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第四章 王国へ

04 生温い

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 翌日、宮に上がったザイはただいま帰りましたとあいさつ申し上げる。

「最後にゆっくりしてくりゃいいと思ったんだがな」

 すまないな、と言う皇帝に「最後て」とザイは心の中でつっこむ。

 しかし、どこかホッとしているらしい主人に安心して、ザイは報告を始めた。

 ※

 ザイは迷ったが、カイルの契約精霊だった縹に会ったことも全て話した。
 皇帝は表情を変えることなくそれを聞いた。

「王妃が竜王の契約者だっだとしても、俺は驚かんな」

 カイルなら皇女を連れて、或いは皇女一人でも魔山を登らせそうであるし、あの王妃なら一人で登って降りてきそうだと皇帝は言う。

「それにお前が縹を見たのは子供の頃だけだろう? 姫が竜王と契約するのと引き換えに、アイツは縹との契約を解いたのかもしれん」
「ああ、そうかもしれません」

 いずれにしろ、本人に確かめないことには、なんとも言えない。

「王妃に確かめられるならそれに越したことはない」
「はい」

 しかし確かめると言っても、王妃と話す機会はそうないだろう。

「護衛を引き合わせる場くらいでしょうか?」

 今回、ザイが使いにたつのは祝いの使者としてであるが、本当の目的は、王妃周辺に帝国の者を配することである。

「そうだな。王には知れているかな? 様子を見て王も巻き込め」

 ※

 午後からはセラの任官とザイの出立奏上を同時にやると言う。

「同時ですか」
「同時だ。俺はお付き女官の任官は皇妃が宮に帰ってからで良いと言ったんだがなー…」

 準備があるだの、皇妃が戻る前に皇妃の宮に入っていた方が良いだのと、まー、二人揃って口が回る回る。そう言ってフッと息を吐きながら皇帝があらぬ方を見る。

「お前の直上と父親が『当然』って顔してて、文官長は遠い目してた。お前ら二人が並んだ図が宮の皆の前にご披露される訳だ」

 婚約を解消したセラと、未だ婚約の話がないザイが並ぶ。歳だってそう変わらない。否が応でも、関連付けて考えられてしまうだろう。

 さて、それを画策した二人は、今朝はまだ宮に上がっていない。筆頭は昨日、宰相邸から引き上げた足で皇帝に報告を行い帰宅、今日は午前だけ休みをとっている。
 しかし宰相は朝からの出仕でなかったか?

 皇帝が言うには、今朝方、出仕が遅れると連絡があったそうだ。

「お前、宰相邸にいたんだろう? 宰相と会わなかったのか?」
「はい、夕食は共にしましたが、今朝は顔を合わせておりません」
「午後には来るらしいが。何なんだろな?」

 その頃宰相は、南の魔物退治に行くと告げた妻をあの手この手で説得していたのだったが、この時はまだ誰もそれを知らない。

 ※

 予定通りセラの任官とザイの出立の奏上が行われた。

 セラの任官についてはすでにほとんどの者は知っていたため大きな驚きはなかった。騒ぎにならぬよう、文官長が穏やかに根回しをしていたのである。

 ただ、任官の場に居並ぶ官吏たちは、セラの姿には驚いていた。

 お付き女官の装束は、袖が長く優雅である。自然ゆったりとした動きになるのは侍従装束と同じ。装束に合わせて髪を下ろし華やかに紅をひいた姿は、衣装方の女官の官服姿で駆け回っていたセラを知る者たちにとっては、まるで別人のようであった。

 好奇の視線がセラに注がれる。美しい金の髪に縁取られたセラの横顔を、熱心に見つめる者も多く居た。

 そのセラの最も近くにいるザイは、セラと出会った頃の髪型だなあ、と懐かしく思い出したくらいだったが。だから今更セラの姿を追ったりはしない。

 そう、ザイはセラを目で追ったりはしなかった。セラを見る目を変えた官吏たちのうち、何人かが何となく気になって心に留め置いただけ。

 皇帝のそばに控え、ザイの様子がよく見えた筆頭が、任官と奏上が終わった後でザイに聞いた。セラの任官の式典の時、何考えてたの? と。

 ザイは言う。

「別に、気になっただけだよ。睨んだりなんかしてなかったよね?」
「うん、そうなんだけどね……」

 にこにこと笑うザイを前に、皇帝と筆頭は思う。ああ、ザイはやっぱりカイルの弟子だったか、と。

「なあ、アイツあんな様子で自覚なくてあと一年保つのか? てかやっぱりアイツは、気が多いのか?」
「さあ……。しかし他の者も気付いていなかったようですし、碧が現れたりはしませんでしたから、よろしいのではないでしょうか」

 俺の侍従はあんなだったか? とこぼす皇帝に、私は宮が泥沼にならなければ宜しいとしたいと存じます、と筆頭は申し上げた。

 ※

 ザイはその後すぐに出立した。祝いの品を積んだ馬車、王妃の新たな護衛と女官を連れた行列は、小規模ではあるが華々しく注目の的だ。その中で最も人目を引いたのは使者として着飾った馬上のザイだった。

 行列は都を一回り練り歩き、再び宮へ戻り、王国へ向かう。見送りのため露台に出た若き皇帝に、行列を見に来た民衆から大歓声が上がる。そしてザイが皇帝に向かって一礼し、皇帝がそれに応えると、民衆の熱狂は最高潮となった。

 露台の宮の者たちの声までかき消すほどの喝采に、皇帝が呟く。
 
「あそこにいるアイツがヘタレとは、民は思わんだろうなあ」

 知るのは宮の者たちを除けば、あの幼馴染みの王妃ぐらいだろうか?

 ザイがこの先何を選び何を捨てるにしろ、ヘタレの手伝いはしたくないものだ、と皇帝は思うのだった。

 ※

 ザイの姿が見えなくなって、皇帝は退出をする。その後、臣民たちもそれぞれに解散する。文官長は宰相をチラリと見やるが、彼はいつもの無表情だ。しかし、文官長には随分と沈んだ表情に思えた。

 その頃、宮に東の宮からの文が届けられた。検分した文官は、すぐさま文官長の元に駆け込んだ。

 
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