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1.趣味の悪い出版社
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怪しいなとは思ったけれど、正直興味が湧いていた。一体どんな会社なんだろう。
ちょうど今はバイトもないし、見に行くくらいならいいかもしれない。僕は翌日の大学の帰りに、住所の場所まで行ってみることにした。
株式会社アイトは下北沢にあるらしい。駅の東口を出て10分ほど歩くと、商店街から少し外れた場所にそれらしき建物を見つけた。ずいぶんこじんまりした会社だ。会社と言うより、築50年くらい経っているアパートみたいな印象を受けた。
チャイムを鳴らすと、はーいと男性の声が聞こえ、ドアを開けてくれた。出てきたのは、ゆるくパーマをかけた茶髪の、美容師にでもいそうな外見の男性。男性は人懐こい笑みを浮かべて言う。
「君、もしかして天野さんがスカウトしてきたっていう子?来てくれたの?」
「天野さん?名前は聞いてないんですが、えっと、髪が長くて目力の強い女性に喫茶店で記者に興味がないかって聞かれて」
「うわ、あの人名乗らずに言うだけ言って帰ってきたのかよ。ごめんね、うちの社長が。どうぞ入って入って」
男性はそう言うと手招きして中へ案内してくれた。少し埃っぽい室内。コーヒーの匂いが漂っている。
「天野さん。例の子、来ましたよ」
男性は奥の机に向かって言う。積み上がった資料の影から昨日会った女性が顔を出した。
「あ、君、昨日の!来てくれたんだ!やっぱり私の目に狂いはなかった」
「あ、いや、まだやると決めたわけじゃないんですが。話だけでも聞いてみたいと思って」
「大歓迎だよ。座って座って。君、何君だっけ?」
「星井です。星井優と言います」
「星井君、どうぞかけて」
「天野さん。名乗らないどころか相手の名前も聞かなかったんですか?どうせまた一方的にしゃべって置き去りにしてきたんでしょう」
男性は呆れた顔で天野さんと呼ばれた女性を見る。
「うるさいな。来てくれたんだからいいじゃない。星井君、このうるさいのは長洲君。私の学生時代の後輩で、どうしてもうちで働きたいって言うから入れてあげたの」
「はぁ……」
「星井君、このめんどくさいおばさんがうちの会社の社長なんだ。結構有名な出版社に勤めてたのに、作りたい雑誌を作れないとか言う理由で独立しちゃったもったいない人」
「失礼ね。長洲君私と3つしか変わらないじゃない」
「俺はまだ20代なので」
「ぎりぎりね」
天野社長と長洲さんは僕をそっちのけで言い合いをしている。そうして、長洲さんは急に存在を思い出したかのように僕の方を見た。
「星井君は大学生?どこの大学通ってるの?」
僕は大学名と経済学部に通っていることを伝えた。すると、長洲さんは驚いた顔をする。
「え、じゃあ野々原さんと同じ大学だ」
「野々原さん?」
「今はいないけどもう一人バイトの子がいるんだ。大学二年生って言ってたから星井君のひとつ上だね」
「そうなんですか」
同じ大学生のバイトの人がいると聞いて、少しほっとした。それから聞かれるままに、今年の春に三重県から上京してきて今は一人暮らしをしていることや、この前働いていた定食屋が潰れたことを話した。
「なるほど。バイト先が潰れちゃったと。それで天野さんの怪しい勧誘にも乗ってくれたんだね」
長洲さんは納得したようにうなずく。
「はい。いいバイトないかと探してたので」
「それは素晴らしい。運命だね。神は星井君にここで働けと言ってるんだわ。ちょっと待ってて。今雑誌のバックナンバー持ってくるから」
天野社長はそう言うと横の部屋に入っていき、雑誌の束を持ってきた。社長が机に並べた雑誌のひとつを手に取り、パラパラめくる。
なんというか、おどろおどろしい。
まず、表紙からして不気味だ。真っ黒な背景に、血のように赤い文字で書かれたタイトルと紫色の見出し。『長崎連続殺人事件のその後』や『死刑囚の最後の記録』といった、物騒な文字が並ぶ。
そういえば、昨日天野さんは僕に犯罪物に興味があるのかと聞いてきた。そういう系統の雑誌を扱っている会社なのだろうか。ほかの号も手に取ってみるけれど、内容は似たり寄ったりだった。
「気持ち悪い記事ばっかでしょ。これ、社長の趣味だから」
つい微妙な顔をしてしまった僕に長洲さんは耳打ちする。それを聞いた天野さんは怒るでもなく、神妙な顔でうなずいた。
「そうなの。私、こういう話を調べるのが生きがいだから。でも調べ過ぎて慣れちゃってさ。どうも似たような記事しか書けなくなってきちゃったんだよね。
だから新鮮な反応をする記者が欲しいと思ったんだ。物事に素直に驚いて、怖がって、怒ってくれる普通の人間が。それで誰かいないかと探してたら星井君を見つけたの」
天野社長の言葉を聞き、それで昨日普通の子を探していると言っていたのかと納得した。
「私は真実を明らかにしたいの。闇に隠されてしまったものをちゃんと表に出してあげたい。それができるのは、普通の感性を持った子だと思ってるんだ」
社長が澄んだ目で語るので、若干心を動かされてしまった。大人でもこんな風に純粋に理想を語ることってあるのか、と思って。
怪しいなとは思ったけれど、正直興味が湧いていた。一体どんな会社なんだろう。
ちょうど今はバイトもないし、見に行くくらいならいいかもしれない。僕は翌日の大学の帰りに、住所の場所まで行ってみることにした。
株式会社アイトは下北沢にあるらしい。駅の東口を出て10分ほど歩くと、商店街から少し外れた場所にそれらしき建物を見つけた。ずいぶんこじんまりした会社だ。会社と言うより、築50年くらい経っているアパートみたいな印象を受けた。
チャイムを鳴らすと、はーいと男性の声が聞こえ、ドアを開けてくれた。出てきたのは、ゆるくパーマをかけた茶髪の、美容師にでもいそうな外見の男性。男性は人懐こい笑みを浮かべて言う。
「君、もしかして天野さんがスカウトしてきたっていう子?来てくれたの?」
「天野さん?名前は聞いてないんですが、えっと、髪が長くて目力の強い女性に喫茶店で記者に興味がないかって聞かれて」
「うわ、あの人名乗らずに言うだけ言って帰ってきたのかよ。ごめんね、うちの社長が。どうぞ入って入って」
男性はそう言うと手招きして中へ案内してくれた。少し埃っぽい室内。コーヒーの匂いが漂っている。
「天野さん。例の子、来ましたよ」
男性は奥の机に向かって言う。積み上がった資料の影から昨日会った女性が顔を出した。
「あ、君、昨日の!来てくれたんだ!やっぱり私の目に狂いはなかった」
「あ、いや、まだやると決めたわけじゃないんですが。話だけでも聞いてみたいと思って」
「大歓迎だよ。座って座って。君、何君だっけ?」
「星井です。星井優と言います」
「星井君、どうぞかけて」
「天野さん。名乗らないどころか相手の名前も聞かなかったんですか?どうせまた一方的にしゃべって置き去りにしてきたんでしょう」
男性は呆れた顔で天野さんと呼ばれた女性を見る。
「うるさいな。来てくれたんだからいいじゃない。星井君、このうるさいのは長洲君。私の学生時代の後輩で、どうしてもうちで働きたいって言うから入れてあげたの」
「はぁ……」
「星井君、このめんどくさいおばさんがうちの会社の社長なんだ。結構有名な出版社に勤めてたのに、作りたい雑誌を作れないとか言う理由で独立しちゃったもったいない人」
「失礼ね。長洲君私と3つしか変わらないじゃない」
「俺はまだ20代なので」
「ぎりぎりね」
天野社長と長洲さんは僕をそっちのけで言い合いをしている。そうして、長洲さんは急に存在を思い出したかのように僕の方を見た。
「星井君は大学生?どこの大学通ってるの?」
僕は大学名と経済学部に通っていることを伝えた。すると、長洲さんは驚いた顔をする。
「え、じゃあ野々原さんと同じ大学だ」
「野々原さん?」
「今はいないけどもう一人バイトの子がいるんだ。大学二年生って言ってたから星井君のひとつ上だね」
「そうなんですか」
同じ大学生のバイトの人がいると聞いて、少しほっとした。それから聞かれるままに、今年の春に三重県から上京してきて今は一人暮らしをしていることや、この前働いていた定食屋が潰れたことを話した。
「なるほど。バイト先が潰れちゃったと。それで天野さんの怪しい勧誘にも乗ってくれたんだね」
長洲さんは納得したようにうなずく。
「はい。いいバイトないかと探してたので」
「それは素晴らしい。運命だね。神は星井君にここで働けと言ってるんだわ。ちょっと待ってて。今雑誌のバックナンバー持ってくるから」
天野社長はそう言うと横の部屋に入っていき、雑誌の束を持ってきた。社長が机に並べた雑誌のひとつを手に取り、パラパラめくる。
なんというか、おどろおどろしい。
まず、表紙からして不気味だ。真っ黒な背景に、血のように赤い文字で書かれたタイトルと紫色の見出し。『長崎連続殺人事件のその後』や『死刑囚の最後の記録』といった、物騒な文字が並ぶ。
そういえば、昨日天野さんは僕に犯罪物に興味があるのかと聞いてきた。そういう系統の雑誌を扱っている会社なのだろうか。ほかの号も手に取ってみるけれど、内容は似たり寄ったりだった。
「気持ち悪い記事ばっかでしょ。これ、社長の趣味だから」
つい微妙な顔をしてしまった僕に長洲さんは耳打ちする。それを聞いた天野さんは怒るでもなく、神妙な顔でうなずいた。
「そうなの。私、こういう話を調べるのが生きがいだから。でも調べ過ぎて慣れちゃってさ。どうも似たような記事しか書けなくなってきちゃったんだよね。
だから新鮮な反応をする記者が欲しいと思ったんだ。物事に素直に驚いて、怖がって、怒ってくれる普通の人間が。それで誰かいないかと探してたら星井君を見つけたの」
天野社長の言葉を聞き、それで昨日普通の子を探していると言っていたのかと納得した。
「私は真実を明らかにしたいの。闇に隠されてしまったものをちゃんと表に出してあげたい。それができるのは、普通の感性を持った子だと思ってるんだ」
社長が澄んだ目で語るので、若干心を動かされてしまった。大人でもこんな風に純粋に理想を語ることってあるのか、と思って。
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