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第四章 王国へ

05 文官長は まるなげ を覚えた

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 ──一体どういう風の吹き回しだ。

 解散の騒めきに紛らせて部下から渡された紙片であったのに、一読して、文官長は、思わず宰相の方を見てしまった。

 それに気付かれてしまったようで、仕方なくといった様子の宰相が、文官長のところへやって来る。歩きながら話をする二人の前後を宰相の秘書官が歩き、それとなく人払いをしている。
 
「この度はご迷惑をおかけします」

 まず詫びを口にした宰相だった。

「いえ、迷惑などでは……、しかし……」
「妻は長年の療養の甲斐あり、ようやく外に目が向くほどには気力を取り戻してきておりまして」

 白々しさは百も承知で宰相がそう曰うのに、文官長も「それはようございました」などと応える。

「妻は一度ならず二度も宮にあがるのを辞退申し上げたことから今更顔向けなど出来ぬと考えておりましたが、この度、方々からお声がけ頂き、陛下にお許し頂けるならばと決心した次第です」

「さようでございましたか。では明日の朝儀は」

「はい。図々しいことながら貴方にはできれば、ご息女とご息女のお仕えなさる方に免じてご助力を頂きたい。妻はお帰りなる女人方の助けに、ひいては陛下の助けなると」

「それはきっとそうなりましょう……」

 文官長は請負いつつも困惑したままである。しかし、さすが文官の長を負って立つ者らしく、その先は口には出さなかった。

 宰相夫人が、外向きの公務へも徐々に復帰すると言う。それは分かる。

 だが、なぜ、その復帰の手始めがよりによって南の魔物退治なのか?

 ──「外向き」の意味が、大きく違うように思う。

 文官長の疑問は口に出されずとも宰相に伝わったらしい。

「ここだけの話ですが」

 宰相は諦め切った顔で言う。

「やんごとなきクマが、冬眠からお目覚めになってしまわれたようでして」

 ぱっちりと目を開けた大きなクマさんを想像して、いや違うと文官長は遅れて、かの先代の東の宮を思い出す。

 東の宮を辞してからの御仁の隠居暮しを「冬眠」といった宰相に、文官長はなるほどと納得してしまいそうになった。

 その昔、当時の東の宮が敵国の将の首を引っ下げて都に来襲、時の宰相に面会を求めたことがあった。その対応に当たった若き日の文官長は、ああも火のように荒々しくありながら、内に湖のような静けさを抱える者を初めて見た。

 無骨一辺倒に見えて奸智に長けることも匂わせつつ、あくまで正当な要求を突きつけてくる当時の東の宮との交渉は難航を極め、ついに自分の方が白旗を挙げたのは苦い思い出だ。

 文官長は思う。

 魔物ならば滅ぼせば良い。人ならば操れば良い。しかしクマが相手であれば致し方ない。今回、それを宰相の奥方が引き受けてくれるというなら頼むに限る。

「承知いたしました。かの方ならば如何な災も陛下から遠ざけましょう」

 文官長が同意を示したのが宰相は意外だったらしい。しばしの沈黙の後、宰相は言った。

「早く片付けるに限ります」

 出来ればザイが王国から帰る前に。

 宰相がため息をつき、話は終わった。

 秘書官らに遠ざけられた周りのものは、宰相と文官長が何事か結託したのを知るだけだった。その多くの者が、ザイとセラの結婚であろうと予想してしまうのだった。

 ※

 ザイ一行は都を抜け、街道に入り、日が落ちる直前、初めの宿場に到着する。

 馬を預けて一息つくザイに護衛の長が話しかける。

「ザイ様。妙ではありませんか? 魔物に全く出くわさなかったのですが」

 護衛たちが首をひねっている。

「先触れで掃除はしてもらってますから」
「さようでしたか。さすがですな!」

 ザイの言葉に護衛たちは納得したらしい。

 が、ザイが言ったのは嘘である。

 ──碧のせい、いや、お陰、かな?

 魔山の下りで全く魔物に出会わなかったことを思い出しながら、ザイは冷や汗をかいていた。

 何はともあれ、予定よりやや早く王国に着きそうである。



 
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