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第四章 王国へ
12 神子ですから
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帝国大使が王太子をお連れしたので、ザイは契約についての突っ込んだ話ができなかった。
それはそれとして四人での語らいは楽しく終わった。
その後、王太子にさらに王宮に引き止められたザイを尻目に、大使はさっさと公館に下がってしまった。
さすがは先の陛下の退位後、神子を支えるために配されただけはある。ザイの危機にすぐに駆けつけた恩と引き換えに、大使が契約を知っていたか否かはうやむやにされた。
※
後宮の王妃の宮は今は静かだった。
王妃の髪を一人でときながら、女官が申し上げる。
「宜しかったのですか王妃様」
本当は、王妃とザイは明日の朝まで二人きりにされる予定だった。恐ろしいことに国王も承諾していたのだ。
国王のあまりにあっさりした様子に不信感しか抱けなかった王妃付きの者たちは、決して外には知られまいと厳重に警戒態勢を敷いた。その上で、どのような事態にも対応できるようにしていたのではあるが。
王妃は「あら、そう言えば」と頬に手を当てる。
「でもそうね。ザイはヘタレだそうですから仕方ないのです」
ふっと笑みを溢す王妃に、女官は複雑な顔をする。自分が席を外していた間、一体どんな会話になったのか?
王妃の、おそらくは拙い言葉はあの侍従殿にはあっさり流されたのだろう。
それでも思いを伝えられて良かった、いやしかし、それを真剣に受け取ってもらえなかったのは王妃様がおかわいそうではないか?
ザイが聞いたらそんな無茶なと言いそうだが、この女官はザイに対する怒りを感じていた。そして何事もなくて良かったという大きな安堵も。
それからこれで良かったのかと思う少しの後悔。
そして「ヘタレ」などという言葉を、我らが大切な神子姫さまに覚えさせた皇帝を叩きたかったあの気持ちも女官は思い出す。
様々に思いを馳せた女官は、次の王妃の言葉で櫛を取り落としそうになる。
「次はもっと、そう、『迫って』みます」
迫る? 次?
「王妃様?」
驚いて目を剥く女官に、王妃は笑って告げる。
「ザイはヘタレですもの。生きていれば、また、機会はあるでしょう」
「さようで……左様に」
曖昧に返す女官は、櫛を持ち直し、取り敢えずは髪を整えることに集中した。そして思う。
姫さまはとても前向き。
しかし、先帝陛下、カイル様。私どもの姫様はこれでよろしいのでしょうか?
そう女官が考えているうち、王妃は今度は苦く笑う。
「それに、わたくしも『ヘタレ』のようですの」
「王妃様?」
「わたくし、今日わかりました。わたくしはザイと本当にそうなっても良いと思いました。なのに、いざとなったら……」
沈んだ王妃の声に、女官は慌てて王妃の前に回り込み、跪いて王妃のお顔をたしかめる。それに王妃は困った顔で微笑む。
「ふふ。ザイもヘタレで良かったのです。今日のわたくしには」
ね、ミア?
王妃が幼い頃から使う愛称で呼ばれた女官は、そっと王妃を抱きしめた。櫛を置いて全身で王妃を大事に大事に包み込む。
「ええ。今日は懐かしいお話をたくさんなさいましたもの。お側にいた私も本当に楽しいひと時でございました。今日の王妃様とザイ様のお陰で、私どもは皆、とてもしあわせな気分にさせて頂きましたもの」
言い終わると今一度ぎゅっと王妃を抱きしめた女官のミアは、再び王妃の髪に櫛を通しはじめる。
いつかこの美しいお髪に、愛おしく指を差し入れるのがザイであればいい。
それが叶わないとしても、この姫様らしく、それこそ体当たりであのヘタレな侍従殿に『迫る』機会がまた訪れればいい。
今はまだ。今日のところはこれで良かったのだ。
そう思う女官は今度は力強く申し上げる。
「さようですね、今日は今日。またの機会を待ちましょう」
「虎視眈々と?」
「はいその意気ですわ。それでこそ神子様でございます」
王妃と笑いあった女官は、ようやく人払いを解いた。
それはそれとして四人での語らいは楽しく終わった。
その後、王太子にさらに王宮に引き止められたザイを尻目に、大使はさっさと公館に下がってしまった。
さすがは先の陛下の退位後、神子を支えるために配されただけはある。ザイの危機にすぐに駆けつけた恩と引き換えに、大使が契約を知っていたか否かはうやむやにされた。
※
後宮の王妃の宮は今は静かだった。
王妃の髪を一人でときながら、女官が申し上げる。
「宜しかったのですか王妃様」
本当は、王妃とザイは明日の朝まで二人きりにされる予定だった。恐ろしいことに国王も承諾していたのだ。
国王のあまりにあっさりした様子に不信感しか抱けなかった王妃付きの者たちは、決して外には知られまいと厳重に警戒態勢を敷いた。その上で、どのような事態にも対応できるようにしていたのではあるが。
王妃は「あら、そう言えば」と頬に手を当てる。
「でもそうね。ザイはヘタレだそうですから仕方ないのです」
ふっと笑みを溢す王妃に、女官は複雑な顔をする。自分が席を外していた間、一体どんな会話になったのか?
王妃の、おそらくは拙い言葉はあの侍従殿にはあっさり流されたのだろう。
それでも思いを伝えられて良かった、いやしかし、それを真剣に受け取ってもらえなかったのは王妃様がおかわいそうではないか?
ザイが聞いたらそんな無茶なと言いそうだが、この女官はザイに対する怒りを感じていた。そして何事もなくて良かったという大きな安堵も。
それからこれで良かったのかと思う少しの後悔。
そして「ヘタレ」などという言葉を、我らが大切な神子姫さまに覚えさせた皇帝を叩きたかったあの気持ちも女官は思い出す。
様々に思いを馳せた女官は、次の王妃の言葉で櫛を取り落としそうになる。
「次はもっと、そう、『迫って』みます」
迫る? 次?
「王妃様?」
驚いて目を剥く女官に、王妃は笑って告げる。
「ザイはヘタレですもの。生きていれば、また、機会はあるでしょう」
「さようで……左様に」
曖昧に返す女官は、櫛を持ち直し、取り敢えずは髪を整えることに集中した。そして思う。
姫さまはとても前向き。
しかし、先帝陛下、カイル様。私どもの姫様はこれでよろしいのでしょうか?
そう女官が考えているうち、王妃は今度は苦く笑う。
「それに、わたくしも『ヘタレ』のようですの」
「王妃様?」
「わたくし、今日わかりました。わたくしはザイと本当にそうなっても良いと思いました。なのに、いざとなったら……」
沈んだ王妃の声に、女官は慌てて王妃の前に回り込み、跪いて王妃のお顔をたしかめる。それに王妃は困った顔で微笑む。
「ふふ。ザイもヘタレで良かったのです。今日のわたくしには」
ね、ミア?
王妃が幼い頃から使う愛称で呼ばれた女官は、そっと王妃を抱きしめた。櫛を置いて全身で王妃を大事に大事に包み込む。
「ええ。今日は懐かしいお話をたくさんなさいましたもの。お側にいた私も本当に楽しいひと時でございました。今日の王妃様とザイ様のお陰で、私どもは皆、とてもしあわせな気分にさせて頂きましたもの」
言い終わると今一度ぎゅっと王妃を抱きしめた女官のミアは、再び王妃の髪に櫛を通しはじめる。
いつかこの美しいお髪に、愛おしく指を差し入れるのがザイであればいい。
それが叶わないとしても、この姫様らしく、それこそ体当たりであのヘタレな侍従殿に『迫る』機会がまた訪れればいい。
今はまだ。今日のところはこれで良かったのだ。
そう思う女官は今度は力強く申し上げる。
「さようですね、今日は今日。またの機会を待ちましょう」
「虎視眈々と?」
「はいその意気ですわ。それでこそ神子様でございます」
王妃と笑いあった女官は、ようやく人払いを解いた。
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