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第四章 王国へ
06 王太子に どげざ を覚えさせてはいけない
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「このたびは誠に申し訳ございませんでした」
深々と下げられた頭。帝国の使者とはいえ、王太子ともあろう方に頭を下げられて、ザイは困ってしまう。
「弟が大変ご迷惑をおかけしております。お母上のご負担は如何程かと思うと」
うーん、おそらく母の病弱設定のせいかな? とっても元気だけど。
例え、第四王子がどんなに悪態をついた所でザイの母はどこ吹く風、寧ろ、第四王子の方が病むのではと心配なザイである。
ザイは苦笑して、そのようなことは恐れ多いと申し上げる。
「どうぞ、お顔をお上げください」
ここは王都は帝国の公館。二日目の行程も早めに進み、ザイ達一行は予定よりもかなり早く王国入りした。王宮に入るまでの間、帝国の大使公館で休んでいた。そこへ王太子がお忍びでいらしたのだ。
「近頃は庭にお出になるなど穏やかにお過ごしです。たまには父がお話のお相手をさせて頂くこともあるようです」
「宰相殿がですか。それは、弟にとって良い勉強になるでしょう。本当に何から何まで、ありがとうございます。そして本当に申し訳なく……」
うん、この王太子さま、とってもいい方なんだけど……。そろそろ身を投げ出して全力謝罪しそうな勢いで怖い。お気持ちはありがたいんだけど。
父王とよく似た穏やかな顔立ち、金の緩やかな髪に海原を思わせる青い目、まさに絵に描いたような王子様が頭を下げるたび、ザイは消耗していく気がする。
ザイは最後の手段に出る。
「このようにわざわざお尋ねくださるなど勿体なくも恐れ多いことでございます。帰りましたら父にも必ず王太子殿下のお言葉をお伝えいたします」
ザイは跪いて王太子の手をとる。帝国の使者としては微妙な振る舞いだが、ここは王宮ではなく、公館とは言え公式の場でもないからいいだろう。ギリギリだけど。
王太子はザイに膝をつかせてしまったことに青ざめ、また謝るのだった。
※
ザイはつい恨みがましく大使を見てしまう。
「何でお通ししたんですか」
「いやそのお気の毒で……」
申し訳ない、と言うのは帝国大使。王太子の終わりなき謝罪をようよう阻止し、王太子がお帰りになるのを見送ったザイは、今は大使とお茶を飲んでいる。
「三日前からね、宰相の御子息がおい出るならお会いしたいと毎日王太子さま御自らこちらに御いでになるし」
「三日前から」
「さらには土下座されておしまいになっては」
もう土下座してた!
ダメじゃないですかと言いたいのを呑み込んでザイは言う。
「……大変でしたね」
「王太子様の侍従を部屋から追い出してなかったら私の首が危なかった」
あれって王国式の謝罪やお願いの最終形態で王族がやるなんてまずないから、もう笑うしかない、と言う大使は本当にアッハッハと笑っている。
「しかし、なぜ、そんなに」
「殿下は末王子のことをそれは心配なさっているんだよ。立場上、直接関わることはできないから余計にね」
本当にお優しい方なんだよ、と言って大使は続ける。
「それから、先の陛下と君の父上に心酔なさってるんだよねえ」
よくお忍びでこちらへ御いでになって、帝国の話を御所望であるという。
「父王様は何かと控えられる方であるから、先の陛下のように御身を戦場に置かれたり、君の父上のように遠慮の無い様子に、何か感じ入るところがおありなんだろう。
だからちょっと盛って先の陛下と君の父上の話をしてる」
ダメじゃないですか。そう言いたいザイをまあまあと宥めて大使はアハハと笑う。
「嘘は申し上げていないよ。王宮でご苦労なさっているようだから息抜きにね。王宮ではご相談相手もいらっしゃらないのだろう。それはきっと辛いことだ」
わりとね、愚痴みたいなのも私に仰ることがあるんだよ、と大使は笑う。
それは多分、大使が話しやすい相手だからだろうとザイは思う。
この大使は誰に対しても気さくで明るい。
だから、ザイもつい忘れそうになるが、この大使は先の陛下の御従兄にあたられるという高貴な身である。
