魔女の虚像

睦月

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7.鳩羽ひまりの日記②

2007/4/7

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今日は、驚きです。旦那様に大変親切にしてもらいました。

石鷲見のお屋敷には、絵画や彫刻などの美術品を集めたコレクションルームがあります。この部屋の掃除は特に気を使わなければならず、新人の私は加納さんと一緒のときでないと入れません。何しろ、万が一壊してしまったら一生かけても弁償しきれないような品物がごろごろあるのです。

今日の午後も、私は加納さんと一緒に掃除をしていました。ほとんど終わった頃、旦那様が部屋に入ってきました。

「旦那様。どうなさいましたか?」

加納さんが尋ねます。

「いや、加納さんに買ってきて欲しいものがあってね」

旦那様はそう言うと加納さんに紙を渡しました。加納さんは手早く掃除の仕上げをすると、私に後片付けを任せてから出て行きました。部屋には、私となぜか部屋に残ったままの旦那様が残されます。

「君は応募者の中から加納さんが選んだそうだが」

布巾をまとめていると、旦那様が突然口を開きました。

「はい。募集の張り紙を見て電話したら、加納さんが出て面接をしてくれることになったんです。応募条件とは違っていたので渋られましたが、事情を話したら認めてくれました」

「事情?応募者は少ないとはいえ、中には25歳以上他県出身の条件を満たすものもいたんだ。けれど、加納さんは私にどうしてもこの子を雇いたいと頼み込んできた。
加納さんは子供のころから30年以上うちに仕えてくれている人だから、彼女の頼みなら無下にできない。妻も子供たちも反対したが、私が許した」

加納さんが私を雇おうと頼み込んでくれたなんて知りませんでした。私が感動していると、旦那様は言葉を続けます。

「しかし、君にしたってほかにもいくらでも働く場所はあったんじゃないか。なぜ、良い噂もないここへ?」

「事件があったっていう噂のことですよね。うちにはテレビもパソコンもないので知らなかったんです。

それに、住み込みで働く必要があって……。うちは今言った通りテレビも買えないほど貧乏なんですけど、持ち家があったのでなんとか暮らしていたんです。でも、それも借金の返済でとうとう売らなければならなくなって。

弟や妹は小さいので親戚に預かってもらうことになりましたが、私までご迷惑になるわけにはいかないので。ここで働かせてもらってお金を貯めて、いつか小さくてもボロボロでもいいから住むところを見つけて、また三人で住むのが夢です」

「三人?ご両親は?」

「既に二人とも亡くなってます」

旦那様の顔に同情の色が浮かぶのがわかりました。さっきまでどこか威圧するような響きを含んでいた声が、心なしか柔らかくなります。

「その若さで親の助けもなく兄弟を養っているとは。感心だ」

「いえ、そんな」

「今日はもう掃除はいいから、ここで休んでいったらどうだ。君たちがいつも掃除してくれているコレクションがある。仕事中はゆっくり見る間もないだろうが、どれも自慢の品なんだ」

「え、いいんですか?」

「ああ。若い子には美術品なんてあまりおもしろくもないかもしれないが」

「いえ、とてもきれいだと思っていつも見ていたんです!一度ちゃんと眺めて見たいと思っていました」

旦那様のお言葉に甘えて、私は美術品を順番に見て回りました。色合いがきれいだとか、奇抜なデザインだとか、稚拙な感想しか出てきませんが、素晴らしいものだということはわかります。

「素敵ですね、旦那様!私にもっと語彙力があったら、この感動をちゃんと表せるのですが」

「気に入ったのならそれでいい」

旦那様はそう言った後、どこか悲し気な声で呟きました。

「……烏丸さんも、君と同じような表情でコレクションを見ていたな」

「え?」

聞き返しましたが、旦那様ははっとしたような顔をした後黙ってしまい、答えてはくれませんでした。

烏丸さんとは、殺人事件を起こしたという烏丸さんでしょうか。彼女が今の私のように笑って美術品を見ていた?

ここに来てから聞いた噂とイメージが重ならなくて、戸惑いました。

なにはともあれ、旦那様ともちゃんとお話できてよかったです。石鷲見家の方々と、少しずつですが遠かった距離が近づいてきた気がします。

もっとがんばります!おやすみなさい。
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