【番外短編集】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

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候補者Aさんの話 《ネタバレ有り》※第三章14話「利害の果てに」まで読了推奨

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※ 《本編第三章 14話「利害の果てに」まで読了推奨》

 第二章 05話「とりあえずくっついとけ、という話」に入る予定でしたがカットした話です。
 セラとザイをくっつけたがる理由はザイの外堀を埋め隊が何度も説明する羽目になりそうだったので、二章05話ではカットしました。


 トランが侍従筆頭になった訳などちらっと触れてます。

 トラン的にセラは妹か親戚の子のような感じ。

─ ─ ─ ─ ─ ─

「君こそセラとくっつけば良かったんでは」

 文官長の部下で某家の次男である筆頭も、かつてはセラの婚約者候補の一人だったのだ。それはセラがザイを見初める前の話。

 恨みがましげに筆頭を見るザイに、筆頭は視線をそらす。

「そりゃあね、文官長様はお仕えのしがいがある方だし、お世話にもなったし。でも、文官長様が舅というのは、私には無理」

「なら僕なんてもっと無理だよ」

 真面目な侍従筆頭トランが音を上げるのだ、ザイなど裸足で逃げ出す。と考えてザイはまさか、とトランに聞く。

「あれ、君が侍従になったのって、まさか、それ?」

 問われたトランが遠い目をして言う。

「それのような、それでないような。セラとの婚約の話が持ち上がりかけたところで、突然侍従のお話を頂いたのは事実です」

「やっぱりあれ突然だったの?」

 官吏から侍従にというのは割とよくある話なのだが、トランの移籍は異例のことであった。

「うん、そう。降って湧いたようにね。
 もう、窮極の選択? 文官長様からのお話が具体化してお断りなんかしたら、私は宮にはいられなかった。侍従にならなかったら今頃路頭に迷ってたよ」

 機を見るとか熟すとかそういうの?
 やられる方としては、それにすがるしかない状況って、本当周りの色が消えて真っ白になっていくんだよ、と筆頭が言う。

 キラキラしてて何だか全てのものが綺麗に見えたよ、と言うトランの目にはどんな光景が映っていたのやら、聞いていたザイは他人事ながら辛くなる。

「あの時は天の助けに思えたなあ。あはは」

 実態はなんだか底なし沼的な抜けられない系のやつなのにね、とトランは昏く笑う。

「次男なんぞにやるか! 一辺倒だった舅の態度が急に変わったのが、かえって気の毒で。明らかに何かに怯えてたものね。
 舅は酔った時にね、侍従なんぞにはもっとやりたくなかったんだー! って未だに泣いたりするんだ」

「でも、一緒に飲んだりするんだね」

「うん、娘が生まれてやっとね」

「よかったね」

「うん、舅は悪い人ではないから、ずっとあのままは私も辛かっただろうしね。だから、君にはセラとくっついてほしい」

「突然脈絡がないよ! なに、何か後味悪いから?」

 ザイが言うのに、トランはあからさまに視線を反らせて言う。

「まあ、そんなところかもしれない。私がセラの良き夫になれたかどうかは分からないけれど、あのお方は、……ね? だから、私のこのなんとも言い難い憂いを無くすために君がセラとくっついて下さい」

「それが理由⁉︎」

「だって、お世話になった方の娘さんだしねえ。それに、セラが女官で居続けてくれた方が私たちも楽でしょう?」

「まあそうだけど」

「セラは皇后様にも皇妃様にも気に入られてるし、文官長の娘だから誰かに取り入られるなんてことはない。宮としては得難い女官だよ。かつての君の母上みたいにね。だから、私としてはセラにずっと宮にいて欲しいんだ。
 家を継がない、婿入りもしない君と結婚すれば、それができるだろう?」

「それは文官長様が黙っちゃいないよ」

「流石の文官長様だって陛下には逆らえない。セラを殊の外お気に入りの皇妃さまに私が今言ったようなことを申し上げれば、どうなる?」

ね、決まりだろう? と筆頭が言うのにザイは首を振る。

「決まらない決まらないから 」

 そう言いながらも、いや、あの陛下だもの、焦らして焦らして最終的には皇妃の希望を通すのだろうとザイは思う。
 

「でもね、元部下の私が思うに、文官長様もそれなりの野心はお持ちだよ?」

 宰相閣下とは争わないと決めていらっしゃるけれどね、とトランは続ける。

「セラが結婚しないとなれば、セラを女官のままにすることはお考えかもしれない」

「家をセラの妹に継がせて?」

「そう。閣下が宮を辞されたら、皇妃様の支援をする者として文官長様が名乗りをあげられるだろう。セラを足がかりにしてね。となると、陛下の侍従である君とセラがくっつくのが一番平和的だと思うんだ」

「ちょっと待って、それは僕が参ってしまうよ」

 そうあからさまなことは文官長もしないだろうし、あの皇妃様が許さないだろうが、ザイが皇族方と官吏たちの板挟みになるのは火を見るより明らかだ。

「そうだね、普通の男なら大人しく文官長様に従うしかないだろうけど。君なら舅殿をうまく使うことも出来るんじゃないかな」

「それは無理なんじゃないかな?」

 そんな適当に、とザイが言うのに、トランは本当に本気で私はそう思ってるんだけどなあと思いながら続ける。この友人は謙虚でありすぎる。

「ねえ、ザイ。私たちはカイル様には敵わないけれど、一つカイル様になかったものがあるよ。官吏としての経験だ」

「うん。まあ、それはあるね」

 侍従になる前、トランは宮の文官として出世街道をひた走っていたし、ザイに至っては、地方官と短期間といえ若くして直轄領の補佐官の経験まである。

「元部下の私が見るに、文官長様は官吏の枠からは絶対にはみ出すことはなさらないんだ。それがあの方の強みで、弱みでもある」

「うん。そして、君の部下の僕が思うに、文官長様の一番の敵は君だね」

「そうだね。だから、私が侍従にと目をつけられたんだろうね。そして、その私が君に協力するんだ。どう?」

 そう言って、トランはにこにこと笑う。

 控えめで親しみやすい笑みはカイルとはまた違うものだけれど、在りし日のカイルと同じ種類のものをトランに見た気がして、ザイの頬はひきつる。

 世間では、なぜザイが侍従筆頭でないのかと訝しがる声があるが、トランのこの顔を見れば、彼こそが筆頭にふさわしいと皆納得するだろう。

 文官長とカイルといういずれも一癖ある人物の薫陶を受けたトランがこれからどうなっていくのか。
 
 ザイが宮から遠ざかっていた間、急成長を遂げていた友人を前に、僕は本当に上司には恵まれているなあとザイは涙するのだった。

《終わり》
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