう。玲佳が罪を押し付けられた時だけでなく、その後三年間もあなたはご家族の決定に従い続けましたね。亡くなったと聞いて、さすがに罪の意識が芽生えたのでしょうか?」
紅介様はぎろりとこちらを睨む。しかし、反論するようなことは何も言わなかった。
「ちょっと待て。私は認めんぞ。事件を隠ぺいするために今までどれほど気を張って来たか」
旦那様は私と紅介様を交互に睨みつけながら言う。
「村の有力者や警察に話をつけ、朱莉の入学の件から事件がばれないように、鶴谷君に毎年多額の口止め料を渡し。全て石鷲見の名前と、子供たちの将来を守るためだ。今さら全て明らかにするわけにはいかない」
「そうよ。鳩羽さんのような一般の家庭で生まれ育った方にはわからないしがらみがあるの」
「あなた方の事情なんて聞いていません。自分たちで公表してくれないのなら、私が公にします」
淡々と告げたら、旦那様は静かな声で言った。
「いくら欲しい?」
「は?」
「慰謝料を払おう。それで手打ちにしないか」
旦那様はやれやれという態度で言う。それでどうにかなるとでも思っているのか。
「いりません。公表する気はないのですね?」
「できないと言っているだろう」
「わかりました」
私は黙って席から立ち上がり、出口の方へ歩いていく。そうして重い扉を開け、ポケットからライターを取り出した。
石鷲見一家はぽかんとした顔で私の挙動を見つめている。
「部屋の外にはガソリンを撒いてあります」
「え?」
「皆さんをお部屋に入れてから、廊下から入口にかけてあらかじめガソリンを撒いておいたんです。骨が折れました」
石鷲見一家はしばらく動かなかったが、言葉の意味を理解すると、騒ぎ始めた。
「どういうことだ!?」
「ねぇ、まさかこの部屋のバラの匂いって、ガソリンの匂いを隠すため」
「あら、朱莉様。よくわかりましたね」
私はライターを持った右手を突き出して、石鷲見一家に語り掛ける。
「公表してくれる気になったでしょうか?」
「落ち着け。君も死ぬぞ。いいのか?」
「私なんかの命、惜しくありませんから。で、どうします?」
旦那様は頭を抱えて、唸るように言った。
「ああ、ああ、わかった。わかったから落ち着いてくれ。ライターを置くんだ」
「聞き入れてくれるということでよろしいでしょうか」
私が約束を取り付けようと旦那様の方を見ると、その隙を突かれ、緋音様に左腕を掴まれた。私は焦ってライターだけは奪われないようにと、右手をお腹に回してかがみこむ。
沈黙の後、返ってきたのは冷徹な声だった。
「それはできない。家名を傷つけるわけにはいかない」
旦那様は、鋭い目つきで私を見る。反論は許さないという意思がありありと伝わってきた。
「烏丸さんがそんなことになっていたなんて知りませんでした。あなたが恨むのも無理はありません。しかし、もう終わってしまったことです。今から真実を公表したとして、何になるんです?」
緋音様はしらじらしく困り顔を作って言う。
「何にもなりませんね。玲佳は戻って来ませんから。けれど、これ以上玲佳の名誉が汚されないで済みます」
「烏丸さんはそんなこと望んでいるでしょうか?あの人は僕たち家族によく尽くしてくれました。悦吏子さんの事件を隠すために協力をお願いした時も、それが僕たち家族のためになるならと引き受けてくれたんです。今さら蒸し返しては、烏丸さんの献身が無駄になります」
「私の気が済まないんです!!」
机を叩いて声を張り上げた。駄目だ。緋音様の諭すような口ぶりを聞くと、どうしても気持ちが高ぶってしまう。
「鳩羽さんの言う通りにしてはどうですか」
心を落ち着けようとテーブルをじっと見つめていると、紅介様の静かな声が響いた。
「俺は元々反対だった。取り返しのつかないことになってしまったけれど……、せめて玲佳さんの名誉だけでも回復したい」
「紅介様」
張り詰めていた心が少しだけ解れた気がした。ありがとうございます、と思わず頭を下げそうになったくらいだ。しかし、私は思い直す。
「わかっていただけて嬉しいです。紅介様。けれど、なぜもっと早く言ってくれなかったんでしょう。玲佳が罪を押し付けられた時だけでなく、その後三年間もあなたはご家族の決定に従い続けましたね。亡くなったと聞いて、さすがに罪の意識が芽生えたのでしょうか?」
紅介様はぎろりとこちらを睨む。しかし、反論するようなことは何も言わなかった。
「ちょっと待て。私は認めんぞ。事件を隠ぺいするために今までどれほど気を張って来たか」
旦那様は私と紅介様を交互に睨みつけながら言う。
「村の有力者や警察に話をつけ、朱莉の入学の件から事件がばれないように、鶴谷君に毎年多額の口止め料を渡し。全て石鷲見の名前と、子供たちの将来を守るためだ。今さら全て明らかにするわけにはいかない」
「そうよ。鳩羽さんのような一般の家庭で生まれ育った方にはわからないしがらみがあるの」
「あなた方の事情なんて聞いていません。自分たちで公表してくれないのなら、私が公にします」
淡々と告げたら、旦那様は静かな声で言った。
「いくら欲しい?」
「は?」
「慰謝料を払おう。それで手打ちにしないか」
旦那様はやれやれという態度で言う。それでどうにかなるとでも思っているのか。
「いりません。公表する気はないのですね?」
「できないと言っているだろう」
「わかりました」
私は黙って席から立ち上がり、出口の方へ歩いていく。そうして重い扉を開け、ポケットからライターを取り出した。
石鷲見一家はぽかんとした顔で私の挙動を見つめている。
「部屋の外にはガソリンを撒いてあります」
「え?」
「皆さんをお部屋に入れてから、廊下から入口にかけてあらかじめガソリンを撒いておいたんです。骨が折れました」
石鷲見一家はしばらく動かなかったが、言葉の意味を理解すると、騒ぎ始めた。
「どういうことだ!?」
「ねぇ、まさかこの部屋のバラの匂いって、ガソリンの匂いを隠すため」
「あら、朱莉様。よくわかりましたね」
私はライターを持った右手を突き出して、石鷲見一家に語り掛ける。
「公表してくれる気になったでしょうか?」
「落ち着け。君も死ぬぞ。いいのか?」
「私なんかの命、惜しくありませんから。で、どうします?」
旦那様は頭を抱えて、唸るように言った。
「ああ、ああ、わかった。わかったから落ち着いてくれ。ライターを置くんだ」
「聞き入れてくれるということでよろしいでしょうか」
私が約束を取り付けようと旦那様の方を見ると、その隙を突かれ、緋音様に左腕を掴まれた。私は焦ってライターだけは奪われないようにと、右手をお腹に回してかがみこむ。
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