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コイビトの誕生日
しおりを挟む「そろそろ夏がきますね……」
春に比べ強くなってきた日差しを、手で遮りながら公園を歩く。五月もそろそろ終わり、六月になりテストがくるなぁっと考えていると、前から歩いてくる眼鏡をかけたボサボサの青髪の人に気付き、挨拶をする。
「こんにちは浅葱さん」
「お、陽菜ちゃん!」
浅葱さんも私に気付き、隣にくる。ふんわりと美味しそうな甘い匂いがする。
「? 浅葱さんなんだか甘い匂いがしますが、ケーキ屋さんにでも行っていたんですか?」
「え? あー、まぁ……ほら、これ」
「わぁ……!」
浅葱さんが鞄とは逆の手に持っていた紙袋を見せる。そこには私が好きなケーキ屋さんのロゴがあり、テンションが上がる。
「そこのケーキ美味しいんですよね!」
「陽菜ちゃんはケーキ好きなの?」
「はい! 甘いものは大好物です!」
拳を握って答えると、浅葱さんが笑う。
「それは良かった。これは陽菜ちゃんにも食べて意見欲しかったからさー」
「え? そのケーキは私も入っていたのですか?」
(てっきり誰かに渡すものかと思っていた……)
「そりゃあ、俺にケーキを渡すような子は残念ながらいないからさー」
「そんなことはないと思いますが……」
「知り合いはいるけど、ケーキじゃなくて薄い本のネタになりそうなことの方が喜ぶからなー」
「あはは……」
(そういえば浅葱さん図書部だって言ってたっけ)
学園図書館の手伝いをするという名の部だが、なんだか同人を描く子が多く居て、そういう話題になることが多いらしい。私も、そんなに面白いのかと見てみたがよくわからない世界だった。
「このケーキ食って参考にし、三十一日に向けてどんなケーキにするかを……」
「? 三十一日になんかイベントあるんですか?」
「え? なんかって……え?」
「?」
浅葱さんは驚いた顔で私を見る。変な事を言ったのだろうかと不安になると「あぁ……そうか」と呟いた後にため息を吐かれた。
「五月三十一日は誓達の誕生日なんだよ」
「え?」
(誓くんの……誕生日……!?)
「その顔はやっぱり知らなかったんだな」
「はい、初耳……いや、友達に聞いたような?」
瀬野誓の情報を話していた時に確か言っていた気がする。その時はどうでもよかったので聞き飛ばしていたが。
「でも、私関係な……」
「え!? あるでしょ! だって、君は一応誓の彼女さんでしょー?」
「……」
浅葱さんに指摘され、嫌そうな顔をしてしまった。
確かに私は一応あの瀬野誓の彼女だ。この前、どうしようもなく最低な場面を見てしまい、勢いで彼をおとして捨てると言ったが、本当にするつもりはなく、違和感の正体を見つけさっさと離れるつもりだった。
(あんな女の子を平気で傷付ける人の傍に一秒でも居たくないし、何より……!)
