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第三章
31 精霊のもたらす色々な色々
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巻かれている、と言っても締め付けられているわけではなく、セラと蛇(?)の間にはあと二人分セラが入れそうな隙間がある。
セラを囲んでくるりと一回りするイキモノの大きな目がセラをじっと見る。
見つめられて、セラはゴクリと唾を飲む。不思議と怖くはない。
怖くはないが、セラは驚きすぎて声も出ない。
だって、よく見れば、翼もないのに宙に浮いているのだもの! 魔物のようでもないのに!
──幻?
私、夢を見てるのかしら?
そう考えたセラだったが、残念ながらこれは現実らしい。
する、と冷んやりした感触をセラは頬に感じた。蛇が尻尾の先でそろりとセラの頬にふれたのだ。
女官たる者、常に冷静であれ。
しかし、セラは完全に固まってしまった。
※
突然の精霊の行動に驚いていたザイだったが、セラの様子に我に帰る。
「ごめん、セラ!」
小さい蛟の姿で現れた碧は、セラをくるりと巻いてしまっている。精霊なんて初めて見るだろうセラが突然そんなことをされて驚かない方がおかしい。
走り寄るのももどかしく、ザイは慌てて碧を呼び戻す。ところが、碧はスルスルとセラの周りを回って離れない。
「碧!」
ザイが強く呼びかけると、碧はくう、と一声鳴いてザイの元に戻る。そうして、ザイに頬ずりをする。
「碧、人を驚かせてはダメ。セラ、ごめんね、大丈夫?」
「え、ええ、だ大丈夫、です、けれど」
そそそそそそれはなんですか? と問うセラに、ザイは仕方なく答える。
「僕の契約……、精霊なんだ」
契約した精霊、と言おうとして、ザイは契約した時期を悟られないために元々契約していた風を装う。
「人に知られたくない。宮でもごく一部の方しかご存じない。セラも皆様に一切秘密にしておいて。文官長様にも」
「え、ええ。承知いたしました。……せ、精霊、なんですね」
「うん、そう、その、精霊」
ザイは他に何か言えと自分でも思いながら、ただ肯定する。セラには隠しておきたかったのに、いきなりご対面である。
今まで、呼んでも恐る恐るといった風にしか人前に出てこなかった碧なのに、どうして?
何故だと思いながらも薄っすらと答えが頭に浮かびかけて、ザイは、イヤイヤイヤイヤと、それを即座に否定する。
うん、碧も山を降りて、だんだん人に慣れてきたからだ。人に慣れてきた頃に、たまたま会ったのがセラだったんだ。ほら、東の御三方にも懐いてたし。
訓練の合間、東の先代とリヒトは碧が冷たくて良いといって氷枕がわりにしていた。碧も大人しく一緒に休んでいた。
東を出る前にザイは東の宮に挨拶を申し上げたが、その間、東の宮は碧を撫でてかまい倒しておられた。
そのご様子に、リヒトは「おいたわしい」と呟き、先代が「分かった、少しは仕事を手伝ってやるから」と仰っていた。
そう、だから、特別セラになついたってわけじゃない。……勝手に出てきたのは初めてだけど。でも、それは多分、たまたま、なんだ。
そう。たまたま。
ザイは何度も自分にそう言い聞かせていた。
※
精霊を初めて見たセラは、目を瞬かせる。
──精霊? 実在するなんて。本物? 信じられない。
そう考えて、セラは思い直す。
──いいえ、するする宙に浮く大蛇なんて、精霊でなければ困るわ。
魔物でなければ、恐れる必要はない。セラは落ち着いてその精霊を見る。
アオと呼ばれた精霊はゆっくりとザイの周りを回りながら、時折、ザイに頬擦りしたり、尻尾の先でつついたり。
いいなあ。
契約精霊なら、ザイといつも一緒にいられるだろう。羨ましい。
私なんて二週間も離れていたのに。私が次にザイを見ることができるのはいつかしら。
そう思うセラは精霊を見ながらもザイを盗み見る。
少し日に焼けたようだ。
一体どこへ行っていたのかしら。そしてやはり誰か女の方と会っていたりしたのかしら。私なんてうちでずっと一人でゴロゴロしてたけれど。
そう思うとセラは少しだけ寂しくなる。私はずっとザイのことを考えていたけれど、きっとザイは違うだろう。それは当たり前なのだけれど。
