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4.事務所へ
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電光掲示板が次の行き先を表示する。もうすぐ東京駅だ。
続きが気になるけれど、ひとまず日記を閉じる。
日記には石鷲見家で働くことになった19歳の女性の日常がつづられていた。慣れない仕事に、非友好的な雇い主。大変な状況だろうに、彼女は恨まず、むしろ石鷲見家の人たちを理解しようとする。
伊勢さんが言っていたように、健気な人だ。けれど、言葉の節々にどこか嘘くささを感じるのは気のせいだろうか。僕が疑い過ぎているだけかもしれないけれど。
いくつか気になる点はあった。
ひとつは石鷲見家の主人が鳩羽さんに渡した茶封筒だ。そこには何が書かれていたのだろう。鳩羽さんが封筒をなくしたと聞いたときに奥さんとしていたという会話も気になる。
烏丸玲佳が殺した人物の実名もわかった。殺されたのは、火鷹という女性らしい。鳩羽さんがいたときはまだ遺族が村にいたらしけれど、今も彼らはそこに住んでいるのだろうか。
気になる点はあるけれど、そろそろ降りる支度をしなくてはならない。
「野々原さん、もうすぐ着きますよ」
隣でまだぐうぐう寝ている野々原さんに声をかける。
「えー?まだ眠い……」
「乗り過ごしても知りませんよ。早く起きてください」
眠そうに目をこする野々原さんを連れて新幹線を降りる。そうして、記事のことについて話しながら株式会社アイトまで向かった。
***
天野社長は日記のことを離すと目を丸くした。
「日記?その伊勢さんって人に会って日記を貸してもらったの!?」
「はい。これです」
日記を手渡すと、天野社長は興奮した様子でそれを眺める。
「すごいじゃない!あの村に取材に行った記者はたくさんいるけれど、こんなもの見つけてきた人なんていないはずだよ。どんな手を使ったの?」
「僕もどうしてそんな大事そうなものを貸してくれたのかさっぱり……。でも、野々原さんのことを気に入ってる感じでした。野々原さんが鳩羽ひまりに大分感情移入してたのがよかったみたいで」
「え?私?」
「鳩羽ひまりのこと一緒に心配してくれたのが嬉しかったんじゃないでしょうか」
「そうかなぁ」
「お手柄だね、野々原さん。その伊勢って人はどんな人だったの?どんな様子だった?」
「普通の人でしたよ。旦那さんと住んでるみたいで。でも、なんだか疲れているように見えました」
「やっぱりあんな事件に間接的にでも関わってしまったら消耗するのかしらね」
天野社長は頬に手をあてて難しい顔で言う。
「あの、野々原さんとも話したんですけど、記事は鳩羽ひまりに焦点をあてて書いてみようかと考えてるんです」
「鳩羽ひまりに?」
「え、星井君そんな話したっけ」
社長に説明しようとしたら、野々原さんの不思議そうな声に遮られた。
「新幹線降りた後、相談したじゃないですか」
「えー、覚えてない。寝ぼけてたかな」
「野々原さん、はっきりうんって言ってたのに……」
呆れていると、天野社長に尋ねられた。
「どうして鳩羽ひまりに注目しようと思ったの?」
「この事件って、今まで何度もテレビでも雑誌でも取り上げられてきたじゃないですか。だから、また同じようなテーマで特集しても面白みがないんじゃないかと思って」
「そうだね。そういう取り上げ方ってなかったし、いいと思うよ。鳩羽ひまりに注目するの」
社長は唇に指をあて、楽しそうに言う。
「でも、やっぱり中心はメイドK……本名は烏丸っていうんだっけ。その人にしてくれるかな。
石鷲見事件があんなに人々の関心を集めているのは、以前殺人事件を犯したメイドが関わっているかもしれないって部分が大きいから。
その上で鳩羽ひまりから見た石鷲見家を書くというのなら賛成だよ」
「わかりました。そう言う方向で考えてみます。あっ、野々原さんもそれでいいですか?」
「私は別に、何でも」
「じゃあ、そうしましょう!」
突然、野々原さんと二人で取材をして記事を書けなんて言われた時はどうしようかと思ったけれど、展望が見えてきたかもしれない。
どんな構成にしようか思いを巡らせていると、事務所のドアが開いた。そこには長洲さんが立っていた。
「ただいま戻りましたー。あ、野々原さんと星井君。戻ってたんだ」
「あ、長洲さーん」
「はい。ほんの30分くらい前に戻ったところです」
「二人ともお疲れ。何か収穫あった?」
「当時お屋敷で働いていた鳩羽ひまりって人の日記を手に入れました!」
ちょっと得意になって答えると、期待通り長洲さんは驚いた顔をしてくれた。
「何?日記?そんなもの見つけたの。おもしろそうだね。俺にも読ませてよ」
「いいですよ。僕も野々原さんもまだ全部読んでないのでその後で渡しますね」
「ちょっと、こら。長洲君。長洲君は今回の特集の担当じゃないでしょ」
興味津々な様子の長洲さんに、社長は呆れた声で言う。
「いいじゃないですか。特集記事関連のことなんだから俺も知ってた方がよくないですか?」
「おもしろがってるでしょ。長洲君」
「特集の内容をおもしろがるって素晴らしいことじゃないですか」
長洲さんはむくれた顔で言う。
「じゃあ、先に私が読む。星井君と野々原さん。読み終わったら長洲君に渡す前に私に回してね」
「あ、ずるい。天野さん、本当は自分も読みたかったんでしょ」
「うるさいな。社長命令よ。さっさと仕事に戻りなさい」
