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三度目
10 一夜明けて
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明けて朝。ずっと黙っているのも気まずいので、無理矢理口を開く。
「何で昨日だったんですかカイルさん」
「何となく?」
翌朝迎えに来たカイルさんは、にこやかに答える。何で何となくなんですかそして何故疑問形?
僕は幼い頃から宮にあがっていたので、その手のことは自然に耳に入っていたし、知識として教えられもしていた。宰相の子息という、何かと狙われ易い立場上必要だったから。
最近では友達もそういう相手がいたり、すでに子供がいたりするので、その手の話もよく聞いていたけど実際に自分が……、となると、それまで何となく分からなかった色々な疑問が解けて合点がいって……、
いや、それはともかくですね、その朝に師匠に迎えに来られるとか、迎えにきた師匠とお宿の女将と一緒に朝御飯頂くとか勘弁してほしい。
「まあ、いいじゃないですか。お代は私がもっておきましたから」
「ご贔屓に」
女将がうふふと笑う。やめて恥ずかしいですから!
ここの女将は宮との繋がりをもっていてカイルさんとも親しい。
昔、僕と母は、刺客から逃れるためこの娼館にしばらく匿ってもらったことがある。女将も小さかった僕のことを覚えてくれている。
だからか、あたたかい目で見守ってますよな感じで、いたたまれない。これで「大きくなったわねえ」などと言われたら、僕は恥ずかしくて死ねる。いや、昨夜相手をしてくれたのは別の人だけど!
ちなみに昨夜僕の相手をしてくれたおねーさんは、
「嫌だったら別に無理しなくていいのよ~。一晩寝んでいくだけのお客さんも多いの。どうせお代は変わらないから気にしないでー」
と優しく言ってくれたんだけど。
はい。僕は負けました。好奇心に負けました。その他いろいろに負けました。
そのあたりだってお見通しだろう女将は、幸い僕をからかう気はないらしく、カイルさんと和やかに世間話をしながら食事をしている。僕はそれを聞きつつ、たまに当たり障りなく相槌を打ちながらご飯を頂いた。
落ち込んだ気分をどうにかしたいと思い師匠を訪ねて、まあ、なんやかやあって、悪い方へと行きがちな思考はたしかになくなった。
昨晩、あれやこれやをおねーさんにお世話になった僕は、身も心も随分とスッキリしていた。だが。
「ああいう方法で紛らわせるのは良くないって教わった気がするんですけど?」
「はい、そうですねぇ」
お宿を出て、そのまま、僕はカイルさんの買い物に付き合っている。色とりどりの反物が並ぶ市を見ながら、カイルさんが答える。
「でも、やってみないと、本当にそうかは分からないでしょう?」
何事も経験ですよー、ともっともらしく言うカイルさんを、僕は胡乱な目で見てしまう。
カイルさんは僕が落ち込んでやって来るのを見越して宿をとっていたのだろう。まあ、確かにね、落ちました悔しいですって言われたって、そうですかって話ですよ。面倒だよね、うん。
その程度のこと、僕の気持ち一つでどうとでもなる。
試験に落ちたからと言って、何がどう変わるわけではない。来年また受けるだけだし、やめたかったら別の道を探せばいい。ただ、それだけ。今はそう考えられる。
この三年、色んな受験者と会った。野心に燃えている人、希望に溢れている人、家の都合で仕方なく受ける人。
自由がなくて受けざるを得ない人、自由を求めて受ける人。
親に勘当されても受験し、推薦者も指導者さえも得ている僕は、きっと、帝国一自由だ。
今だって、皇帝侍従のカイルさんと変装して北の都の自由市にいるんだもの、自由すぎるでしょ僕は。
そんなことをツラツラ考えていると、カイルさんが呟く。
「全く、今日は日差しが強いですねぇ」
それを聞いた僕は、慌てないように頭衣をずらして顔を覆う。カイルさんにちらりと目で示された先には、やつした男がいた。
特に警戒すべき人物というわけではないが、ここで皇帝侍従と宰相の(元)息子にバッタリ会うのは、向こうとしても面倒だろう。それにしても、今日はお忍びの方が多いような気がする。そもそも、カイルさんがそうだし。
「今日は、人出が多いですね」
他にも何人か、どこそこの幹部の使い、某大臣の近侍を見た。僕が言うのに、カイルさんが答える。
「そうですね。昨日の今日で皆さん熱心ですねえ」
「昨日の今日?」
わからなくて、僕はカイルさんの言葉を繰り返す。
「店主、今日は銀細工などはどうなっています? この反物と合わせたいのですが」
僕に答えず、カイルさんが店の主に話し掛ける。
「おう、旦那かい、それがねぇ、西の細工もんは今朝からひっきりなしでさ!」
日に焼けた男はニカっと笑ったあと、すこし声を潜めて言う。
「なんでも、西と東の直通航路が復活するんじゃないかってね」
「へえ、そんな噂が」
「ただねえ、そうすると、こっちに入ってくるもんが少なくなるから、今から押さえとくかってぇ話でさ」
店主とカイルさんの話が続いている横で、僕は冷や汗をかいている。昨日のって、口頭試問の僕と父さんのやりとりが影響してるってこと?
