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かったい肉 《ネタバレあり》第五章01話「帰ります(南の宮から)まで読了推奨
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※ネタバレあり
※第五章第一話に入っていましたが削除した部分です。
※結界術師にとって肉は正義。
※宰相夫人が夫を好きすぎる話。
────
東の軍の料理長が悩んでいる。
「うーん、やっぱり固いよなあ」
「そうですか?」
「気にするほどでもないでしょう。噛みごたえあって、うまいですよ?」
酒の当てにしたい兵たちにも好評だと、傍の料理人たちが言う。
「でもほら、宰相の奥方さまに出すようなもんじゃなかった……」
「あっ」
軍にやってくる東の重臣たちは粗食に慣れているし、むしろ手のかかる物を出した時の方が不興を買う。
しかし、今回の相手は、都で優雅にお暮らしの貴婦人なのだ。
いつもの調子でそこを考えてなかった、と料理長は悔やんでいる。
他の料理人たちも、しまったと思い始める。
骨つき肉など、北の都の高貴な女性は食べ方さえご存知ないかもしれない。
「そ、そう、ですね」
「やばいかも。この肉もう一周使いますよね?」
「次は小さく切ってお出しします? うーん、それだとますます固さが際立つ?」
あーだこーだと話し合う料理人たちの横で古参の兵たちがつまみ食いしながら苦笑している。
「あー、それ絶対大丈夫大丈夫」
ひとりの兵が言うのに、他の兵たちも凄い勢いで頷いている。心配ない、と。
「いや、しかしですね」
「今までだって文句なんか言ってなかっただろ?」
「でも今日のは骨付きブツ切りですよ?」
「大丈夫大丈夫」
「むしろ喜ぶ」
「うーん、気になるならシ…ゃいしょう夫人に直接聞いてみれば?」
「え、そんな畏れ多い」
「大丈夫大丈夫」
「そうそう」
「夫人は腕のいい料理人には、特段に優しいぞ?」
「なー?」
笑い合う老兵たちに、料理長は困惑する。
「はあ……」
先輩方の助言を聞いた料理長は、恐る恐る先代の宮と宰相夫人が食事を取る天幕を訪ねる。そうすると、にこにこと微笑む宰相夫人に労われた。かったい肉は、懐紙に包んでお上品に召し上がっておられた。
料理長がホッとしながらも首を捻りながら戻ると、リヒトが炊事場にやってきていた。
料理長がリヒトにも相談すると、リヒトは一瞬ポカンとしたが、あー、と何やら納得したらしい。
「や、料理長、その辺はぜーんぜん気にしなくていいから。
だけどまあ、柔らかくしたいんなら、そうだ、どれでしたっけ、何か一緒に煮込むといいやつ」
俺は柔らかい肉とかあんまり好きじゃないから忘れた、と言ってリヒトは傍の男を見る。
昨日リヒトと共にやってきたという男は、スラスラと答える。
「ああ、あそこに生えてます。今時期のシカは確かに固いですが、一緒に煮込むと臭みも消えて柔らかくなります」
あれです、と男が指差す草と余った肉を、料理人たちは半信半疑で煮込んでみる。出来上がったものを食べた料理人たちは一斉に叫ぶ。
「ほぇ⁉︎」
「すごい!」
「なんの魔法⁉︎」
舌の上で、ほろほろと崩れていく。
これがあの、かったい肉? この短時間で⁉︎
感動に打ち震える料理人たちに、水を差すように男が言う。
「ただ、傷みやすくなりますから、負傷者や弱った者に与えるくらいしか戦場では使い道がないです。他の草が混ざって万一に食あたりなど出してはいけませんし」
「う、そうですね。いやでもこれ、すごいです」
「はっ、そうだ、ほかに役立ちそうな草とか、調理法とか、ご存知ですか⁉︎」
「ご存知ですね⁉︎ ご存知ならぜひご教授を!」
「は、はあ。そ、そうですね、リヒトさ…まからも教わってるかもしれませんが、岩陰に生えているあの草は…(略)…」
※
「何が始まってる?」
炊事場の傍を通りかかった東の先代がリヒトに聞いた。
「あー、ヨシュアさんの『季節別! 役立つ野草の見分け方』からの、『ラクラク現地調達! 食糧が尽きた時の携帯食加工講座』です」
「盛況だな」
ヨシュアをリヒトの部下と信じて疑わない料理人たちは、帝国の宰相を囲んで熱心に質問攻めにしている。
「俺的には兵站切らすとかないし、変に余裕あったら兵糧の管理が甘くなるだろ? でしたから軍の料理人には教えてなかったんですけど、そりゃあ料理人たちも知ってた方が心強いですよね」
諜報方と同じく教えてやってりゃ良かった、とリヒトは反省している。
「なら、ちょうどよかったな」
わざわざあっちからやって来た宰相なんぞ、存分にこき使ってやれ、と東の先代は笑う。
「にしてもシファは相変わらずよく食べるな」
朝っぱらから俺と同じ量を平らげたぞ、と先代が言う。
それに、リヒトはそりゃまあそうでしょうね、と言いながら横目でヨシュアをチラリと見る。
「あんだけ結界張ってりゃ」
ヨシュアの周りにこれでもかと張られた結界は、かなりの実力者でないと感知できない。見えない者には到底破れる結界でなく、見える者には在るだけで警告として十分過ぎる威力を発揮する厄介なヤツだ。
それがはっきりと見えてしまう先代の宮とリヒトは意味もなく「あー」と呻き声を出す。
「ほんっと犬も食わねえってやつですよ」