そう、思いもしない相手なんて、視界に入らなければ思い出しもしないわ。せめて一緒にいられたら、私のことも、少しは気にしてもらえるかしら。
そう考えると、ますます精霊が羨ましくなってしまうセラだった。
※
騒ぎに気づいたのか、皇妃への文を仕上げているはずの宰相夫人が中庭にやってきた。
「ザイ、どうしたの?」
「あ、いや、碧がセラを驚かせて」
「まあ、セラさん、大事はありませんか?」
夫人が心配そうに確かめるのに、セラは慌てて言う。
「は、はい、なんとも、ございません。少しひんやりして驚きましたけれど、平気でございます」
「さようですか。良うございました。あら」
夫人がそう言う間にも、再び碧がセラに寄っていこうとする。止めるザイだが、碧は、からかうようにザイとセラの間で漂う。
それを見ていたセラが言う。
「撫でても、いいですか?」
セラの興味津々な様子に、それぞれ契約精霊を持つ母子は顔を見合わせた。
「セラが怖くないなら、いいよ」
「ありがとうございます。ふふ、冷たい!」
腕に碧を巻きつかせてセラは嬉しそうだ。怯えてもおらず、碧を異質なものと忌避する様子もない。
ザイはそれにホッとして、セラと碧が戯れる様子を見ていた。
ザイは見ていた。
ひたすら見ていた。
見るしかなかった。
なぜなら、母の視線が、ザイにものすごく刺さってきたから。
物言いたげな母親に、ザイは気付かぬふりをする。そんな息子に、宰相夫人は、そっと息を吐いた。
やがて。中庭に出てきた筆頭がにっこり笑って言う。
「ザイ、お帰り。色々話を聞きたいな」
筆頭にも一部始終を見られていたらしい。初めて見る異形の精霊を前にしても、少しも動じた様子もない筆頭である。
ザイは思う。僕の上司は頼もしくて、とてもごまかされてくれそうもない。だから、ザイは言う。
「お話は、今、ここでは、何卒ご勘弁を」
「うん、そうだね。奥方様、ザイの部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
答えて夫人は筆頭に言う。
「筆頭さま。私、文に少し書き加えねばならないことがあったと思い出しました。お返事は後日改めて皇妃さまに差し上げたいと存じますが、よろしゅうございましょうか」
「はい、皇妃さまからは期限は伺ってはおりません。奥方さまのよろしいようになさって下さい」
「では、本日はせっかくですから、筆頭さまがザイとお話の間、私、セラさんに庭など案内いたしとうございます」
「それはありがとうございます。ではセラ」
「はい、光栄でございます」
パッと顔を輝かせてセラは答える。碧はじゃあねと言うようにクウと一声鳴いて消えてしまった。それにセラは目を丸くする。
その様子を微笑ましく見る夫人にセラを預けて、優しい上司はザイを部屋へ引っ張って行った。
※
同じく騒ぎに気付いていただろう宰相は庭には出なかった。シロが「こっちこっち」とでも言いたげに宰相の袖を引き庭へ誘うが、宰相は椅子にかけたまま、ひたすらにシロをわしゃわしゃしていた。
碧に懐かれるセラと、シロにじゃれつかれる宰相を見比べ、「ご子息のああいったところは、奥方様似でしょうか?」と尋ねてきた筆頭に、宰相は無言を貫き通した。
答えない宰相に微笑んで礼をして、筆頭は中庭に出た。しばらくして、ザイを引っ張っていく筆頭の姿が、室内の宰相からも見えた。
それを見送りつつ、なるほど文官長の言う通り筆頭も逞しくなったことだ、と宰相は思う。
そして、気付く。
──筆頭は、腹を決めたのだ。
ならば。
宰相の顔に珍しくやわらかな笑みが広がった。
《三章終わり。次章、王国へ行きます》
※────
・やはり誰か女の方と会っていたりしたのかしら。
→第三章01話「知ってどうする話してどうする」
・文官長の言う通り筆頭も逞しくなった
→第二章14話「外野にて・父の心子知らず」
セラを囲んでくるりと一回りするイキモノの大きな目がセラをじっと見る。
見つめられて、セラはゴクリと唾を飲む。不思議と怖くはない。
怖くはないが、セラは驚きすぎて声も出ない。
だって、よく見れば、翼もないのに宙に浮いているのだもの! 魔物のようでもないのに!
