魔女の虚像

睦月

文字の大きさ
上 下
39 / 75
11.野々原さん

3

しおりを挟む
「そろそろ行かないとまずいってわかってるの。単位も取らなきゃだし。でも、どうしても私のこと嫌な目で見てくる人たちと会いたくなくて」

「野々原さん……」

「友達も怖くなっちゃって。信用できなくて。大学で知り合った子は全員ブロックしちゃって」

「あの、それは」

「でも、こんなことでうじうじしてるのが嫌だから、ある日ぱーっと買い物してやろうって出かけたの。最初は楽しかったんだけど、同じくらいの年の子が楽しそうにしてるのを見てたら悲しくなってきて、道の真ん中で泣いちゃって」

野々原さんは鼻をすすりながら、子供みたいな泣き顔で言う。

「その時、ちらちらこっちを見ながら通り過ぎていく人たちの中で、大丈夫?って声をかけてくれたのが天野さんだった。それで落ち着くまでそばにいてくれたんだ。それで、泣き止んだら唐突にうちで記者やらないかって聞かれたの。面食らっちゃった」

僕は話を聞きながら呆気に取られる。僕の時もいきなりだったけれど、野々原さんのときは、まさか泣いているところを泣き止んで即勧誘しているとは。

「なんか怪しかったし断ろうと思ったんだけど、その時天野さんが『ちょうど道端で泣き出してしまうような感受性豊かな子を探してたの』って言ってて……。なんだかその言葉が妙に胸に響いたんだよね。それで、大学行けないなら代わりにバイトでもしてみようかって気になってここに来たんだ」

「そんな事情があったんですか」

僕は罪悪感に駆られながら野々原さんを見た。噂を鵜呑みにしてあろうことか本人に既婚者はやめたほうがいいなんて、なんてひどいことを言ってしまったんだろう。

何か言いたいのに、言葉が思い浮かばない。途方に暮れていると野々原さんは少し照れたように言った。


「星井君と群馬に行ったときね、嬉しかったんだ。久しぶりに同じ大学の子と普通に話せて、笑えて。ちょっとはしゃいじゃった」

野々原さんが赤くなった目を細めて笑うので、胸が痛くなった。


「野々原さん、すみません。野々原さんは何も悪くなかったのに」

「本当だよね。星井君っていい子だけど、ときどきちょっと浅はかなとこあるよね」

「返す言葉もないです……」

「嘘だよ。いいって。私軽く見えるってわかってるもん。信じちゃうのも無理ないよ」

「そんな風に言わないでください。信じる方が悪いんですから」

諦めたように言う野々原さんにそう言ったら、彼女は意外そうな顔をした。

「星井君は私の話疑わないんだね。嘘ついてるとか思わない?久瀬先生、いい人に見えるでしょ」

「嘘ついてるように見えませんから。それに、久瀬先生と野々原さんだったら、今まで一緒に行動してきた野々原さんの方を信じます」

「あはは。さっきまで不倫の噂信じてたくせに」

痛いところを突かれて僕は押し黙った。けれど、野々原さんの顔を見ると、嬉しそうに笑っている。

その顔を見ていたら、気が付くと口から言葉が出ていた。

「あの!一緒にめちゃくちゃすごい記事作って、久瀬先生や大学の人たちにも届くくらいの記事作って、見返してやりませんか?」

「え?」

「だって、何も悪くない野々原さんばかり辛い思いをしておかしいです。今調べてる石鷲見の事件、すっごい記事にして、めちゃくちゃ売ってやりましょうよ!!」

自分で言いながら、馬鹿っぽい励まし方だなと思った。そもそも、「めちゃくちゃすごい記事」とは何だろう。でも悔しくて、何でもいいから言いたかった。

「どうやって?」

野々原さんの口からもっともな疑問が出てくる。

「そ、それは、これから考える感じで……」

「具体的な案はないんだ」

冷静に言われて、しょんぼりと項垂れる。もうちょっといいことが言えたらよかったのに。

「でもそういう無謀な挑戦って楽しそう」

「え?」

見上げると、野々原さんは晴れやかな顔で僕を見ている。

「いいよ。やろう!めちゃくちゃすごい記事作ろうよ」

野々原さんが影のない笑顔で言うので嬉しくなった。思わず言葉が口をついて出る。


「野々原さん、この後時間ありますか?ちょっと作戦会議していきませんか?」

「いいね、行こうっ」

野々原さんは元気な声で同意してくれた。僕たちは駆け足で街を歩き、近くのファミレスに入る。昨日、僕が日記を読んだファミレスだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

処理中です...