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第四章 王国へ
18 王妃砲
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無事に晩餐会を終えた翌日、王妃の宮でちょっとした騒動が起きる。
帝国の神子は、「母」として毎朝王国の王子たちから挨拶を受けるのが慣しである。そこで第二王子が、王妃の「不貞」を言い立てたのだ。
勿論、もって回した言い方であったから、王妃の不貞など思いもつかなかった王太子は、第二王子の言い分を理解するのに少々時間を要してしまった。
王太子が遅れをとっている間、第二王子に一方的に責め立てられ、それでもようやく反論の機会を得た王妃が、戸惑ったまま言う。
「御使者殿とはすぐに客間に行き、そこには王太子殿下もおいでになりました。それは陛下もご存知です」
「ええ、存じていますとも。私は父上から伺いましたからね」
王妃付きの女官の一人が、僅かにひくりと口元を戦慄かせた。それを鼻で笑い、第二王子が言う。
「つまり、父上が退出なされた後、兄上と合流されるまでの間、王妃様、貴女はあの男と二人きりだった、ということだ。
神子ともあろう方が!」
王が承知しているものを、なぜ第二王子が言い立てる必要があるのか。王太子は頭痛を覚える。
醜い嫉妬心をもっともらしい糾弾に無理矢理変えようとする様は、傍目には見苦しい以外の何物でもない。それを直接向けられる王妃を気の毒に思う王太子は、第二王子に恥をかかせずどう引き下がらせるか困りきっている。
せめて、王妃がこちらを伺ってくれれば自分も口を挟めるのだが、と王太子は王妃をじっと見る。
王妃はその優しい眉を今は下げて、困り果てた様子である。しかし、王太子に頼る気はないらしい。それはそうだろう。王太子の自分はしばらく何が起こっているかさえ、理解できていなかったのだから。
どうしてこうも自分は察しが悪いのか、と王太子は自身が嫌になる。一方、王妃は意を決したように、しかし、おずおずど口を開く。
「あの、二の殿下、一つだけ、よろしいでしょうか?」
「なんです? 言い訳くらい一つと言わずいくらでも伺いましょう。全き白の神子さまなれば、私にはおよびもせぬ、さぞやご高尚なお考えの末のお振舞でしょうな」
第二王子の一言でも帝国に伝われば酷いことになる。王太子が青ざめるが、第二王子は構いもしない。
「あの、二の殿下、わたくしは神子ですから、分からないことがたくさんございます。ですから、もしかしたら、酷く、その、おかしなことをお尋ねするやもしれないのですが」
「なんです、はっきりとおっしゃればよろしい!」
イライラしたらしい第二王子に王妃は、では、と一呼吸置いて聞く。
「男女の契りとは、あのような短時間で終わるものなのですか?」
第二王子は虚をつかれたような顔をしている。
居並ぶ女官たちが一拍置いた後、小さく震え出す。
王太子は本能的に一切の思考を停止させ、ついでに何か悟りを開いたかのような境地に踏み入りかけたが、どうにか現実に踏み留まった。
一同の反応を、自分が分かりづらい質問をしてしまったからかしらと思ったらしい神子様は更に一人でお続けになる。
「わたくしこちらに参りました頃、国王陛下から賜りました王国の物語でしかそういったものを存じませんので、王国での男女の契りというものは一晩かけるほどのものかと思っておりましたけれど、そう言えば一瞬の逢瀬を描いた物語もありましたけれど、それなりの時間がかかるものに思えました。それでその、これはわたくしの思い込みかと思うのですが、契りをかわすのにはおそらくはそれなりの時間が要りようと思っておりましたから、陛下がご退出なされてあのようなわずかの間でそのようなご心配をおかけするとは思いませんでしたから……、」
これが他の者ならともかく、この帝国の神子さまは、本当に分からなくて真に素朴にただただ疑問のようだ。
先ほどからの王妃の困惑は、第二王子の糾弾に対してではなく、「契りってどれくらいの時間がかかるの? もしかして思ってたのと違う?」ということであるらしい。
若干白目な王太子は思う。
ああ、なるほど。この王妃はやはり帝国の神子様だ。第二王子の言いがかりなど微塵も堪えぬ全き白の神子さまである。
ここに帝国大使がいたら、彼はきっと明るく笑っていたことだろう。腹を抱えて爆笑だろう。
