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12.鳩羽ひまりの日記④
2007/9/1 1ページ目
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石鷲見紅介は私に言った。石鷲見家の人間は、捨て犬でも可愛がるように私に構ってるのだと。
それはそうだろう。そういう健気でかわいそうな人物を演じてきたのだから。
石鷲見家を出て二か月半ほど過ぎた。私は前橋の実家に戻って、以前働いていた家事代行の事務所で働いている。
私の人生をかけるつもりだった石鷲見家での戦いは、あっけなく失敗に終わった。ただ、無駄に人を死なせただけ。なんとも私らしい結果だ。
以前書いていた紙の日記の続きから書こう。着の身着のまま出てきてしまったから、あの日記は持ってこれなかった。今どこにあるのだろうか。もしかしたら、とっくに処分されているかもしれない。
6月5日、旅行から帰ると普段通りの日常が始まった。掃除、配膳、買い出し、ご主人一家のお世話。どうということのない仕事をたんたんとこなしていく。
仕事の合間にひたすら村人と話した。証拠集めのためだ。石鷲見家に来てからずっと、私は三年前に起こった殺人が烏丸玲佳によるものではないという証拠を集めている。
淡々と準備を進め、6月15日、日曜日の夜に区切りをつけることにした。
私は石鷲見一家に、日曜の夜に私が準備をするのでお茶会をしないかと誘った。奥様はともかく、ほかの家族はそれぞれに仕事や学校の課題やらで忙しいのでなかなか約束は取り付けられなかった。けれど、悲しそうな顔を作って皆さんとお話しをしたいんですと頼むと、少し迷った末に皆承諾してくれた。
もちろん、紅介様にそんな頼み方は通用しない。なので、朝方、誰もいない時間に部屋に行って交渉した。
「おはようございます。紅介様」
「こんな時間に何の用ですか?呼んだ覚えはありませんが」
「いえ、私用なのですが……。今度の日曜日にみなさんとお茶会をしようと思って。それで紅介様にも来ていただきたいんです」
「何が目的ですか?」
「え?」
紅介様はこちらを睨んで聞いてきた。家族の中で紅介様だけはやたらと鋭く、私を疑うので嫌になる。私はこの男が一番嫌いだった。
「目的ですか。そうですね。みなさんとたくさんお話ししたいんです。それに、私の選んだ紅茶を飲んで、用意したお菓子を食べていただきたいですね」
「嫌ですよ。毒でも入っていそうだ」
「なぜそんなことを……。悲しいです」
「いいかげん、その甘ったるい喋り方をやめたらどうですか?その笑顔も不気味だ。あなたはいつも笑っているようで笑っていない。暗く濁った目でこちらを見ている」
私は笑顔を引っ込めた。紅介様には、愛想笑いなんて何の意味もないようだから。
「玲佳さんの話をしようと思っているんです」
「は?」
「日曜日のお茶会で。私はそのためにここへ来ましたから」
「おい、お前、まさか何か知っているのか?」
「来てくだされば全てお話しします」
紅介様はじっと私を見ていた。こちらがどこまで知っているのか、何を言おうとしているのか必死に推し量っているように見える。
「玲佳は、よくあなたのことを話していましたよ」
そう言うと、紅介様の目が揺れた。どういうことだ、と後ろから聞く声がするけれど、黙って背を向ける。紅介様はこれできっと来てくれるだろう。あの人に玲佳を気にする気持ちが少しでもあるのなら。
そして、日曜日の夜8時。
私は旦那様に頼んで別館を一晩貸してもらうことにして、石鷲見一家を呼んだ。午前中から用意した席と軽食。カーテンやテーブルクロスは新しいものに取り換え、喚起をしても抜けなかったほこりくささはバラの匂いの香水で消した。
時間通りに現れた一家を席に座らせ、私はかいがいしくお茶やお菓子を用意する。そのついでに、ほかの準備もしておく。
準備が終わったところで、私も席に着いた。
「皆様、今夜は私のわがままにつきあってもらってありがとうございます」
手を合わせて嬉しそうな顔を作って言ったら、緋音様は申し訳なさそうな顔で言った。
「今日は休日なのに、一人で準備をして大変だったんじゃないですか?なんだか申し訳ないな」
「いいえ、私がやりたくてやったことですから!お部屋も貸していただいて、お茶やお菓子の費用までいただいてしまって、こちらの方が申し訳ないくらいです」
私は緋音様の言葉を、両手を振って否定する。
「ひまりさん、なんだかバラの匂いが強すぎない?」
朱莉様が頬杖を突きながら言う。確かに、部屋の中には鼻につんとくるほど強いバラの匂いが漂っている。
「ごめんなさい。ずっとお部屋の中にいたから、鼻が麻痺していて」
「これじゃあ、紅茶の匂いもわからないわ」
「本当ですね。朱莉様はバラの香りがお好きだと思ったので、ついやりすぎてしまいました」
そう言ってうつむくと、朱莉様は慌てたように言った。
「バラの香りは好きよ。まぁ、慣れれば匂いも問題ないわ」
「ありがとうございます」
朱莉様はあまりにも単純なので、いっそ気の毒なくらいだった。
それはそうだろう。そういう健気でかわいそうな人物を演じてきたのだから。
石鷲見家を出て二か月半ほど過ぎた。私は前橋の実家に戻って、以前働いていた家事代行の事務所で働いている。
私の人生をかけるつもりだった石鷲見家での戦いは、あっけなく失敗に終わった。ただ、無駄に人を死なせただけ。なんとも私らしい結果だ。
以前書いていた紙の日記の続きから書こう。着の身着のまま出てきてしまったから、あの日記は持ってこれなかった。今どこにあるのだろうか。もしかしたら、とっくに処分されているかもしれない。
6月5日、旅行から帰ると普段通りの日常が始まった。掃除、配膳、買い出し、ご主人一家のお世話。どうということのない仕事をたんたんとこなしていく。
仕事の合間にひたすら村人と話した。証拠集めのためだ。石鷲見家に来てからずっと、私は三年前に起こった殺人が烏丸玲佳によるものではないという証拠を集めている。
淡々と準備を進め、6月15日、日曜日の夜に区切りをつけることにした。
私は石鷲見一家に、日曜の夜に私が準備をするのでお茶会をしないかと誘った。奥様はともかく、ほかの家族はそれぞれに仕事や学校の課題やらで忙しいのでなかなか約束は取り付けられなかった。けれど、悲しそうな顔を作って皆さんとお話しをしたいんですと頼むと、少し迷った末に皆承諾してくれた。
もちろん、紅介様にそんな頼み方は通用しない。なので、朝方、誰もいない時間に部屋に行って交渉した。
「おはようございます。紅介様」
「こんな時間に何の用ですか?呼んだ覚えはありませんが」
「いえ、私用なのですが……。今度の日曜日にみなさんとお茶会をしようと思って。それで紅介様にも来ていただきたいんです」
「何が目的ですか?」
「え?」
紅介様はこちらを睨んで聞いてきた。家族の中で紅介様だけはやたらと鋭く、私を疑うので嫌になる。私はこの男が一番嫌いだった。
「目的ですか。そうですね。みなさんとたくさんお話ししたいんです。それに、私の選んだ紅茶を飲んで、用意したお菓子を食べていただきたいですね」
「嫌ですよ。毒でも入っていそうだ」
「なぜそんなことを……。悲しいです」
「いいかげん、その甘ったるい喋り方をやめたらどうですか?その笑顔も不気味だ。あなたはいつも笑っているようで笑っていない。暗く濁った目でこちらを見ている」
私は笑顔を引っ込めた。紅介様には、愛想笑いなんて何の意味もないようだから。
「玲佳さんの話をしようと思っているんです」
「は?」
「日曜日のお茶会で。私はそのためにここへ来ましたから」
「おい、お前、まさか何か知っているのか?」
「来てくだされば全てお話しします」
紅介様はじっと私を見ていた。こちらがどこまで知っているのか、何を言おうとしているのか必死に推し量っているように見える。
「玲佳は、よくあなたのことを話していましたよ」
そう言うと、紅介様の目が揺れた。どういうことだ、と後ろから聞く声がするけれど、黙って背を向ける。紅介様はこれできっと来てくれるだろう。あの人に玲佳を気にする気持ちが少しでもあるのなら。
そして、日曜日の夜8時。
私は旦那様に頼んで別館を一晩貸してもらうことにして、石鷲見一家を呼んだ。午前中から用意した席と軽食。カーテンやテーブルクロスは新しいものに取り換え、喚起をしても抜けなかったほこりくささはバラの匂いの香水で消した。
時間通りに現れた一家を席に座らせ、私はかいがいしくお茶やお菓子を用意する。そのついでに、ほかの準備もしておく。
準備が終わったところで、私も席に着いた。
「皆様、今夜は私のわがままにつきあってもらってありがとうございます」
手を合わせて嬉しそうな顔を作って言ったら、緋音様は申し訳なさそうな顔で言った。
「今日は休日なのに、一人で準備をして大変だったんじゃないですか?なんだか申し訳ないな」
「いいえ、私がやりたくてやったことですから!お部屋も貸していただいて、お茶やお菓子の費用までいただいてしまって、こちらの方が申し訳ないくらいです」
私は緋音様の言葉を、両手を振って否定する。
「ひまりさん、なんだかバラの匂いが強すぎない?」
朱莉様が頬杖を突きながら言う。確かに、部屋の中には鼻につんとくるほど強いバラの匂いが漂っている。
「ごめんなさい。ずっとお部屋の中にいたから、鼻が麻痺していて」
「これじゃあ、紅茶の匂いもわからないわ」
「本当ですね。朱莉様はバラの香りがお好きだと思ったので、ついやりすぎてしまいました」
そう言ってうつむくと、朱莉様は慌てたように言った。
「バラの香りは好きよ。まぁ、慣れれば匂いも問題ないわ」
「ありがとうございます」
朱莉様はあまりにも単純なので、いっそ気の毒なくらいだった。
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