またキスをされた。二度目だからそんなにダメージは少ないが思い出すだけで腹が立ち、あの日から彼とは余り会わないで過ごしていた。
(はやく見つけたいならば、距離を縮め探るべきなんだろうけども、今の私では出来そうにないし)
「まぁまぁ、祝いたくないのはわかったけどさー祝っておいたら有利になるんじゃないかな?」
「?」
浅葱さんが私に近寄り、内緒話をするような近さになる。
「誓の意外な一面を知り、それを利用するとか」
「浅葱さん……」
(私と誓くんのゲームの内容を知って……)
「そうしたら誓のおとす攻略方法になるかもしれないじゃんー」
(たわけじゃないのか)
隠しているわけじゃないけど、知っているのかと思うとドキっとした。
「まぁ、確かにそうかもしれませんね」
「でしょー? というわけで! 誓に渡すプレゼント探しにお兄さんと一緒に行こう~!」
「え? ちょっとまだ私祝うって言ってな……わわ!」
浅葱さんに手首を掴まれ、私はそのまま商店街の方へと連れて行かれるのだった。
「誓ってオシャレとか気にするし、服やアクセサリーとかどうだ? 中学生の陽菜ちゃんには高いか?」
「いいえ、お小遣いは困らない程貰っているので大体のものは買えますが……」
「が?」
「あの人に残るものを渡したくないです」
「えーこれ見て陽菜ちゃんを思い出すとかしたくないわけ?」
「……」
(思い出さずそのまま記憶から消えて欲しいんですがね。今すぐにでも)
「既製品のクッキーとかでいいんじゃないですかね」
「え~~!! 誓にチョーカー渡すとかしないの~?」
「何故にチョーカー?」
「首輪! 誓は私のものっていう……」
「そういうの求めてないんで」
「え~」
文句ばかり言う浅葱さんを無視し、お菓子が売ってそうなお店を探す。
(適当なモノ買っとけば浅葱さんに誤魔化せるでしょう)
思い出すのは最後に会ったキスをし、何も出来ないでいる私を見て笑う誓くんの顔。
(うん、まだ会いたくない)
あんな奴にハジメテを奪われるなんて嫌だし、手掛かりが全く掴めていないけど、今は会いたくない。だから、誕生日も知らない振りして無視しよう。
「アイツって、なんだかかんだ束縛されたがっていると思うけどなー」
「……」
(そう見えないですが……そういえば)
「浅葱さんって」
「ん? 何、陽菜ちゃん」
「何で浅葱さんが誓くんの誕生日祝う事になったんですか? 知り合いなんですか?」
浅葱さんと誓くん。誕生日を祝うような仲に見えなくて聞くと、浅葱さんは驚いた顔して答えた。
「あれ? 言ってなかったっけ? 誓と俺らバイト先が一緒でそこで祝うんだよ」
「バイト先が同じ?」
(そういえば、バイトしているから夕食いらない時あるって最初言ってたっけ。でも、誓くんと同じバイト先? タイプが違うのになんかイメージつかない)
「ちなみに、場所は」
「ん? カフェだけど?」
「……」
(厨房にいるのかな……)
誓くんのバイト先のオシャレなカフェを思い浮かべるが、だらーんとしている浅葱さんには失礼だが似合わなかった。
「まぁ、誘が嫌がるし他にも仕事あっていれれないんだけど」
「はぁ……」
(イザナくんも同じバイト先なんだ……)
カフェで働くイザナくんを思い浮かべる。なんだか違うお店になりそうだなぁっと苦笑いをしていると、宝桜の制服が目に入り顔の方を見ると。
「聖さん」
「ん? ……あ、君は……」
この前カフェで会った聖さんの姿だった。
「あ、すみません……名乗ってませんでしたね」
この前名乗らず話したのを思い出し、私は改めて自己紹介をする。
「改めて、白桜学園中等部二年生の甘泉陽菜です」
「僕は宝桜学園高等部一年生の永春聖です。宜しくね?」
誓くん関係で仲良くなるかわからないが、一応挨拶をすると彼もしてくれた。
「聖も買い物か?」
「いえ、用事があってそれまでの時間潰しで……日下さんと甘泉さんは?」
「……?」
「甘泉さん?」
(あれ?)
会って二回目で、そんなに親しくないのになんだか甘泉さんと呼ばれるのには違和感があり、何かと聖さんをまじまじと見つめる。
(別に二度目だし、男の人だしそんなにおかしくないよね? でも、なんだろうこの感じ……)
「えっと……甘泉さん?」
(気になる……けど、今は考えていたら困っちゃうよね。でも……)
「甘泉さん?」
(気になる!)
