26 / 75
7.鳩羽ひまりの日記②
2007/4/7
しおりを挟む
今日は、驚きです。旦那様に大変親切にしてもらいました。
石鷲見のお屋敷には、絵画や彫刻などの美術品を集めたコレクションルームがあります。この部屋の掃除は特に気を使わなければならず、新人の私は加納さんと一緒のときでないと入れません。何しろ、万が一壊してしまったら一生かけても弁償しきれないような品物がごろごろあるのです。
今日の午後も、私は加納さんと一緒に掃除をしていました。ほとんど終わった頃、旦那様が部屋に入ってきました。
「旦那様。どうなさいましたか?」
加納さんが尋ねます。
「いや、加納さんに買ってきて欲しいものがあってね」
旦那様はそう言うと加納さんに紙を渡しました。加納さんは手早く掃除の仕上げをすると、私に後片付けを任せてから出て行きました。部屋には、私となぜか部屋に残ったままの旦那様が残されます。
「君は応募者の中から加納さんが選んだそうだが」
布巾をまとめていると、旦那様が突然口を開きました。
「はい。募集の張り紙を見て電話したら、加納さんが出て面接をしてくれることになったんです。応募条件とは違っていたので渋られましたが、事情を話したら認めてくれました」
「事情?応募者は少ないとはいえ、中には25歳以上他県出身の条件を満たすものもいたんだ。けれど、加納さんは私にどうしてもこの子を雇いたいと頼み込んできた。
加納さんは子供のころから30年以上うちに仕えてくれている人だから、彼女の頼みなら無下にできない。妻も子供たちも反対したが、私が許した」
加納さんが私を雇おうと頼み込んでくれたなんて知りませんでした。私が感動していると、旦那様は言葉を続けます。
「しかし、君にしたってほかにもいくらでも働く場所はあったんじゃないか。なぜ、良い噂もないここへ?」
「事件があったっていう噂のことですよね。うちにはテレビもパソコンもないので知らなかったんです。
それに、住み込みで働く必要があって……。うちは今言った通りテレビも買えないほど貧乏なんですけど、持ち家があったのでなんとか暮らしていたんです。でも、それも借金の返済でとうとう売らなければならなくなって。
弟や妹は小さいので親戚に預かってもらうことになりましたが、私までご迷惑になるわけにはいかないので。ここで働かせてもらってお金を貯めて、いつか小さくてもボロボロでもいいから住むところを見つけて、また三人で住むのが夢です」
「三人?ご両親は?」
「既に二人とも亡くなってます」
旦那様の顔に同情の色が浮かぶのがわかりました。さっきまでどこか威圧するような響きを含んでいた声が、心なしか柔らかくなります。
「その若さで親の助けもなく兄弟を養っているとは。感心だ」
「いえ、そんな」
「今日はもう掃除はいいから、ここで休んでいったらどうだ。君たちがいつも掃除してくれているコレクションがある。仕事中はゆっくり見る間もないだろうが、どれも自慢の品なんだ」
「え、いいんですか?」
「ああ。若い子には美術品なんてあまりおもしろくもないかもしれないが」
「いえ、とてもきれいだと思っていつも見ていたんです!一度ちゃんと眺めて見たいと思っていました」
旦那様のお言葉に甘えて、私は美術品を順番に見て回りました。色合いがきれいだとか、奇抜なデザインだとか、稚拙な感想しか出てきませんが、素晴らしいものだということはわかります。
「素敵ですね、旦那様!私にもっと語彙力があったら、この感動をちゃんと表せるのですが」
「気に入ったのならそれでいい」
旦那様はそう言った後、どこか悲し気な声で呟きました。
「……烏丸さんも、君と同じような表情でコレクションを見ていたな」
「え?」
聞き返しましたが、旦那様ははっとしたような顔をした後黙ってしまい、答えてはくれませんでした。
烏丸さんとは、殺人事件を起こしたという烏丸さんでしょうか。彼女が今の私のように笑って美術品を見ていた?
