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第四章 王国へ
11 押し倒される一択の場合の対処
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ザイは固まった。小首を傾げてなんてことを聞くんだ。
返事をしないザイに王妃はなおも聞く。
「あら、ちがったかしら、押し倒しますよ、でよかったかしら」
一歩踏み出してきた王妃に、ザイは思わず一歩後ずさってしまう。
いやもう何おっしゃってんですか、とザイは思い、ふと思いついて聞く。
「恐れながら、王妃様はどなたからそのような事をお聞きになりましたか?」
「皇帝陛下ですわ」
皇帝が王妃に先帝崩御の真相を打ち明けた夜、別れ際にそんな話をしたらしい。
予想通りというか予想外というか。
斎の神子になんて事を吹き込んでらっしゃいますか陛下! というか先の陛下やカイルさんのお話の後にそういう話なさいますか陛下‼︎
つよい。皇族の方々の精神力がいろいろ強すぎる。
「皇帝陛下が、『二人きりになったら押し倒してしまえ』とおっしゃったのですけれど、わたくしにはよくわからないものですから。では」
王妃は考えて言う。
「押し倒されて下さいますか?」
喜んで! などとはとても言えないザイは、がっくりうなだれる。
ほんと勘弁してください。
※
「おそれながら王妃様、私のような者の前で、いや、どなたの前でもそのような事をおっしゃってはいけません」
「そうなのですか?」
「そうです。押し倒すだのは陛下の悪い冗談です。わが主人が誠に申し訳ございません」
もういい、あれこれ言いたいことはあるが、陛下のせいにしてしまおう。実際、この王妃にそんなこと仰るのはあの陛下ぐらいだ。
そう思ったザイは普段なら貴人に対しては絶対使わない若干低い声で申し上げた。それに目を瞬かせた王妃が言う。
「まあ、でも据え膳食わ…」
「それも冗談のお話ですからね⁉︎」
王妃の発言を遮るのは不敬になるが、そんなことはもう言っていられない。二人きりであるのをいいことに、ザイはみなまで言わせまいと王妃の発言に割り込んだ。
「ではヘタレと言うのは」
「だいたいどのようなお話の流れかわかりました。もうヘタレはヘタレで宜しいですハイ」
ザイはつい「陛下……」と虚な目をして呟く。それに王妃が残念そうな顔で聞く。
「ではザイはヘタレなのですか?」
「もしかしたら他にもいろんな意味があるかもしれませんがソウデスネ、私はヘタレです」
ザイは人の悪い顔をした主人を思い出しながら答える。
「まあ、そうですか。ザイはヘタレ……」
まあどうしましょうと独りごちる王妃。ザイはそんな王妃に思いの外精神を削られながら、それでもにっこり笑って申し上げる。
「ところで王妃様、今ですからお聞きしますけれど、大使さまは王妃様と竜王様の契約をご存知でしょうか?」
ザイは無理やり話を変える。
王妃と竜王の契約の秘密を何人にも隠すことも代々の大使の仕事だっただろう。宰相やザイたち今上侍従も色々王国に送り込んでいるとはいえ、その諜報らの多くをまとめているのは帝国大使なのだから。
加えて、先の陛下の退位を見越してこの王国に配されただろう現在の大使は王妃の従姉伯父。
ザイの質問に王妃は「あら、バレまして?」という顔をする。
クルクルと変わる王妃の表情にホッとするザイは、うっかり頬が緩みそうになる。しかし。
ザイはカイルの怖い笑顔を思い出しながら強く申し上げる。
「せっかく国王様にお話の時間を頂きましたから、大使様も交えてたっぷりと思い出話をいたしましょう?」
ね?
いい笑顔のザイを前に少しだけ思案した王妃だったが、笑ってザイの提案に同意してくれた。
※
大使が来るのに合わせて奥まった客間から普段使われている客間に王妃とザイは移動する。急な変更に女官や護衛が行き交う。
王宮内に待機していた大使はすぐに王妃の元にやって来てくれた。しかも王太子まで連れて。
こうしてザイは、侍従になって以降ある意味最大の危機を乗り越えたのだった。
とりあえずは。
※────
・皇帝が王妃に先帝の死の真相を打ち明けた夜
→ 第一章19話「護衛二日目の夜 知らせる」~21話「彼の遠い道」
・カイルの怖い笑顔
→第一章17話「護衛二日目 侍従」
返事をしないザイに王妃はなおも聞く。
「あら、ちがったかしら、押し倒しますよ、でよかったかしら」
一歩踏み出してきた王妃に、ザイは思わず一歩後ずさってしまう。
いやもう何おっしゃってんですか、とザイは思い、ふと思いついて聞く。
「恐れながら、王妃様はどなたからそのような事をお聞きになりましたか?」
「皇帝陛下ですわ」
皇帝が王妃に先帝崩御の真相を打ち明けた夜、別れ際にそんな話をしたらしい。
予想通りというか予想外というか。
斎の神子になんて事を吹き込んでらっしゃいますか陛下! というか先の陛下やカイルさんのお話の後にそういう話なさいますか陛下‼︎
つよい。皇族の方々の精神力がいろいろ強すぎる。
「皇帝陛下が、『二人きりになったら押し倒してしまえ』とおっしゃったのですけれど、わたくしにはよくわからないものですから。では」
王妃は考えて言う。
「押し倒されて下さいますか?」
喜んで! などとはとても言えないザイは、がっくりうなだれる。
ほんと勘弁してください。
※
「おそれながら王妃様、私のような者の前で、いや、どなたの前でもそのような事をおっしゃってはいけません」
「そうなのですか?」
「そうです。押し倒すだのは陛下の悪い冗談です。わが主人が誠に申し訳ございません」
もういい、あれこれ言いたいことはあるが、陛下のせいにしてしまおう。実際、この王妃にそんなこと仰るのはあの陛下ぐらいだ。
そう思ったザイは普段なら貴人に対しては絶対使わない若干低い声で申し上げた。それに目を瞬かせた王妃が言う。
「まあ、でも据え膳食わ…」
「それも冗談のお話ですからね⁉︎」
王妃の発言を遮るのは不敬になるが、そんなことはもう言っていられない。二人きりであるのをいいことに、ザイはみなまで言わせまいと王妃の発言に割り込んだ。
「ではヘタレと言うのは」
「だいたいどのようなお話の流れかわかりました。もうヘタレはヘタレで宜しいですハイ」
ザイはつい「陛下……」と虚な目をして呟く。それに王妃が残念そうな顔で聞く。
「ではザイはヘタレなのですか?」
「もしかしたら他にもいろんな意味があるかもしれませんがソウデスネ、私はヘタレです」
ザイは人の悪い顔をした主人を思い出しながら答える。
「まあ、そうですか。ザイはヘタレ……」
まあどうしましょうと独りごちる王妃。ザイはそんな王妃に思いの外精神を削られながら、それでもにっこり笑って申し上げる。
「ところで王妃様、今ですからお聞きしますけれど、大使さまは王妃様と竜王様の契約をご存知でしょうか?」
ザイは無理やり話を変える。
王妃と竜王の契約の秘密を何人にも隠すことも代々の大使の仕事だっただろう。宰相やザイたち今上侍従も色々王国に送り込んでいるとはいえ、その諜報らの多くをまとめているのは帝国大使なのだから。
加えて、先の陛下の退位を見越してこの王国に配されただろう現在の大使は王妃の従姉伯父。
ザイの質問に王妃は「あら、バレまして?」という顔をする。
クルクルと変わる王妃の表情にホッとするザイは、うっかり頬が緩みそうになる。しかし。
ザイはカイルの怖い笑顔を思い出しながら強く申し上げる。
「せっかく国王様にお話の時間を頂きましたから、大使様も交えてたっぷりと思い出話をいたしましょう?」
ね?
いい笑顔のザイを前に少しだけ思案した王妃だったが、笑ってザイの提案に同意してくれた。
※
大使が来るのに合わせて奥まった客間から普段使われている客間に王妃とザイは移動する。急な変更に女官や護衛が行き交う。
王宮内に待機していた大使はすぐに王妃の元にやって来てくれた。しかも王太子まで連れて。
こうしてザイは、侍従になって以降ある意味最大の危機を乗り越えたのだった。
とりあえずは。
※────
・皇帝が王妃に先帝の死の真相を打ち明けた夜
→ 第一章19話「護衛二日目の夜 知らせる」~21話「彼の遠い道」
・カイルの怖い笑顔
→第一章17話「護衛二日目 侍従」
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