「聖さん」
「は、はい?」
「私のことは出来たら陽菜と呼んでくれませんか?」
「え?」
「なんか、最近誓くんや浅葱さんにそう呼ばれているので苗字呼びされるのは慣れなくて……駄目でしょうか?」
(気になるし……一応頼んでみよう)
「そ、その……」
「駄目ですよね……」
(まだ親しくないし嫌かな……)
「だ、駄目じゃないけど……僕は女の子の名前を言うの慣れてなくて……あ、あの」
「……」
「間違えてしまうかもしれないけど……努力はするね。えっと、陽菜さん」
「!!」
顔を赤くして、聖さんはぼそりと名前を答えた。
「ありがとうございます聖さん!」
「ま、聖にしては頑張ったなぁ~」
笑顔で礼を言う私に、浅葱さんは優しそうな目で見ていたので聖さんは更に赤くなる。
「じゃあ、陽菜ちゃんは聖のことを誓みたく、くん付けで呼んだらどうよ?」
「え?」
「誓と同じ年だからいいだろう~?」
「それは誓くんが言うからで……聖さんは年上ですしくん付けは……」
「僕は、呼んでくれてもいい」
「え?」
「君が呼びやすい方でいいよ」
(呼びやすい方か……そう言われると……)
「聖くんですかね」
(なんだかくん付けの方がしっくりくるような?)
「ふーん、そうくるか」
「え?」
「なんだか照れるなって言ったんだ」
聖くんらしくない低い声が聞こえ、聞き返し顔を見ると照れくさそうに頬をかく姿があった。
(気のせいかな?)
「ところで、陽菜さん達は何を見て……」
「お! お前何か欲しいものない? 陽菜ちゃんが男にプレゼント渡そうと思っているんだけど、お前の意見を参考にしたいなーと」
「プレゼント?」
「まぁ、そんなところです。出来たら食べ物とかで……」
(鞄に入り、たまたま会ったら渡せそうなものを……)
「欲しいものか……誓なら」
(浅葱さんが名前出さなかったのに誓くんに渡すと決められている……)
聖くんが誓くん本人に言ったら面倒だなっと思いながら、悩んでいる姿を眺めているとメッセージアプリの通知音がする。
「お、なんだ陽菜? 姫からか?」
「いえ、友達です」
(何だろう……あ)
何かと開けば、友達からの学園サイトで流行っているゲームの勧誘だった。
(ファンタジー系のものかぁ……私どちらかというとほのぼの日常系のゲームの方が……)
「あ、そのゲーム……」
「? 聖くん知っているんですか?」
「う、うん……ストーリーも操作も凝っていて面白いとよく聞くね……」
「そうなんですか……」
聖くんに言われ、友達からのオススメポイントを読む。確かに、内容は面白そうだ。
「じゃあ、少しやってみようかな」
「!! あ、ありがとう! やったら是非面白かったとことか教えてくれると嬉しい」
「……」
アプリをインストールボタンを押し、楽しそうにオススメしてくれたゲームを言う聖くんの姿を見ているととても楽しそうで。
(こんな表情もするんだなぁ……普段と違い、なんだか……ん?)