ここに来てから聞いた噂とイメージが重ならなくて、戸惑いました。
なにはともあれ、旦那様ともちゃんとお話できてよかったです。石鷲見家の方々と、少しずつですが遠かった距離が近づいてきた気がします。
もっとがんばります!おやすみなさい。
石鷲見のお屋敷には、絵画や彫刻などの美術品を集めたコレクションルームがあります。この部屋の掃除は特に気を使わなければならず、新人の私は加納さんと一緒のときでないと入れません。何しろ、万が一壊してしまったら一生かけても弁償しきれないような品物がごろごろあるのです。
今日の午後も、私は加納さんと一緒に掃除をしていました。ほとんど終わった頃、旦那様が部屋に入ってきました。
「旦那様。どうなさいましたか?」
加納さんが尋ねます。
「いや、加納さんに買ってきて欲しいものがあってね」
旦那様はそう言うと加納さんに紙を渡しました。加納さんは手早く掃除の仕上げをすると、私に後片付けを任せてから出て行きました。部屋には、私となぜか部屋に残ったままの旦那様が残されます。
「君は応募者の中から加納さんが選んだそうだが」
布巾をまとめていると、旦那様が突然口を開きました。
「はい。募集の張り紙を見て電話したら、加納さんが出て面接をしてくれることになったんです。応募条件とは違っていたので渋られましたが、事情を話したら認めてくれました」
「事情?応募者は少ないとはいえ、中には25歳以上他県出身の条件を満たすものもいたんだ。けれど、加納さんは私にどうしてもこの子を雇いたいと頼み込んできた。
加納さんは子供のころから30年以上うちに仕えてくれている人だから、彼女の頼みなら無下にできない。妻も子供たちも反対したが、私が許した」
加納さんが私を雇おうと頼み込んでくれたなんて知りませんでした。私が感動していると、旦那様は言葉を続けます。
「しかし、君にしたってほかにもいくらでも働く場所はあったんじゃないか。なぜ、良い噂もないここへ?」
「事件があったっていう噂のことですよね。うちにはテレビもパソコンもないので知らなかったんです。
それに、住み込みで働く必要があって……。うちは今言った通りテレビも買えないほど貧乏なんですけど、持ち家があったのでなんとか暮らしていたんです。でも、それも借金の返済でとうとう売らなければならなくなって。
弟や妹は小さいので親戚に預かってもらうことになりましたが、私までご迷惑になるわけにはいかないので。ここで働かせてもらってお金を貯めて、いつか小さくてもボロボロでもいいから住むところを見つけて、また三人で住むのが夢です」
「三人?ご両親は?」
「既に二人とも亡くなってます」
旦那様の顔に同情の色が浮かぶのがわかりました。さっきまでどこか威圧するような響きを含んでいた声が、心なしか柔らかくなります。
「その若さで親の助けもなく兄弟を養っているとは。感心だ」
「いえ、そんな」
「今日はもう掃除はいいから、ここで休んでいったらどうだ。君たちがいつも掃除してくれているコレクションがある。仕事中はゆっくり見る間もないだろうが、どれも自慢の品なんだ」
「え、いいんですか?」
「ああ。若い子には美術品なんてあまりおもしろくもないかもしれないが」
「いえ、とてもきれいだと思っていつも見ていたんです!一度ちゃんと眺めて見たいと思っていました」
旦那様のお言葉に甘えて、私は美術品を順番に見て回りました。色合いがきれいだとか、奇抜なデザインだとか、稚拙な感想しか出てきませんが、素晴らしいものだということはわかります。
「素敵ですね、旦那様!私にもっと語彙力があったら、この感動をちゃんと表せるのですが」
「気に入ったのならそれでいい」
旦那様はそう言った後、どこか悲し気な声で呟きました。
「……烏丸さんも、君と同じような表情でコレクションを見ていたな」
「え?」
聞き返しましたが、旦那様ははっとしたような顔をした後黙ってしまい、答えてはくれませんでした。
烏丸さんとは、殺人事件を起こしたという烏丸さんでしょうか。彼女が今の私のように笑って美術品を見ていた?
ここに来てから聞いた噂とイメージが重ならなくて、戸惑いました。
なにはともあれ、旦那様ともちゃんとお話できてよかったです。石鷲見家の方々と、少しずつですが遠かった距離が近づいてきた気がします。
もっとがんばります!おやすみなさい。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
一行日記 2024年11月 🍂
犬束
エッセイ・ノンフィクション
ついこの間まで、暑い暑いとボヤいていたのに、肌寒くなってまいりました。
今年もあと2ヶ月。がんばろうとすればするほど脱力するので、せめて要らない物は捨てて、部屋を片付けるのだけは、じわじわでも続けたいです🐾
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
婚約者に捨てられましたが
水川サキ
恋愛
婚約して半年、嫁ぎ先の伯爵家で懸命に働いていたマリアは、ある日将来の夫から告げられる。
「愛する人ができたから別れてほしい。君のことは最初から愛していない」
浮気相手の女を妻にして、マリアは侍女としてこのまま働き続けるよう言われる。
ぶち切れたマリアはそれを拒絶する。
「あなた、後悔しますわよ」
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
燃える銃弾
takezaru
ミステリー
突如会社をリストラされたサラリーマン真城は人生の絶望にたたされていると真城のもとに逃げてきた男が持っていたICチップを巡って生死を伴うヤクザそして殺し屋などの刺客たちに狙われ抗争に巻き込まれてしまう
成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
サイコパスハンター零
戸影絵麻
ミステリー
新米刑事の笹原杏里は、とある地方警察署に勤める新米刑事。童顔とミスマッチな迫力あるボディがトレードマーク。その肢体と、持って生まれたある特異体質を見込まれ、囮捜査に駆り出された杏里は、危機一髪のところを不思議な少女に救われる。無数の目玉をデザインした衣を身にまとった美少女は、黒野零と名乗り、やがて杏里と行動を共にするようになる。そんなとき、杏里の所属する照和署の管内で、若い女性を切り刻む猟奇殺人事件が発生。犯人は防犯カメラに映った”顔のない男”。やがて事件は奇怪な連続殺人へと発展し…。
密室、人体消失、首狩り殺人、連続猟奇殺人。杏里と零の前に立ちふさがる数々の謎。その謎をすべて解き終えた時、ふたりの目の前に現れた強大な敵とは…?
驚天動地の怪奇ミステリ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる