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21.まぶしい人
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しおりを挟む「僕が悪いので。このはさんに頭を下げられたら」
「でも、やり過ぎだわ。それに市川さん」
このはさんは私の方に向き直る。
「ごめんなさいね。あなたは無関係なのに、刺そうとして怖がらせたっていうじゃない。本当に呆れちゃう。でも、市川さんのことは本気で刺す気はなかったと思うの。秋はいくら頭に血が昇っても、関係ない人にけがさせるような奴じゃないから……」
このはさんがあまりに真摯な口調で言うので、恐縮してしまう。
「大丈夫です。結局どこも怪我してないし。上原君が悪い人じゃないのもわかってますから」
私が言うと、このはさんは安心したように優しいのね、と言った。私はおそるおそる尋ねる。
「あの……怒ってないんですか?咲良や中園さんのこと……。私、当然憎んでいるとばかり思ってたから、びっくりしてしまって」
「瑠璃ちゃんのことは今でも思い出すよ。あの時、瑠璃ちゃんに刺されなければ今でも自由に歩けたのにとか、中園家で過ごした後半の二か月、本当に息苦しかったなとか。
……憎んでいるかかぁ。憎んでいるかもな。
秋が瑠璃ちゃんの腕を折って体中にけがを負わせたって聞いた時、最初になんて危ないことするのって思った。無茶なことして馬鹿だなって。……でも、その後に胸がすく思いがしたのは否定できない」
このはさんはそう言って、初めて温度のない表情を見せた。
「けど、私も瑠璃ちゃんを傷つけてたと思うんだよね」
意外な言葉に、私と咲良は同時にこのはさんを見た。
「瑠璃ちゃん、小さい頃からひどい目にばかり遭ってきたから。今考えると、あの子のそばに信用できる大人なんて誰もいなかったんじゃないかな。
瑠璃ちゃん、前にお父様の取引先の人に会わせられるのが辛いって言ってた。何時間もよく知らないおじさんと二人でいなければならなくて、時々手足やお腹を触られたりするから嫌だって。あの頃は意味がわからなかったけど、今はどういう扱いを受けてたのかなって考えちゃうよね」
このはさんの言葉に驚くと同時に、中園さんの家に呼ばれた時のことを思い出す。確か、「お父様の取引先に連れて行かれたら大層喜ばれた」と言っていた。
あの時は、取引先に連れて行っただけで、大人にそんなに喜ばれる子供なんてすごいな、なんて呑気に思ってたっけ。今思い出すと、利用価値を見出されたという言葉が重く響く。
咲良の方を横目で見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。驚いているようには見えない。咲良は知っていたのだろうか。
「瑠璃ちゃんは、本当に小さい頃から誰にも頼らないで生きてきたんだなって、当時は気づかなかったけど、今は思うの。世界の誰も敵だと思ってたんじゃないかな。
事情はわからなくても、瑠璃ちゃんがいつもどこか悲しそうなのはわかったから、私は笑顔にさせたくて、いろんな話をした。色んな遊びを教えた。瑠璃ちゃんも最初は楽しそうだった」
このはさんはそう言って、ふっと息をつく。
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