ちなみに宰相の若い頃の元上官である。まだ官吏としては駆け出しの宰相が随分と世話になった人だとザイは聞いている。当時の状況で平民出身の官の面倒を見るのは大変だっただろうとザイも想像がつく。
先の陛下のご信頼も厚く、各国で帝国大使を歴任し、先の陛下のご譲位の前年、王国に配された。王国の軍縮小化の交渉の前面に立ったのはこの方である。
当然、故第三王子との関係は良くなかった。しかし、第二王子とはそれなりの関係を築いていらっしゃる。
「王太子殿下は、王宮で孤立してらっしゃるのですか?」
「いや、そうとも言えない。王太子殿下はお優しいからね、国民にはもちろん、臣下にも慕われている。ただね、私が来た頃より父王とはどうも距離があるみたいでね」
難しい顔になった大使が言う。
「もう報告は聞いているだろうが、第二王子がなにかと王妃様に辛くあたられるんだ。お小さい頃は王太子殿下同様に妹のように可愛がっておいでだったそうだが。まあ、それはともかく、第二王子が王妃様に失礼なことを申し上げても間に入って仲裁なさることがないんだよあの国王は。それが特にご不満のようだね」
王妃の傾城の噂の出どころは第四王子だが、煽っているのは第二王子なのだろう。
「第二王子はなぜ王妃様に反発するのでしょうか? 帝国を嫌うにしても行き過ぎのような気がいたしますが」
「いやね、第二王子は反帝国派と言うわけでもないんだ」
「そうなのですか?」
ザイは驚く。
「私もね、面食らったよ。むしろ私を通じて君の父上に取り入りたがっておられる。第三王子に反帝国を叫ばせていただけで、彼自身は帝国に認められたいらしい。それがどういう認められ方をされたいか、は今はまだ言わないでおく。さてそれでも、まともに考えれば王妃様を貶めるのは得策ではない」
ではなぜ、と思うザイの前で大使はため息をつく。これは私の予想でしかないのだけど、と前置いて大使は言う。
「恋は拗らせると厄介らしいね」
巻き込まれる周りは大変だよと大使は乾いた声で笑った。
深々と下げられた頭。帝国の使者とはいえ、王太子ともあろう方に頭を下げられて、ザイは困ってしまう。
「弟が大変ご迷惑をおかけしております。お母上のご負担は如何程かと思うと」
うーん、おそらく母の病弱設定のせいかな? とっても元気だけど。
例え、第四王子がどんなに悪態をついた所でザイの母はどこ吹く風、寧ろ、第四王子の方が病むのではと心配なザイである。
ザイは苦笑して、そのようなことは恐れ多いと申し上げる。
「どうぞ、お顔をお上げください」
ここは王都は帝国の公館。二日目の行程も早めに進み、ザイ達一行は予定よりもかなり早く王国入りした。王宮に入るまでの間、帝国の大使公館で休んでいた。そこへ王太子がお忍びでいらしたのだ。
「近頃は庭にお出になるなど穏やかにお過ごしです。たまには父がお話のお相手をさせて頂くこともあるようです」
「宰相殿がですか。それは、弟にとって良い勉強になるでしょう。本当に何から何まで、ありがとうございます。そして本当に申し訳なく……」
うん、この王太子さま、とってもいい方なんだけど……。そろそろ身を投げ出して全力謝罪しそうな勢いで怖い。お気持ちはありがたいんだけど。
父王とよく似た穏やかな顔立ち、金の緩やかな髪に海原を思わせる青い目、まさに絵に描いたような王子様が頭を下げるたび、ザイは消耗していく気がする。
ザイは最後の手段に出る。
「このようにわざわざお尋ねくださるなど勿体なくも恐れ多いことでございます。帰りましたら父にも必ず王太子殿下のお言葉をお伝えいたします」
ザイは跪いて王太子の手をとる。帝国の使者としては微妙な振る舞いだが、ここは王宮ではなく、公館とは言え公式の場でもないからいいだろう。ギリギリだけど。
王太子はザイに膝をつかせてしまったことに青ざめ、また謝るのだった。
※
ザイはつい恨みがましく大使を見てしまう。
「何でお通ししたんですか」
「いやそのお気の毒で……」
申し訳ない、と言うのは帝国大使。王太子の終わりなき謝罪をようよう阻止し、王太子がお帰りになるのを見送ったザイは、今は大使とお茶を飲んでいる。
「三日前からね、宰相の御子息がおい出るならお会いしたいと毎日王太子さま御自らこちらに御いでになるし」
「三日前から」
「さらには土下座されておしまいになっては」
もう土下座してた!