目で問う僕に、カイルさんはやっぱり何も答えてくれない。買った反物を僕に持たせ、そろそろ昼食でも、と笑って先に歩き始めた。
「何で昨日だったんですかカイルさん」
「何となく?」
翌朝迎えに来たカイルさんは、にこやかに答える。何で何となくなんですかそして何故疑問形?
僕は幼い頃から宮にあがっていたので、その手のことは自然に耳に入っていたし、知識として教えられもしていた。宰相の子息という、何かと狙われ易い立場上必要だったから。
最近では友達もそういう相手がいたり、すでに子供がいたりするので、その手の話もよく聞いていたけど実際に自分が……、となると、それまで何となく分からなかった色々な疑問が解けて合点がいって……、
いや、それはともかくですね、その朝に師匠に迎えに来られるとか、迎えにきた師匠とお宿の女将と一緒に朝御飯頂くとか勘弁してほしい。
「まあ、いいじゃないですか。お代は私がもっておきましたから」
「ご贔屓に」
女将がうふふと笑う。やめて恥ずかしいですから!
ここの女将は宮との繋がりをもっていてカイルさんとも親しい。
昔、僕と母は、刺客から逃れるためこの娼館にしばらく匿ってもらったことがある。女将も小さかった僕のことを覚えてくれている。
だからか、あたたかい目で見守ってますよな感じで、いたたまれない。これで「大きくなったわねえ」などと言われたら、僕は恥ずかしくて死ねる。いや、昨夜相手をしてくれたのは別の人だけど!
ちなみに昨夜僕の相手をしてくれたおねーさんは、
「嫌だったら別に無理しなくていいのよ~。一晩寝んでいくだけのお客さんも多いの。どうせお代は変わらないから気にしないでー」
と優しく言ってくれたんだけど。
はい。僕は負けました。好奇心に負けました。その他いろいろに負けました。
そのあたりだってお見通しだろう女将は、幸い僕をからかう気はないらしく、カイルさんと和やかに世間話をしながら食事をしている。僕はそれを聞きつつ、たまに当たり障りなく相槌を打ちながらご飯を頂いた。
落ち込んだ気分をどうにかしたいと思い師匠を訪ねて、まあ、なんやかやあって、悪い方へと行きがちな思考はたしかになくなった。
昨晩、あれやこれやをおねーさんにお世話になった僕は、身も心も随分とスッキリしていた。だが。
「ああいう方法で紛らわせるのは良くないって教わった気がするんですけど?」
「はい、そうですねぇ」
お宿を出て、そのまま、僕はカイルさんの買い物に付き合っている。色とりどりの反物が並ぶ市を見ながら、カイルさんが答える。
「でも、やってみないと、本当にそうかは分からないでしょう?」
何事も経験ですよー、ともっともらしく言うカイルさんを、僕は胡乱な目で見てしまう。
カイルさんは僕が落ち込んでやって来るのを見越して宿をとっていたのだろう。まあ、確かにね、落ちました悔しいですって言われたって、そうですかって話ですよ。面倒だよね、うん。
その程度のこと、僕の気持ち一つでどうとでもなる。
試験に落ちたからと言って、何がどう変わるわけではない。来年また受けるだけだし、やめたかったら別の道を探せばいい。ただ、それだけ。今はそう考えられる。
この三年、色んな受験者と会った。野心に燃えている人、希望に溢れている人、家の都合で仕方なく受ける人。
自由がなくて受けざるを得ない人、自由を求めて受ける人。
親に勘当されても受験し、推薦者も指導者さえも得ている僕は、きっと、帝国一自由だ。
今だって、皇帝侍従のカイルさんと変装して北の都の自由市にいるんだもの、自由すぎるでしょ僕は。
そんなことをツラツラ考えていると、カイルさんが呟く。
「全く、今日は日差しが強いですねぇ」
それを聞いた僕は、慌てないように頭衣をずらして顔を覆う。カイルさんにちらりと目で示された先には、やつした男がいた。
特に警戒すべき人物というわけではないが、ここで皇帝侍従と宰相の(元)息子にバッタリ会うのは、向こうとしても面倒だろう。それにしても、今日はお忍びの方が多いような気がする。そもそも、カイルさんがそうだし。
「今日は、人出が多いですね」
他にも何人か、どこそこの幹部の使い、某大臣の近侍を見た。僕が言うのに、カイルさんが答える。
「そうですね。昨日の今日で皆さん熱心ですねえ」
「昨日の今日?」
わからなくて、僕はカイルさんの言葉を繰り返す。
「店主、今日は銀細工などはどうなっています? この反物と合わせたいのですが」
僕に答えず、カイルさんが店の主に話し掛ける。
「おう、旦那かい、それがねぇ、西の細工もんは今朝からひっきりなしでさ!」
日に焼けた男はニカっと笑ったあと、すこし声を潜めて言う。
「なんでも、西と東の直通航路が復活するんじゃないかってね」
「へえ、そんな噂が」
「ただねえ、そうすると、こっちに入ってくるもんが少なくなるから、今から押さえとくかってぇ話でさ」
店主とカイルさんの話が続いている横で、僕は冷や汗をかいている。昨日のって、口頭試問の僕と父さんのやりとりが影響してるってこと?
目で問う僕に、カイルさんはやっぱり何も答えてくれない。買った反物を僕に持たせ、そろそろ昼食でも、と笑って先に歩き始めた。
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