魔女の虚像

睦月

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12.鳩羽ひまりの日記④

2007/9/1 2ページ目

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その後は和やかにお茶会をした。紅介様は相変わらず難しい顔で押し黙っているけれど、ほかの家族は楽し気に会話している。

紅茶もお菓子もこの近くの商店で買ったものだと言ったら驚かれた。

「取り寄せたものかと思ったわ。こんな田舎に品の良いお店があるものね」

奥様はマドレーヌを手に取りながら、目を丸くする。


「この辺りには目立たないけれどいいお店がたくさんありますよ。なんて、ずっとここに住んでらっしゃる皆様の方が知っているかもしれませんが」

「そんなことないわ。買い物は加納さんたちに任せきりだもの」

「なら、ぜひご自身でも回ってみてください!駅の近くには、このマドレーヌを買った可愛らしいケーキ屋さんがありますし、郵便局の裏にはこのテーブルクロスを買った素敵な雑貨屋さんがあります」

「いいわね。行ってみようかしら。ねぇ、朱莉」

「やめてよ、お母様。私たちはこの村でのんきにお買い物できる立場じゃないでしょ」

「嫌だ。そんな風に言わなくてもいいじゃない」

朱莉様が不機嫌そうに言うと、奥様は顔をしかめた。若干空気が重くなるが、それを打ち消すように旦那様が言う。

「それで?紅茶もこの辺りで買ったんだろう。どこで買ったんだ?」


「はい、この紅茶は『木こり』というお茶屋さんで買ったんです。日本茶のお店なんですけど紅茶も売っていて。おいしいって評判なんですよ」

「鳩羽さんはよく知っているな」

「はい!村の方たちとは買い物の帰りやお散歩中によく話しているので。お茶屋さんの話は、三鳥野学園の生徒さんから聞いたんです。バス停で待っていたら三鳥野学園の制服を着た女の子がやって来たので、待っている間お話ししていたら、うちの近くにいいお店があると教えてくれました」

「そうか、君は高校生とも話すのか」

三鳥野学園という名前を出した途端、旦那様の顔に影が差したのがわかった。気づかないふりをしてなおも続ける。

「はい。三鳥野学園の生徒さんって、さすが名門校だけあって礼儀正しい子が多いですよね。紅介様も緋音様も朱莉様も、三鳥野学園出身なんですよね」

三人の方を見て笑いかけたら、紅介様はもちろん、朱莉様にも目を逸らされた。緋音様だけが動揺する様子も見せずに頷く。


「そうですね。礼儀正しく振舞う子が多いかもしれません。けれど、中身は普通の高校生ですよ。馬鹿な話もたくさんしました」

「想像がつきません!でも、意外と口が軽い子が多いなとは思いました。少し打ち解けると、いろんな噂話を聞かせてくれましたから」

そう言ったら、今まで一度も表情を崩さなかった緋音様の顔に、わずかに動揺の色が浮かんだ。緋音様はこちらの出方を窺うように、穏やかな表情で、目だけを鋭く光らせてこちらを見ている。

「例えばどんなですか?」

「そうですねぇ。私が聞いたのは不正入学の噂ですね」

緋音様の目つきがいっそう鋭くなる。横目で朱莉様を見ると、落ち着かなそうにそわそわと手を動かしていた。

「不正入学?僕たちの頃にはそんな噂ありませんでしたけど。本当なら由々しき問題ですね」

「緋音様の時代にはなかったんですか?では、朱莉様がいた頃は?」

真っ直ぐに朱莉様を見つめて尋ねると、朱莉様の方がびくりと動いた。それから、きっと睨まれる。

「知らない。私はそんな馬鹿馬鹿しい話知らないわ」

「そうですか。確かに、お二人ともくだらない噂話には加わらなそうですものね。でも、見ていないところではそういう問題もあったのかもしれません」

そう言いながら、私は茶封筒を取り出した。以前、旦那様に紅介様まで届けるように言われたものだ。あの時私は、封筒を無くしたと嘘をついて、こっそり自室にしまいこんだ。


「……鳩羽さん?その封筒は」

「あぁ、これ、旦那様に預かったものです。お借りしてました。すみません」

私はにこやかに返事をする。室内の空気が淀み始める。みんな、何かに気づき始めたようだった。

「なくしたんじゃなかったのか」

「何か重要なことが書かれてるんじゃないかと思って……。大事なものなのに申し訳ないです。ここには、3月20日に行われる、石鷲見の経営するホテルのパーティーに参加してほしいと書いてありますね」

「ああ。学園長の鶴谷君には世話になっているからな。パーティーに招待しようと手紙を書いたんだ。君が隠したせいで、二度も書くはめになったが」

旦那様は苛立ちを抑えるような口調で言う。

「失礼いたしました。でも、おかしいですね。ちょっと調べてみたんですけど、3月20日に手紙に書かれていたホテルでパーティーなんて行われていなかったんです」

「……。それは、身内で行う小さなパーティーだったからだ。どうやって調べたのか知らないが、伝わっていなかっただけだろう」

「ああ、そうだったんですか。私は、不思議に思ってホテルまで行ってしまったんです。そうしたら、従業員の方におもしろい話を聞いて」

「おい、ちょっと待て。行ったのか?ホテルまで?ここから一時間はかかるぞ」

旦那様は顔を引きつらせてこちらを見ている。理解できないものを見る顔。旦那様の目には、私が気味の悪い化け物のように映っていることだろう。

「とても気になったので……。従業員の方は親切に教えてくださいました。旦那様は毎年三月になると、このホテルで鶴谷様と会うって。それは三年前からだと言っていました。パーティーではないようですね」

「……なんでもいいだろう。とにかく、鶴谷君には世話になっているんだ。だから、時間を取ってもらい話をしている。それだけだ」

「世話って例えば、不正入学の件とかですか?」

旦那様は目を見開いてこちらを見る。そんな表情をしたのでは、正解だと言っているようなものだった。

「そんなわけがないだろう」

苦々しい顔で旦那様は答えた。
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