ダメじゃないですかと言いたいのを呑み込んでザイは言う。
「……大変でしたね」
「王太子様の侍従を部屋から追い出してなかったら私の首が危なかった」
あれって王国式の謝罪やお願いの最終形態で王族がやるなんてまずないから、もう笑うしかない、と言う大使は本当にアッハッハと笑っている。
「しかし、なぜ、そんなに」
「殿下は末王子のことをそれは心配なさっているんだよ。立場上、直接関わることはできないから余計にね」
本当にお優しい方なんだよ、と言って大使は続ける。
「それから、先の陛下と君の父上に心酔なさってるんだよねえ」
よくお忍びでこちらへ御いでになって、帝国の話を御所望であるという。
「父王様は何かと控えられる方であるから、先の陛下のように御身を戦場に置かれたり、君の父上のように遠慮の無い様子に、何か感じ入るところがおありなんだろう。
だからちょっと盛って先の陛下と君の父上の話をしてる」
ダメじゃないですか。そう言いたいザイをまあまあと宥めて大使はアハハと笑う。
「嘘は申し上げていないよ。王宮でご苦労なさっているようだから息抜きにね。王宮ではご相談相手もいらっしゃらないのだろう。それはきっと辛いことだ」
わりとね、愚痴みたいなのも私に仰ることがあるんだよ、と大使は笑う。
それは多分、大使が話しやすい相手だからだろうとザイは思う。
この大使は誰に対しても気さくで明るい。
だから、ザイもつい忘れそうになるが、この大使は先の陛下の御従兄にあたられるという高貴な身である。
ちなみに宰相の若い頃の元上官である。まだ官吏としては駆け出しの宰相が随分と世話になった人だとザイは聞いている。当時の状況で平民出身の官の面倒を見るのは大変だっただろうとザイも想像がつく。
先の陛下のご信頼も厚く、各国で帝国大使を歴任し、先の陛下のご譲位の前年、王国に配された。王国の軍縮小化の交渉の前面に立ったのはこの方である。
当然、故第三王子との関係は良くなかった。しかし、第二王子とはそれなりの関係を築いていらっしゃる。
「王太子殿下は、王宮で孤立してらっしゃるのですか?」
「いや、そうとも言えない。王太子殿下はお優しいからね、国民にはもちろん、臣下にも慕われている。ただね、私が来た頃より父王とはどうも距離があるみたいでね」
難しい顔になった大使が言う。
「もう報告は聞いているだろうが、第二王子がなにかと王妃様に辛くあたられるんだ。お小さい頃は王太子殿下同様に妹のように可愛がっておいでだったそうだが。まあ、それはともかく、第二王子が王妃様に失礼なことを申し上げても間に入って仲裁なさることがないんだよあの国王は。それが特にご不満のようだね」
王妃の傾城の噂の出どころは第四王子だが、煽っているのは第二王子なのだろう。
「第二王子はなぜ王妃様に反発するのでしょうか? 帝国を嫌うにしても行き過ぎのような気がいたしますが」
「いやね、第二王子は反帝国派と言うわけでもないんだ」
「そうなのですか?」
ザイは驚く。
「私もね、面食らったよ。むしろ私を通じて君の父上に取り入りたがっておられる。第三王子に反帝国を叫ばせていただけで、彼自身は帝国に認められたいらしい。それがどういう認められ方をされたいか、は今はまだ言わないでおく。さてそれでも、まともに考えれば王妃様を貶めるのは得策ではない」
ではなぜ、と思うザイの前で大使はため息をつく。これは私の予想でしかないのだけど、と前置いて大使は言う。
「恋は拗らせると厄介らしいね」
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