そうできない王太子は、「私にもあれくらいの豪放さがあればなあ」などと遠い目をしていたが、さすがに話に割って入ることにした。
帝国の神子は、「母」として毎朝王国の王子たちから挨拶を受けるのが慣しである。そこで第二王子が、王妃の「不貞」を言い立てたのだ。
勿論、もって回した言い方であったから、王妃の不貞など思いもつかなかった王太子は、第二王子の言い分を理解するのに少々時間を要してしまった。
王太子が遅れをとっている間、第二王子に一方的に責め立てられ、それでもようやく反論の機会を得た王妃が、戸惑ったまま言う。
「御使者殿とはすぐに客間に行き、そこには王太子殿下もおいでになりました。それは陛下もご存知です」
「ええ、存じていますとも。私は父上から伺いましたからね」
王妃付きの女官の一人が、僅かにひくりと口元を戦慄かせた。それを鼻で笑い、第二王子が言う。
「つまり、父上が退出なされた後、兄上と合流されるまでの間、王妃様、貴女はあの男と二人きりだった、ということだ。
神子ともあろう方が!」
王が承知しているものを、なぜ第二王子が言い立てる必要があるのか。王太子は頭痛を覚える。
醜い嫉妬心をもっともらしい糾弾に無理矢理変えようとする様は、傍目には見苦しい以外の何物でもない。それを直接向けられる王妃を気の毒に思う王太子は、第二王子に恥をかかせずどう引き下がらせるか困りきっている。
せめて、王妃がこちらを伺ってくれれば自分も口を挟めるのだが、と王太子は王妃をじっと見る。
王妃はその優しい眉を今は下げて、困り果てた様子である。しかし、王太子に頼る気はないらしい。それはそうだろう。王太子の自分はしばらく何が起こっているかさえ、理解できていなかったのだから。
どうしてこうも自分は察しが悪いのか、と王太子は自身が嫌になる。一方、王妃は意を決したように、しかし、おずおずど口を開く。
「あの、二の殿下、一つだけ、よろしいでしょうか?」
「なんです? 言い訳くらい一つと言わずいくらでも伺いましょう。全き白の神子さまなれば、私にはおよびもせぬ、さぞやご高尚なお考えの末のお振舞でしょうな」
第二王子の一言でも帝国に伝われば酷いことになる。王太子が青ざめるが、第二王子は構いもしない。
「あの、二の殿下、わたくしは神子ですから、分からないことがたくさんございます。ですから、もしかしたら、酷く、その、おかしなことをお尋ねするやもしれないのですが」
「なんです、はっきりとおっしゃればよろしい!」
イライラしたらしい第二王子に王妃は、では、と一呼吸置いて聞く。
「男女の契りとは、あのような短時間で終わるものなのですか?」
第二王子は虚をつかれたような顔をしている。
居並ぶ女官たちが一拍置いた後、小さく震え出す。
王太子は本能的に一切の思考を停止させ、ついでに何か悟りを開いたかのような境地に踏み入りかけたが、どうにか現実に踏み留まった。
一同の反応を、自分が分かりづらい質問をしてしまったからかしらと思ったらしい神子様は更に一人でお続けになる。
「わたくしこちらに参りました頃、国王陛下から賜りました王国の物語でしかそういったものを存じませんので、王国での男女の契りというものは一晩かけるほどのものかと思っておりましたけれど、そう言えば一瞬の逢瀬を描いた物語もありましたけれど、それなりの時間がかかるものに思えました。それでその、これはわたくしの思い込みかと思うのですが、契りをかわすのにはおそらくはそれなりの時間が要りようと思っておりましたから、陛下がご退出なされてあのようなわずかの間でそのようなご心配をおかけするとは思いませんでしたから……、」
これが他の者ならともかく、この帝国の神子さまは、本当に分からなくて真に素朴にただただ疑問のようだ。
先ほどからの王妃の困惑は、第二王子の糾弾に対してではなく、「契りってどれくらいの時間がかかるの? もしかして思ってたのと違う?」ということであるらしい。
若干白目な王太子は思う。
ああ、なるほど。この王妃はやはり帝国の神子様だ。第二王子の言いがかりなど微塵も堪えぬ全き白の神子さまである。
ここに帝国大使がいたら、彼はきっと明るく笑っていたことだろう。腹を抱えて爆笑だろう。
そうできない王太子は、「私にもあれくらいの豪放さがあればなあ」などと遠い目をしていたが、さすがに話に割って入ることにした。
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