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第四章 王国へ

02 侍従の使い道

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「君を帝国の人間にしておきたい、と陛下が望まれた。
 つまり、長期異国へ遣りたいと陛下がお考えになれば速やかに結婚しなければならないと言う事だけど」

 君が東の先代様と遊んでる間に決まったから、と筆頭は言う。それにすみませんでしたと素直に謝ってからザイは筆頭に聞く。

「速やかに?」
「そう、速やかに」

「でもそんな事態は」
「起こらないと良いけれど、王国のこの状況だ。同盟国相手にいくさをふっかけるわけにはいかないから、ことを起こそうとすれば内部からということになる。その場合、君は長期王国に潜り込まなきゃならない」

 それにザイは迷いもなく答える。

「陛下のご命令なら否やはないよ」
「じゃ、結婚も」
「結婚は無理です」

 これも即答するザイに筆頭は呆れる。

「何で」
「そりゃ、僕一人ことなら良いんだけどさ、誰かを巻き込むのは嫌だ」
「そう……」

 セラなら喜んで巻き込まれるだろうに、と筆頭は思う。どうしてこの男は今になってこんなに結婚を嫌がるのだろう。筆頭は聞く。

「うーん、守るのが面倒臭い?」

「……うん、そうだね」

 ザイは気まずげに答える。例えば母のように、あるいは父のように、また、ザイを守ったカイルのように、誰かと一緒にいたいと思えば宮と繋がりのある者なら相手を全力で守らなければならない。守り切れる自信が今の自分にはない、とザイは言う。

 筆頭が言う。

「君が陛下に忠誠を誓う限り、その配偶者も帝国の庇護下にある」

というか。

「君の母君がセラのことも守ると思うけれど」

「それも嫌なんだよ」

「そう?」

「そう」

「なんで」

「情けないじゃないか」

「……それは仕方がないんじゃないかな。
 ねえ、はっきり言って悪いんだけど、君、さっきからすごく残念な事ばかり言ってるよ」

 筆頭の言葉にザイは天井を仰ぐ。

「そうなんだよ。頼りないというか、父にも言われたけど甲斐性がないんだ僕は」

 戦に出れば敵なし、官吏としても優秀、見目もよければまた愛想も良い。

 なのに、なぜこんなに残念なんだろう?

 筆頭が思うに、責任感が強すぎるんじゃないかと思う。背負いすぎるのかもしれない。
 ザイは謙虚だ。時に卑屈とさえ言える。そしてそれは誇り高さの裏返しではなかろうか?

 それなら。やっぱりセラとくっついとけと思うんだけれど。

 ザイの情けないところを見たら、セラはどう思うだろうか? 筆頭は想像する。すぐ答えが出る。

 ……ダメだ。喜んでるセラしか見えない。

 お嬢さん育ちだがそれでも長女らしい世話好きな気質のセラと、一人っ子のお坊ちゃんなザイは合うんじゃないかなあ、と筆頭は思うのだった。

 ※

 この残念でありつつ頗る優秀な侍従について、今上は決めかねているように筆頭は思う。

 例えばザイを王国の王妃のもとにやり、そのうち宰相が宮を辞せばザイはもう帰ってこないのではないかと今上は恐れる。だが、今のまま側に置くにはどうしても──歯痒いことにこれはどうしても──カイルの死が陰を落とす。

 なぜ? カイル様はなぜあのような最期を?

 筆頭を継いだ自分もあのような最期を遂げるのだろうか?



 自分は筆頭を継ぐにあたって、この身は己の身にあらずと決めたはずだ。しかしそれはカイルほどの覚悟であったか?

 今上は心の底では未だカイルを許していない。そんな今上の傍にある筆頭は、カイルの死以降、常に問いを繰り返した。

 なぜあのような最期を?
 それを決めたのはいつ?

 だが、今はもうやめてしまった。

 筆頭がやめると決めるまで随分かかったそれを、宰相はカイルが逝ったあの日に決めたらしい。だから宰相は、カイルの死に荒れ狂う今上を諫めることができたのだ。

 先帝とカイルの死をただ事実として受け容れる。その死が正しいかどうか、理由はどうであったか、そんなことは考えるべきではない。少なくとも今はその時ではない。

 カイルは、先帝は、

 その先を認める。認めて呑み込んで腹の内におさめねばならない。

 それは淡々と事にあたる宰相、身も世もなくカイルを悼んだ末に前を向き始めたザイ、誰も恨まぬと言って今上の御前で泣き崩れた王妃に筆頭が教えられたこと。

 泣いていい、悲しんでいい、苦しむのは当たり前だ。その苦しみ悲しみさえ糧にして、遺された者は進む。

 進むのだ。

 先帝とカイルが遺したものを全て受け取った我々が、今度はそれを次代に渡さなければならない。

 できれば、先帝に仕えた者たちが宮にいるうちに、だ。宰相はじめ多くの者が健在の間に。そう考える筆頭は時折焦りを感じることがある。

 だからこそザイには早く身を固めてほしいと筆頭は思う。実はザイを巡っての官吏同士の小競り合いは、昔も今もない事はないのである。それを収めるために皇帝が結婚を命じれば、ザイはそれには従うだろう。

「ヘタレの手伝いなんか俺は知らん」と言い放った陛下は、できればそれをしたくないとお考えのようだ。

 しかし精霊があの様子なら、使役者のザイはセラのことを憎からず思っているわけだから。

 ──もう本人こんなグダグダならそれでもいいんじゃないかな?

 そう思ってしまう筆頭は、自分も少し休みを取ろうかなと思うのだった。
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