──幻?
私、夢を見てるのかしら?
そう考えたセラだったが、残念ながらこれは現実らしい。
する、と冷んやりした感触をセラは頬に感じた。蛇が尻尾の先でそろりとセラの頬にふれたのだ。
女官たる者、常に冷静であれ。
しかし、セラは完全に固まってしまった。
※
突然の精霊の行動に驚いていたザイだったが、セラの様子に我に帰る。
「ごめん、セラ!」
小さい蛟の姿で現れた碧は、セラをくるりと巻いてしまっている。精霊なんて初めて見るだろうセラが突然そんなことをされて驚かない方がおかしい。
走り寄るのももどかしく、ザイは慌てて碧を呼び戻す。ところが、碧はスルスルとセラの周りを回って離れない。
「碧!」
ザイが強く呼びかけると、碧はくう、と一声鳴いてザイの元に戻る。そうして、ザイに頬ずりをする。
「碧、人を驚かせてはダメ。セラ、ごめんね、大丈夫?」
「え、ええ、だ大丈夫、です、けれど」
そそそそそそれはなんですか? と問うセラに、ザイは仕方なく答える。
「僕の契約……、精霊なんだ」
契約した精霊、と言おうとして、ザイは契約した時期を悟られないために元々契約していた風を装う。
「人に知られたくない。宮でもごく一部の方しかご存じない。セラも皆様に一切秘密にしておいて。文官長様にも」
「え、ええ。承知いたしました。……せ、精霊、なんですね」
「うん、そう、その、精霊」
ザイは他に何か言えと自分でも思いながら、ただ肯定する。セラには隠しておきたかったのに、いきなりご対面である。
今まで、呼んでも恐る恐るといった風にしか人前に出てこなかった碧なのに、どうして?
何故だと思いながらも薄っすらと答えが頭に浮かびかけて、ザイは、イヤイヤイヤイヤと、それを即座に否定する。
うん、碧も山を降りて、だんだん人に慣れてきたからだ。人に慣れてきた頃に、たまたま会ったのがセラだったんだ。ほら、東の御三方にも懐いてたし。
訓練の合間、東の先代とリヒトは碧が冷たくて良いといって氷枕がわりにしていた。碧も大人しく一緒に休んでいた。
東を出る前にザイは東の宮に挨拶を申し上げたが、その間、東の宮は碧を撫でてかまい倒しておられた。
そのご様子に、リヒトは「おいたわしい」と呟き、先代が「分かった、少しは仕事を手伝ってやるから」と仰っていた。
そう、だから、特別セラになついたってわけじゃない。……勝手に出てきたのは初めてだけど。でも、それは多分、たまたま、なんだ。
そう。たまたま。
ザイは何度も自分にそう言い聞かせていた。
※
精霊を初めて見たセラは、目を瞬かせる。
──精霊? 実在するなんて。本物? 信じられない。
そう考えて、セラは思い直す。
──いいえ、するする宙に浮く大蛇なんて、精霊でなければ困るわ。
魔物でなければ、恐れる必要はない。セラは落ち着いてその精霊を見る。
アオと呼ばれた精霊はゆっくりとザイの周りを回りながら、時折、ザイに頬擦りしたり、尻尾の先でつついたり。
いいなあ。
契約精霊なら、ザイといつも一緒にいられるだろう。羨ましい。
私なんて二週間も離れていたのに。私が次にザイを見ることができるのはいつかしら。
そう思うセラは精霊を見ながらもザイを盗み見る。
少し日に焼けたようだ。
一体どこへ行っていたのかしら。そしてやはり誰か女の方と会っていたりしたのかしら。私なんてうちでずっと一人でゴロゴロしてたけれど。
そう思うとセラは少しだけ寂しくなる。私はずっとザイのことを考えていたけれど、きっとザイは違うだろう。それは当たり前なのだけれど。
そう、思いもしない相手なんて、視界に入らなければ思い出しもしないわ。せめて一緒にいられたら、私のことも、少しは気にしてもらえるかしら。
そう考えると、ますます精霊が羨ましくなってしまうセラだった。