長洲さんはこちらを見て、やれやれという顔をしながら肩をすくめた。僕は二人とも大人げないなぁと思いながら、二人を眺めていた。
続きが気になるけれど、ひとまず日記を閉じる。
日記には石鷲見家で働くことになった19歳の女性の日常がつづられていた。慣れない仕事に、非友好的な雇い主。大変な状況だろうに、彼女は恨まず、むしろ石鷲見家の人たちを理解しようとする。
伊勢さんが言っていたように、健気な人だ。けれど、言葉の節々にどこか嘘くささを感じるのは気のせいだろうか。僕が疑い過ぎているだけかもしれないけれど。
いくつか気になる点はあった。
ひとつは石鷲見家の主人が鳩羽さんに渡した茶封筒だ。そこには何が書かれていたのだろう。鳩羽さんが封筒をなくしたと聞いたときに奥さんとしていたという会話も気になる。
烏丸玲佳が殺した人物の実名もわかった。殺されたのは、火鷹という女性らしい。鳩羽さんがいたときはまだ遺族が村にいたらしけれど、今も彼らはそこに住んでいるのだろうか。
気になる点はあるけれど、そろそろ降りる支度をしなくてはならない。
「野々原さん、もうすぐ着きますよ」
隣でまだぐうぐう寝ている野々原さんに声をかける。
「えー?まだ眠い……」
「乗り過ごしても知りませんよ。早く起きてください」
眠そうに目をこする野々原さんを連れて新幹線を降りる。そうして、記事のことについて話しながら株式会社アイトまで向かった。
***
天野社長は日記のことを離すと目を丸くした。
「日記?その伊勢さんって人に会って日記を貸してもらったの!?」
「はい。これです」
日記を手渡すと、天野社長は興奮した様子でそれを眺める。
「すごいじゃない!あの村に取材に行った記者はたくさんいるけれど、こんなもの見つけてきた人なんていないはずだよ。どんな手を使ったの?」
「僕もどうしてそんな大事そうなものを貸してくれたのかさっぱり……。でも、野々原さんのことを気に入ってる感じでした。野々原さんが鳩羽ひまりに大分感情移入してたのがよかったみたいで」
「え?私?」
「鳩羽ひまりのこと一緒に心配してくれたのが嬉しかったんじゃないでしょうか」
「そうかなぁ」
「お手柄だね、野々原さん。その伊勢って人はどんな人だったの?どんな様子だった?」
「普通の人でしたよ。旦那さんと住んでるみたいで。でも、なんだか疲れているように見えました」
「やっぱりあんな事件に間接的にでも関わってしまったら消耗するのかしらね」
天野社長は頬に手をあてて難しい顔で言う。
「あの、野々原さんとも話したんですけど、記事は鳩羽ひまりに焦点をあてて書いてみようかと考えてるんです」
「鳩羽ひまりに?」
「え、星井君そんな話したっけ」
社長に説明しようとしたら、野々原さんの不思議そうな声に遮られた。
「新幹線降りた後、相談したじゃないですか」
「えー、覚えてない。寝ぼけてたかな」
「野々原さん、はっきりうんって言ってたのに……」
呆れていると、天野社長に尋ねられた。
「どうして鳩羽ひまりに注目しようと思ったの?」
「この事件って、今まで何度もテレビでも雑誌でも取り上げられてきたじゃないですか。だから、また同じようなテーマで特集しても面白みがないんじゃないかと思って」
「そうだね。そういう取り上げ方ってなかったし、いいと思うよ。鳩羽ひまりに注目するの」
社長は唇に指をあて、楽しそうに言う。
「でも、やっぱり中心はメイドK……本名は烏丸っていうんだっけ。その人にしてくれるかな。
石鷲見事件があんなに人々の関心を集めているのは、以前殺人事件を犯したメイドが関わっているかもしれないって部分が大きいから。
その上で鳩羽ひまりから見た石鷲見家を書くというのなら賛成だよ」
「わかりました。そう言う方向で考えてみます。あっ、野々原さんもそれでいいですか?」
「私は別に、何でも」
「じゃあ、そうしましょう!」
突然、野々原さんと二人で取材をして記事を書けなんて言われた時はどうしようかと思ったけれど、展望が見えてきたかもしれない。
どんな構成にしようか思いを巡らせていると、事務所のドアが開いた。そこには長洲さんが立っていた。
「ただいま戻りましたー。あ、野々原さんと星井君。戻ってたんだ」
「あ、長洲さーん」
「はい。ほんの30分くらい前に戻ったところです」
「二人ともお疲れ。何か収穫あった?」
「当時お屋敷で働いていた鳩羽ひまりって人の日記を手に入れました!」
ちょっと得意になって答えると、期待通り長洲さんは驚いた顔をしてくれた。
「何?日記?そんなもの見つけたの。おもしろそうだね。俺にも読ませてよ」
「いいですよ。僕も野々原さんもまだ全部読んでないのでその後で渡しますね」
「ちょっと、こら。長洲君。長洲君は今回の特集の担当じゃないでしょ」
興味津々な様子の長洲さんに、社長は呆れた声で言う。
「いいじゃないですか。特集記事関連のことなんだから俺も知ってた方がよくないですか?」
「おもしろがってるでしょ。長洲君」
「特集の内容をおもしろがるって素晴らしいことじゃないですか」
長洲さんはむくれた顔で言う。
「じゃあ、先に私が読む。星井君と野々原さん。読み終わったら長洲君に渡す前に私に回してね」
「あ、ずるい。天野さん、本当は自分も読みたかったんでしょ」
「うるさいな。社長命令よ。さっさと仕事に戻りなさい」
長洲さんはこちらを見て、やれやれという顔をしながら肩をすくめた。僕は二人とも大人げないなぁと思いながら、二人を眺めていた。
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