魔女の虚像

睦月

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10.星井の知らない話(2)

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***

「烏丸さん、私たちずっと烏丸さんに言いたいことあったんだよね」

帰りのホームルームが終わり、教室を出ようとしたら化学室で私に不満をぶつけてきた子たちに呼び止められた。理由も聞かされないまま、空き教室まで引っ張って行かれる。


そこでは、私に思いやりがないとか、もっと人の心を持ったらどうだとか、そんな話を延々と聞かされた。


「まだ言いたいことある?もう出て行っていい?」

言葉が途切れたところで、リーダーらしき子に尋ねたら、鋭い目つきで睨まれた。


「馬鹿にしてるの!?」

突然、どこに用意してあったのだろう。バケツの水をかけられた。水が髪を濡らし、制服を濡らして、床にぽたぽた落ちていく。

目の前には、勝ち誇ったような顔でこちらを見ている三人の少女。


私は一番前に立つ少女の首元のスカーフを掴み、思い切り引っ張った。


***

「ちょっとどうしたの、その恰好!?びしょ濡れじゃない!」


家に帰ると、玄関に出てきた姉が私を見るなり叫んだ。


「それにその頬っぺた。ひっかき傷?赤くなってるよ」

姉の柔らかい手が私の頬に触れる。


「首絞めてたら、思い切り引っかかれた」

クラスメートのぐにぐにした首の感触を思い出しながら言うと、姉は困った顔をした。

「なんでそんなことをするの」

「水をかけられたから」

「喧嘩はだめよぉ」

姉は、悲しそうに頬に手をあてて言う。けれど、姉はいつものんびり喋るので、どこか緊張感がない。

「お姉ちゃんが拭いてあげるからね。待っててね」


姉はそう言って洗面所まで駆けだした。慌てていたのか、何もない廊下で二回ほど躓きかけていた。

「自分でできるからいいよ」

タオルだけ受け取ろうと手を伸ばすけれど、姉はタオルを高く持ち上げて渡してくれない。仕方ないのでされるがままに拭かれた。姉は満足そうだった。

「ひっかき傷つけて帰ってくるなんて猫みたい。やんちゃな妹ねぇ」

猫はひっかく側じゃないのかとか、これはやんちゃというのだろうかと疑問が頭を巡ったけれど、姉ののんびりした声を聞いていたら、何か言う気が失せた。


姉はひだまりのような人だ。

私と同じく小さい頃に片方の親が亡くなり、苦労しなかったはずはないのに、ちっともそんな風に見えない。いつもふんわりと笑顔を浮かべている。悪意も何も、全て受け流してしまうお人好し。

多分、姉がいるから、私が義父と打ち解ける気が無くても、母に反感を持っていても、家族はうまく回っているのだろう。


私は、そんなひだまりのような姉が、嫌いだ。
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