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1章_1-1
俺にとって、悔いが無い選択。
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ここは、何処(どこ)だろう。
暗い。とても暗い。自分が瞼(まぶた)を開いているのか、瞼(まぶた)を閉じているのかさえ不明瞭(ふめいりょう)だ。
そして静かだ。何も聞こえない。自分の吐息すら、聞こえない。
俺は、どうしたのだろうか。上手く思い出せない。
かすかに覚えているのは、俺が真冬の海に飛び込んだ。
自殺行為に他ならない事をした、という記憶だけだ。
どうして俺は、そんな事をしたのだろうか。
……そもそも、俺が海に訪れる前は何をしていたんだ?
たしか、ひたすら走っていた気がする。
それは何故(なぜ)だ?
どうすれば、俺はひたすら走るんだ?
考えられる可能性としては……何かしらから逃げていた、とか?
なるほど、言われてみればそうだ。俺は逃げていたんだ。
そこまでは思い出せた。じゃあ、俺は何から逃げていたのか。
考える。現状を解明させる為に、俺はひたすら考え続ける。
そうすれば、おのずと答えはでる。
……あぁ、そうか。思い出せた。あんなの、忘れられる訳がない。
俺は、捨てられた。そして俺は現実から逃げて、最終的に海に飛び込んだ。
俺は自殺行為に他ならない事をしたんじゃなくて、自殺行為そのものをしたのか。
となると、ここは天国か地獄のどちらなのか? にわかには信じがたい。だが、この空間には、妙(みょう)な説得力がある。
ここには、何もない。光も、音も、匂いも、感触も、あらゆるものが存在していない。
その理屈も推測ができる。死後の世界には、肉体は存在しないのだろう。
故に、五感で感じられるものは、感じられない。
推測をしていると今更ながらに実感が湧いてくる。
俺は――久瀬(くぜ)広海(ひろみ)は、死んだ。
これから俺はどうなるんだ? 一生こんな感じで、ここに漂(ただよ)っているのだろうか。それは……かなり厳しいぞ。
俺がちょっとした絶望に打ちひしがれていると、何かの気配を感じる。
それは、見えない。でも、勘違いではないと、俺は言い切れる。
俺は感じられる。眼前(がんぜん)に、それはいるはずだ。それは悠然(ゆうぜん)とした気配を配(くば)りながら、ただ俺の前を漂(ただよ)っている。
待って待って、ものすっごい怖いんだが! これはあれか。俺の魂を閻魔(えんま)大王(だいおう)の所に運ぶつもりなのだろうか?
まずいな……俺は生前にそんな徳を積んでいないぞ。強(し)いて言えば、学校の階段で、俺よりも上段にいる女生徒の下着が見えそうになった時に、とっさに視線を逸らし続けてきた事ぐらいだ。閻魔大王はこれで俺を天国に連れて行ってくれるだろうか?
……ええいままよ! うだうだ考えていたって、どうしようもないだろ!
俺は腹を括(くく)って、精一杯の声を絞り出す。
「な、なんだぁ……お前は」
俺の声はガタガタに震えていた。覚悟を決めてこの有様です。だって怖いし!
身を刺すような緊張感にもどかしさを覚えながら、俺は静かにそれの返答を待つ。
「私は……招(まね)く者です」
それは言った。女性の声だった。ひどく無機質な声で感情は読み取れそうにない。
招く者、か。本名ではなさそうだ。俺には言えない訳でもあるのだろうか? それとも、マネクモノ、か。
俺は反射的に「ずいぶんと奇天烈(きてれつ)な名前ですね」とか言いそうになったが、マジでそれが本名だったら笑えないので止めた。
俺は代わりに、別の事を聞いてみた。
「ここは、どこだ」
先ほどは死後の世界だと思っていたが、さすがに考えすぎていた。正しい状況判断をするためにも、今は正確な情報が必要だ。
俺が黙考(もっこう)していると、彼女が前触れもなく言った。
「あなたは、死にました」
随分(ずいぶん)と唐突(とうとつ)に告げられた。けれど、それ程の衝撃は訪れなかった。俺にあったのは納得感だ。
「……まぁ、だよな。真冬の海に飛び込んだんだし。人間が死ぬには十二分か」
「ずいぶんと冷静ですね。……取り乱すと思っていたので、安心しました。」
相変わらず無機質な声で言う。しかし、付け足された彼女の声音には、初めて感情を感じた。安堵(あんど)したみたいだった。
「それで、ここはやっぱり死後の世界なのか?」
「はい。違いありません」
「なるほど、面白い……。では、お前は死に関係する者。つまり、死神だな?」
俺は話の主導権を握る為に、ここで一つ攻勢に出てみた。
死んでしまった俺は、彼女によって死後の世界に招かれた。死んだ者を、死の国に連れてくる彼女。つまり、彼女は死神に違いないね! こんな状況でも、淡々と物事を解明できちゃうなんて、俺はほんと切れ者ですね!