リヒトが言うのに先代も頷いた。
《終わる》
※第五章第一話に入っていましたが削除した部分です。
※結界術師にとって肉は正義。
※宰相夫人が夫を好きすぎる話。
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東の軍の料理長が悩んでいる。
「うーん、やっぱり固いよなあ」
「そうですか?」
「気にするほどでもないでしょう。噛みごたえあって、うまいですよ?」
酒の当てにしたい兵たちにも好評だと、傍の料理人たちが言う。
「でもほら、宰相の奥方さまに出すようなもんじゃなかった……」
「あっ」
軍にやってくる東の重臣たちは粗食に慣れているし、むしろ手のかかる物を出した時の方が不興を買う。
しかし、今回の相手は、都で優雅にお暮らしの貴婦人なのだ。
いつもの調子でそこを考えてなかった、と料理長は悔やんでいる。
他の料理人たちも、しまったと思い始める。
骨つき肉など、北の都の高貴な女性は食べ方さえご存知ないかもしれない。
「そ、そう、ですね」
「やばいかも。この肉もう一周使いますよね?」
「次は小さく切ってお出しします? うーん、それだとますます固さが際立つ?」
あーだこーだと話し合う料理人たちの横で古参の兵たちがつまみ食いしながら苦笑している。
「あー、それ絶対大丈夫大丈夫」
ひとりの兵が言うのに、他の兵たちも凄い勢いで頷いている。心配ない、と。
「いや、しかしですね」
「今までだって文句なんか言ってなかっただろ?」
「でも今日のは骨付きブツ切りですよ?」
「大丈夫大丈夫」
「むしろ喜ぶ」
「うーん、気になるならシ…ゃいしょう夫人に直接聞いてみれば?」
「え、そんな畏れ多い」
「大丈夫大丈夫」
「そうそう」
「夫人は腕のいい料理人には、特段に優しいぞ?」
「なー?」
笑い合う老兵たちに、料理長は困惑する。
「はあ……」
先輩方の助言を聞いた料理長は、恐る恐る先代の宮と宰相夫人が食事を取る天幕を訪ねる。そうすると、にこにこと微笑む宰相夫人に労われた。かったい肉は、懐紙に包んでお上品に召し上がっておられた。
料理長がホッとしながらも首を捻りながら戻ると、リヒトが炊事場にやってきていた。
料理長がリヒトにも相談すると、リヒトは一瞬ポカンとしたが、あー、と何やら納得したらしい。
「や、料理長、その辺はぜーんぜん気にしなくていいから。
だけどまあ、柔らかくしたいんなら、そうだ、どれでしたっけ、何か一緒に煮込むといいやつ」
俺は柔らかい肉とかあんまり好きじゃないから忘れた、と言ってリヒトは傍の男を見る。
昨日リヒトと共にやってきたという男は、スラスラと答える。
「ああ、あそこに生えてます。今時期のシカは確かに固いですが、一緒に煮込むと臭みも消えて柔らかくなります」
あれです、と男が指差す草と余った肉を、料理人たちは半信半疑で煮込んでみる。出来上がったものを食べた料理人たちは一斉に叫ぶ。
「ほぇ⁉︎」
「すごい!」
「なんの魔法⁉︎」
舌の上で、ほろほろと崩れていく。
これがあの、かったい肉? この短時間で⁉︎
感動に打ち震える料理人たちに、水を差すように男が言う。
「ただ、傷みやすくなりますから、負傷者や弱った者に与えるくらいしか戦場では使い道がないです。他の草が混ざって万一に食あたりなど出してはいけませんし」
「う、そうですね。いやでもこれ、すごいです」
「はっ、そうだ、ほかに役立ちそうな草とか、調理法とか、ご存知ですか⁉︎」
「ご存知ですね⁉︎ ご存知ならぜひご教授を!」
「は、はあ。そ、そうですね、リヒトさ…まからも教わってるかもしれませんが、岩陰に生えているあの草は…(略)…」
※
「何が始まってる?」
炊事場の傍を通りかかった東の先代がリヒトに聞いた。
「あー、ヨシュアさんの『季節別! 役立つ野草の見分け方』からの、『ラクラク現地調達! 食糧が尽きた時の携帯食加工講座』です」
「盛況だな」
ヨシュアをリヒトの部下と信じて疑わない料理人たちは、帝国の宰相を囲んで熱心に質問攻めにしている。
「俺的には兵站切らすとかないし、変に余裕あったら兵糧の管理が甘くなるだろ? でしたから軍の料理人には教えてなかったんですけど、そりゃあ料理人たちも知ってた方が心強いですよね」
諜報方と同じく教えてやってりゃ良かった、とリヒトは反省している。
「なら、ちょうどよかったな」
わざわざあっちからやって来た宰相なんぞ、存分にこき使ってやれ、と東の先代は笑う。
「にしてもシファは相変わらずよく食べるな」
朝っぱらから俺と同じ量を平らげたぞ、と先代が言う。
それに、リヒトはそりゃまあそうでしょうね、と言いながら横目でヨシュアをチラリと見る。
「あんだけ結界張ってりゃ」
ヨシュアの周りにこれでもかと張られた結界は、かなりの実力者でないと感知できない。見えない者には到底破れる結界でなく、見える者には在るだけで警告として十分過ぎる威力を発揮する厄介なヤツだ。
それがはっきりと見えてしまう先代の宮とリヒトは意味もなく「あー」と呻き声を出す。
「ほんっと犬も食わねえってやつですよ」
リヒトが言うのに先代も頷いた。
《終わる》
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