※
騒ぎに気づいたのか、皇妃への文を仕上げているはずの宰相夫人が中庭にやってきた。
「ザイ、どうしたの?」
「あ、いや、碧がセラを驚かせて」
「まあ、セラさん、大事はありませんか?」
夫人が心配そうに確かめるのに、セラは慌てて言う。
「は、はい、なんとも、ございません。少しひんやりして驚きましたけれど、平気でございます」
「さようですか。良うございました。あら」
夫人がそう言う間にも、再び碧がセラに寄っていこうとする。止めるザイだが、碧は、からかうようにザイとセラの間で漂う。
それを見ていたセラが言う。
「撫でても、いいですか?」
セラの興味津々な様子に、それぞれ契約精霊を持つ母子は顔を見合わせた。
「セラが怖くないなら、いいよ」
「ありがとうございます。ふふ、冷たい!」
腕に碧を巻きつかせてセラは嬉しそうだ。怯えてもおらず、碧を異質なものと忌避する様子もない。
ザイはそれにホッとして、セラと碧が戯れる様子を見ていた。
ザイは見ていた。
ひたすら見ていた。
見るしかなかった。
なぜなら、母の視線が、ザイにものすごく刺さってきたから。
物言いたげな母親に、ザイは気付かぬふりをする。そんな息子に、宰相夫人は、そっと息を吐いた。
やがて。中庭に出てきた筆頭がにっこり笑って言う。
「ザイ、お帰り。色々話を聞きたいな」
筆頭にも一部始終を見られていたらしい。初めて見る異形の精霊を前にしても、少しも動じた様子もない筆頭である。
ザイは思う。僕の上司は頼もしくて、とてもごまかされてくれそうもない。だから、ザイは言う。
「お話は、今、ここでは、何卒ご勘弁を」
「うん、そうだね。奥方様、ザイの部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
答えて夫人は筆頭に言う。
「筆頭さま。私、文に少し書き加えねばならないことがあったと思い出しました。お返事は後日改めて皇妃さまに差し上げたいと存じますが、よろしゅうございましょうか」
「はい、皇妃さまからは期限は伺ってはおりません。奥方さまのよろしいようになさって下さい」
「では、本日はせっかくですから、筆頭さまがザイとお話の間、私、セラさんに庭など案内いたしとうございます」
「それはありがとうございます。ではセラ」
「はい、光栄でございます」
パッと顔を輝かせてセラは答える。碧はじゃあねと言うようにクウと一声鳴いて消えてしまった。それにセラは目を丸くする。
その様子を微笑ましく見る夫人にセラを預けて、優しい上司はザイを部屋へ引っ張って行った。
※
同じく騒ぎに気付いていただろう宰相は庭には出なかった。シロが「こっちこっち」とでも言いたげに宰相の袖を引き庭へ誘うが、宰相は椅子にかけたまま、ひたすらにシロをわしゃわしゃしていた。
碧に懐かれるセラと、シロにじゃれつかれる宰相を見比べ、「ご子息のああいったところは、奥方様似でしょうか?」と尋ねてきた筆頭に、宰相は無言を貫き通した。
答えない宰相に微笑んで礼をして、筆頭は中庭に出た。しばらくして、ザイを引っ張っていく筆頭の姿が、室内の宰相からも見えた。
それを見送りつつ、なるほど文官長の言う通り筆頭も逞しくなったことだ、と宰相は思う。
そして、気付く。
──筆頭は、腹を決めたのだ。
ならば。
宰相の顔に珍しくやわらかな笑みが広がった。
《三章終わり。次章、王国へ行きます》
※────
・やはり誰か女の方と会っていたりしたのかしら。
→第三章01話「知ってどうする話してどうする」
・文官長の言う通り筆頭も逞しくなった
→第二章14話「外野にて・父の心子知らず」
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