彼女からの返答が少しばかり遅い。おそらく、俺の聡明(そうめい)さと状況把握力の高さに感極(かんきわ)まっているのだろう。彼女の驚愕(きょうがく)ぶりを窺(うかが)えなくて、まことに残念だ。
そんなことを考えながら彼女の返答を待っていると、吐息が漏れたような音と言葉が零(こぼ)れてきた。
「……あ、いえ。私は関係してません」
彼女は否定した。無機質な声ではなく、少し気まずそうな声音で否定された!
「え……。あ。そ、そうなのね、ふーん」
何が、なるほど、だよ! あぁ、恥ずかしい! この上なく恥ずかしい! 穴があったら埋まりたいよぉ……
俺が己の失態(しったい)を前に軽く現実逃避をしていると、機械のような温かみの無い声で彼女が話し始める。
「私が招くのは、これからです」
……どういうことだ? 死とは関係ないと言っていたので、閻魔大王の所に連れて行かれる訳ではないのだろう。ならば彼女は俺を、何処に連れて行くんだ?
俺は疑問を晴らす為に、彼女に問う。
「お前の目的は、なんだ?」
俺が問いをした瞬間、彼女から悠然(ゆうぜん)とした気配は消え、厳(いか)めしい圧が飛んでくる。
「今から取引をします」
彼女は否応なしに告げる。
「再び命を得て私の従(じゅう)僕(ぼく)になるのか、悠久(ゆうきゅう)の時をこの無と共にいるのか――」
それは無機質な声ではなく、異議申し立てを許さない峻烈(しゅんれつ)さすら感じる物言いだった。
「選びなさい」
俺はどっちを選ぶ? 彼女の従僕になって生き返るのか、何もないこの空間にずっといるのか。
どうするべきだ?
俺が状況の判断とどちらを選ぶのか考えあぐねていると、彼女が問うてくる。
「そこまで時間を要する選択ではないでしょう。一度死んだ者が、再び生を得られるのですよ! ……まぁ、自由は保障(ほしょう)しないかもですけど」
おい。最後に小声でもごもご言っていたけど、俺は聞き逃さなかったよ?
「さあ、疾(と)く選びなさい!」
……なんだか彼女の言い分を聞いていると、俺に前者を推奨(すいしょう)しているように聞こえてくる。
「はぁ。わかった。決めたよ」
「よろしいです……ならば選びなさい。生を得るのか、このまま無と共にあるのか!」
自身の選択が、俺にとって悔いが残らない選択なのか確認する。
「俺は……」
問題ない。俺はこっちを選ぶ。というか、こっちしかないだろ。
再び決意を固め、俺は彼女に言う。
「後者でいいよ」
暗い。とても暗い。自分が瞼(まぶた)を開いているのか、瞼(まぶた)を閉じているのかさえ不明瞭(ふめいりょう)だ。
そして静かだ。何も聞こえない。自分の吐息すら、聞こえない。
俺は、どうしたのだろうか。上手く思い出せない。
かすかに覚えているのは、俺が真冬の海に飛び込んだ。
自殺行為に他ならない事をした、という記憶だけだ。
どうして俺は、そんな事をしたのだろうか。
……そもそも、俺が海に訪れる前は何をしていたんだ?
たしか、ひたすら走っていた気がする。
それは何故(なぜ)だ?
どうすれば、俺はひたすら走るんだ?
考えられる可能性としては……何かしらから逃げていた、とか?
なるほど、言われてみればそうだ。俺は逃げていたんだ。
そこまでは思い出せた。じゃあ、俺は何から逃げていたのか。
考える。現状を解明させる為に、俺はひたすら考え続ける。
そうすれば、おのずと答えはでる。
……あぁ、そうか。思い出せた。あんなの、忘れられる訳がない。
俺は、捨てられた。そして俺は現実から逃げて、最終的に海に飛び込んだ。
俺は自殺行為に他ならない事をしたんじゃなくて、自殺行為そのものをしたのか。
となると、ここは天国か地獄のどちらなのか? にわかには信じがたい。だが、この空間には、妙(みょう)な説得力がある。
ここには、何もない。光も、音も、匂いも、感触も、あらゆるものが存在していない。
その理屈も推測ができる。死後の世界には、肉体は存在しないのだろう。
故に、五感で感じられるものは、感じられない。
推測をしていると今更ながらに実感が湧いてくる。
俺は――久瀬(くぜ)広海(ひろみ)は、死んだ。
これから俺はどうなるんだ? 一生こんな感じで、ここに漂(ただよ)っているのだろうか。それは……かなり厳しいぞ。
俺がちょっとした絶望に打ちひしがれていると、何かの気配を感じる。
それは、見えない。でも、勘違いではないと、俺は言い切れる。
俺は感じられる。眼前(がんぜん)に、それはいるはずだ。それは悠然(ゆうぜん)とした気配を配(くば)りながら、ただ俺の前を漂(ただよ)っている。
待って待って、ものすっごい怖いんだが! これはあれか。俺の魂を閻魔(えんま)大王(だいおう)の所に運ぶつもりなのだろうか?
