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第五章 変化

01 帰ります(南の宮から)

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 帝国の南にて。

 朝の炊き出しに立ち働く者たちの中に、妙に馴染んでいる宰相とリヒトを見つけた東の年配兵たちは顔を見合わせた。

 ──なんで、宰相ヨシュアさんがここに⁉︎

 じっと馴染みの諜報を見れば、その視線に気づいたリヒトが、うるさげに首を振って見せる。

 ──詮索無用。

 身をやつした一国の宰相から食事を受け取りながら、彼らは自身に言い聞かせる。

 理由は分からないが、笑ってはいけない。
 理由は分からないが、笑ったら宰相夫人シファさんに消される気がする。

 歴戦の兵たちは、まだまだ続く演習の日々に備えて、きっちり食事を摂ることだけに集中した。

 ※

 夫人に付いて天幕から出てきた近衛たちは、そんな一部の兵たちの妙な雰囲気を感じ取り、一体何事かとその視線の先を辿って同じく宰相の姿を見つけ、動揺する。

 にわかに緊張する近衛たちに、宰相夫人がゆるりと微笑む。

「陛下におかれましては、すべて見通されてのことにございましょう。
 皆さま方におかれましては、ただいまは、お役目に専心なされますよう」

 近衛たちは心得ておりますと、静かに礼を返した。

 ※

「ま、結局のところは、だ」

 朝食の後、天幕にて、東の先代が地図を指し示しながら言う。

「兵站が届かぬ」

 天幕に集ったのは、東の先代の他に、宰相夫人、近衛たち、東西の軍の司令官、そしてリヒトとその部下に扮した宰相である。

「そうですねー。結局、基本は昔っからおんなじですよね」

 何度悔しい思いをしたことか、と言うリヒトに、東西の司令官たちも頷く。王国まではなんとでもなる。だが、その先となると、やはり補給が続かない。

「港の拡充しか手はあるまい」

 東の先代が見るのに、宰相も頷く。

 宰相が東の軍の兵站を担っていたのは、もう随分昔のことになる。当時より船は格段に大きくなり、一度にたくさんの荷を運べるようになった。
 それに、今朝の炊き出しの手伝いでリヒトに示されたように、兵糧も日持ちするものが増えた。これからは、武器の備えだけでなく食糧の倉庫を増やすのもいいだろう。

 しかし、王国の港は昔のままで、帝国の東の港のように軍港としての役割は果たせない。元々軍港ではなかったのだから、当然なのだが。

 別の国の港を開かせるだけでも足りない。それよりもまず王国に大きな港を作らせる方が、何かと都合が良い。

「また、お忙しくおなりですこと」

 だからさっさと帰れと言外に冷たく言う宰相夫人に宰相は恨めしそうな目をやるが、夫人の言う通りではあるので、宰相はその日のうちにリヒトと共に陣を発った。

 ※

 宮に篭りきりのはずなのに、乗馬の腕は落ちていない。宰相が手綱を握る馬は速く、迷いがない。

 それでも多少は落ちたか、とリヒトは思う。宰相の上体が時折ブレる。昔にはなかったことだ。これでは振り向きざま弓を番えることはもう充分には出来ないだろう。

 そんなことを考えながら行くリヒトの元に、前を行く宰相の呟きが、風に運ばれて届く。

「カイルさんのことは聞かないのですか?」

 瞬間、渋面になった リヒトは手綱をグッと握り直して宰相に言う。

「聞いたら教えてくださるんで?」
「内容によります」

 即答に、リヒトはケラケラと笑う。そして宰相を追い抜きざまに捲し立てる。

「あー、それ、どうせろくなことじゃないんでしょう? 野郎が黙ってたことなんて、いやもう野郎に関することなんて大抵ろくなことじゃない。俺は隠居した身なんでそういうの、もういいです。
 俺はねえ、たとえ知らされたって先代様にも当代の宮様にもお伝えしませんからね!」

 宰相夫人は自分が宮を辞したことや、おそらく止めたくても止められなかっただろうカイルの末を「主人の望まぬ末」と言った。亡き主人の意に沿えなかったことを、宰相夫人は、もしかしたらカイルも、少なからず後悔していたのかもしれない。

 だが、リヒトは思う。

 どんな結果であれ、シファやカイルが選んだ末のことなら、リヒトはその選択を全力で肯定してやりたい。

「絶対聞きませーん」
「そうですか」

 おどけたリヒトに宰相が平坦な声で返す。それきり脚を速めた宰相の馬を、リヒトは再び追う。風除けを代わってやろうとしたところを追い抜かれるとは、自分もそれなりに衰えているらしいとリヒトは気付く。

 それにしても、今更昔話をしようなど。「前しか見ぬド阿呆」と東の先代に評された男にしては珍しいこともあるものだ。笑ってリヒトは言う。

「あー、ヨシュアさん、どんな最期であれ、野郎は多分、何にも思い残すことはなかったと思いますよ? いつだって野郎は基本シファさんの行末のことしか考えてませんでしたから」

 だから

「とっとと仲直りしてください」
「……そうですね」

 宰相はため息を吐く。それを最後に、二人は無言で宰相邸まで駆けた。
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