三角形とはちみつ色の夢

睦月

文字の大きさ
上 下
6 / 72
3.疑い

2

しおりを挟む
「やめなよ。体育のとき移動してた人なんてたくさんいるじゃん」


少し離れたところにいた背の高いショートカットの女子が、不機嫌そうに言ってくれた。三原さんは面白くなさそうな顔をする。空気が一層張り詰めたところで、先生が入ってきた。


「授業始めるぞ~。おい、なんでみんな立ってるんだ?」

いつも冗談ばかりいっている、化学のおじいちゃん先生は間の抜けた声で言った。三原さんが何でもないです、といったのを機に、みんないそいそと席に着く。その日の授業はさすがに集中できなかった。




「はぁー……」

放課後、空き教室のベランダという定位置で盛大に溜息をついた。ろくに根拠もないというのに、みんなが私を怪しんでいる。いつものように口に入れた蜂蜜飴の甘さが痛い。誰が盗むかよ、ポーチなんか興味ねえっつの。つぶやいた声は虚しく宙を舞うだけだった。



教室に戻ると、まだ誰か残っているようだった。三原さんあたりだったら嫌だなと思いつつ、ドアを開ける。そこにいたのは汐見君だった。


「……まだ残ってたんだ」

汐見君が振り返って目が合ったので、一応口を開く。汐見君はまあね、とだけ言った。


「市川さんこそまだ帰ってなかったんだ」


必要以上にしゃべると思わなかった、というか名前を憶えていると思わなかったので、少し驚きながらも答えた。


「だって教室から一刻も早く去りたくて。みんな大塚さんのポーチ、私が盗んだと思ってるもん」

言いながら、逆に怪しい行動だったのではないかと思ったけれど、もう逃げてしまったものは仕方ない。


「市川さんがやったって根拠がないじゃん」

「本当だよ。でも、三原さんが誘導したっていうか……。庶民だからやりそうみたいにみんな思ってるの。意味わかんない」


思っていたことを言うと、少し心が軽くなる気がした。聞いてくれる人がいるからかもしれない。もっとも、汐見君は馬鹿にしたようにブランド物興味なさそうなのにね、と返すだけだったけれど。


「あのさ」
「何?」
「汐見君は疑ってないの?本当は私がやったんじゃないかとか思わない?」
「やったの?」
「やってないよ!」
「じゃあやってないんでしょ」


胸がじんわり温かくなった。目の前にいるこの人は、私を疑ってない。そう思うと、涙がこぼれそうになる。汐見君は黙り込んだ私を怪訝な顔で見つめた。

慰められたわけじゃないのに、本人はめんどくさそうに話しているだけなのに。なぜ嬉しいんだろう。

しおりを挟む

処理中です...