まずいな……俺は生前にそんな徳を積んでいないぞ。強(し)いて言えば、学校の階段で、俺よりも上段にいる女生徒の下着が見えそうになった時に、とっさに視線を逸らし続けてきた事ぐらいだ。閻魔大王はこれで俺を天国に連れて行ってくれるだろうか?
……ええいままよ! うだうだ考えていたって、どうしようもないだろ!
俺は腹を括(くく)って、精一杯の声を絞り出す。
「な、なんだぁ……お前は」
俺の声はガタガタに震えていた。覚悟を決めてこの有様です。だって怖いし!
身を刺すような緊張感にもどかしさを覚えながら、俺は静かにそれの返答を待つ。
「私は……招(まね)く者です」
それは言った。女性の声だった。ひどく無機質な声で感情は読み取れそうにない。
招く者、か。本名ではなさそうだ。俺には言えない訳でもあるのだろうか? それとも、マネクモノ、か。
俺は反射的に「ずいぶんと奇天烈(きてれつ)な名前ですね」とか言いそうになったが、マジでそれが本名だったら笑えないので止めた。
俺は代わりに、別の事を聞いてみた。
「ここは、どこだ」
先ほどは死後の世界だと思っていたが、さすがに考えすぎていた。正しい状況判断をするためにも、今は正確な情報が必要だ。
俺が黙考(もっこう)していると、彼女が前触れもなく言った。
「あなたは、死にました」
随分(ずいぶん)と唐突(とうとつ)に告げられた。けれど、それ程の衝撃は訪れなかった。俺にあったのは納得感だ。
「……まぁ、だよな。真冬の海に飛び込んだんだし。人間が死ぬには十二分か」
「ずいぶんと冷静ですね。……取り乱すと思っていたので、安心しました。」
相変わらず無機質な声で言う。しかし、付け足された彼女の声音には、初めて感情を感じた。安堵(あんど)したみたいだった。
「それで、ここはやっぱり死後の世界なのか?」
「はい。違いありません」
「なるほど、面白い……。では、お前は死に関係する者。つまり、死神だな?」
俺は話の主導権を握る為に、ここで一つ攻勢に出てみた。
死んでしまった俺は、彼女によって死後の世界に招かれた。死んだ者を、死の国に連れてくる彼女。つまり、彼女は死神に違いないね! こんな状況でも、淡々と物事を解明できちゃうなんて、俺はほんと切れ者ですね!
彼女からの返答が少しばかり遅い。おそらく、俺の聡明(そうめい)さと状況把握力の高さに感極(かんきわ)まっているのだろう。彼女の驚愕(きょうがく)ぶりを窺(うかが)えなくて、まことに残念だ。
そんなことを考えながら彼女の返答を待っていると、吐息が漏れたような音と言葉が零(こぼ)れてきた。
「……あ、いえ。私は関係してません」
彼女は否定した。無機質な声ではなく、少し気まずそうな声音で否定された!
「え……。あ。そ、そうなのね、ふーん」
何が、なるほど、だよ! あぁ、恥ずかしい! この上なく恥ずかしい! 穴があったら埋まりたいよぉ……
俺が己の失態(しったい)を前に軽く現実逃避をしていると、機械のような温かみの無い声で彼女が話し始める。
「私が招くのは、これからです」
……どういうことだ? 死とは関係ないと言っていたので、閻魔大王の所に連れて行かれる訳ではないのだろう。ならば彼女は俺を、何処に連れて行くんだ?
俺は疑問を晴らす為に、彼女に問う。
「お前の目的は、なんだ?」
俺が問いをした瞬間、彼女から悠然(ゆうぜん)とした気配は消え、厳(いか)めしい圧が飛んでくる。
「今から取引をします」
彼女は否応なしに告げる。
「再び命を得て私の従(じゅう)僕(ぼく)になるのか、悠久(ゆうきゅう)の時をこの無と共にいるのか――」
それは無機質な声ではなく、異議申し立てを許さない峻烈(しゅんれつ)さすら感じる物言いだった。
「選びなさい」
俺はどっちを選ぶ? 彼女の従僕になって生き返るのか、何もないこの空間にずっといるのか。
どうするべきだ?
俺が状況の判断とどちらを選ぶのか考えあぐねていると、彼女が問うてくる。
「そこまで時間を要する選択ではないでしょう。一度死んだ者が、再び生を得られるのですよ! ……まぁ、自由は保障(ほしょう)しないかもですけど」
おい。最後に小声でもごもご言っていたけど、俺は聞き逃さなかったよ?
「さあ、疾(と)く選びなさい!」
……なんだか彼女の言い分を聞いていると、俺に前者を推奨(すいしょう)しているように聞こえてくる。
「はぁ。わかった。決めたよ」
「よろしいです……ならば選びなさい。生を得るのか、このまま無と共にあるのか!」
自身の選択が、俺にとって悔いが残らない選択なのか確認する。
「俺は……」
問題ない。俺はこっちを選ぶ。というか、こっちしかないだろ。
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