普段の姿がおどおどした姿ではなく、違う姿を一瞬思いついてしまい不思議になり、聖くんをまた見る。
聖くんはまだ楽しそうに話していた。
(? よくわかりませんが、楽しそうな姿は見ていて嫌いではないですね……)
そう思う事にし、聖くんの話を聞いていたのだった。
そして、五月三十一日……瀬野誓の誕生日を迎えた。
私は祝う気なんてなかったし、顔を見たくなかったのに。
「陽菜ちゃん嬉しいな! 俺の誕生日祝ってくれるんだ」
「………」
イザナくんに夕食は外食にしようと嘘をつかれ、カフェに連れて行かれ誓くんの隣の席に座らされた。
「流石、俺の彼女さんだね~誕生日言ってないのに祝ってくれるなんて」
「……貴方、わかってて言ってるでしょ?」
「え? 何のこと?」
わからないという素振りを見せるが、絶対連れてかれたことも何もかも知っているんだと思う。
(やっぱり顔を見ると腹立つ……)
最低な人だしこの前キスをしやがったし……この距離じゃまたされるかもしれない。
(距離置こう……)
「だーめ。彼女さんは隣!」
「……」
逃げようとした私に、誓くんは腰に手を当て止める。不機嫌そうな顔で見上げているとイザナくんが私に何か渡す。
「イザナくん?」
「ほら、誓に渡すんだろ?」
「あぁ……」
(浅葱さんに言われ、なんだかんだ買ってしまった物か)
部屋に適当に置いてあったのを、イザナくんが何故持っているんだろうと思ったが、この人に鍵は意味がないので考えるのはやめた。
「あぁ、はい。誕生日プレゼントです」
「うわぁ! ありがとう!」
わざとらしく嬉しそうにプレゼントを受け取り、断りもなくプレゼントを開ける。中には……
「おぉー高そうなボールペン! 実用的だけど男友達にやるプレゼントだねこれ」
「あるだけマシだと思って下さい」
「と、クッキーか。ここの有名品のじゃん。美味しそう~」
「……」
目の前にあるココアを一口含む。うん、丁度いい甘さだし、やはりここのご飯は私の口にあう。
「ボールペンね。おーーい、聖~」
「誓、何って……わっ!」
ボールペンを聖くんへと投げ、キャッチする。
(コイツ、いらないからってプレゼントを人に目の前で渡しやがった。相変わらずの最低だなぁ……)
「聖、ボールペンよく使うからいいんじゃない?」
「いいんじゃないって……いつもだけど誕生日に彼女から貰ったのを目の前で僕に渡すのどうかと……」
「あ、いいんです。誓くんより使って貰える人に渡った方が嬉しいんで」
「そ、そう? それなら……」
「……?」
嬉しそうにボールペンを見る聖くんに、なんでだろうと首を傾けた私にクッキーを勝手に開け食べている誓くんが言う。
「聖はゲームを作るからアイディアとかメモする時に使うんだよ」
「え」
(ゲーム作るんだ……ってもしかして!)
「もしかして、この前言っていたゲームは聖くんが作ったんですか?」
「え?」
「私、やれるとこまで進めたんですがとても面白かったです!」
「面白かった……」
「はい! とても」
そう言うと、聖くんはふんわりと笑っていて。
(嬉しそう……)
「ありがとう。その通りだよ。僕が作ったゲームだったんだ」
「!!」
(聖くんが作った!)
「すごいです! あんなに面白いゲームを学生で……!」
「あはは……面白いものに年齢は関係ないと思うよ。小学生で作る人もいるし」
「でも……」
「言いたいことはわかるよ。……ありがとうね陽菜さん」
「……!」
本当に嬉しそうに聖くんが笑うから、私もつられて笑う。あたたかい空気になっていたその時。
「俺と話すより楽しそうだね彼女さん」
「!」
誓くんの存在を忘れていたのを思い出し、振り向くとそこにはクッキーを食べず私達を見る彼が居て。
「誓……これは……」
「聖もさー俺の彼女と何勝手に」
「そりゃあそうですよ」
「?」
「貴方以外と話している方が楽しいですよ。自覚ないんですね」
いつもの仕返しに嫌味のひとつでも言うと、二人は驚いた顔をした後に二人して笑った。
「なんですか」
「いやー本当に君って最高だなって」
「?」
「これからも宜しくね彼女サン」
「……」
肩をポンっと抱き、近距離の笑顔で言われる。その顔にいつもなら腹が立つが殴ろうとは思えず黙っていると、誓くんがそっと距離を更に……
「って、何する気ですか!」
「キスしていいってサインかと思って」
「そんなわけないですよ!」
近くなりそうだったのを手で距離を取る。誓くんはまた笑っていたが、やはりその表情を見ても殴ろうとは思えなかった。
(馬鹿にした笑みじゃないから?)
不思議に思いながら誓くんをみていたが、イザナくんがケーキを持ってきたので考えるのをやめたのだった。
こうして恋人である瀬野誓の誕生日が終わり、六月を迎えたのだった。
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