81 / 119
第三章
20 東の港にクマが出る
しおりを挟む
行き交う船の数は東の、ひいては帝国の豊かさを示す。
東の港を一望できるここは、東の宮の別邸の一つだ。その露台から見える大小さまざまの船は、それぞれ誇らしげに自国の旗を掲げている。その旗を数えながら東の宮を待つザイは、まだ自分が行ったことのない国が意外に多いことに気づく。
戦が終わったのち、ザイが出仕もままならなかった三年間で新たな航路が複数開通していたのだ。
「よい眺めだろう?」
声にザイが振り返る。先触れもなく供もつけぬ東の宮のお出ましだった。
先代の東の宮の異母弟で、今上の叔父。しなやかな長身に緩やかに衣を纏う様子は、先代の宮や今上とは随分と印象が違って見える。
しかし、わざわざ気配を消して現れる人の悪さは、間違いなく先代の弟宮で、今上の叔父であろう。
ザイはぼんやりしていたと反省しつつ、東の宮に礼を取る。それを鷹揚に受け、東の宮が言う。
「先の陛下におかれても、宰相もそなたに今まで自由にさせておいて、此度そなたは驚いただろうな」
ふふ、と笑う東の宮には、もうすでに宰相が使いでもやったのだろう。
「何ならうちの娘の一人でも娶るか?」
「私には恐れ多いことでございます」
「そうか? そなたが良ければ通いでも構わんし、娘を北にやっても良い」
笑う東の宮に、ザイは困ってしまう。
「冗談よ。甥が皇帝でなければ考えたがな」
流石にこれ以上、東が北の宮に近くなり過ぎるのはよろしくなかろうという東の宮に、ザイはホッと胸をなでおろす。
「そなた、本当に参っておるようだな」
ますます笑みを深めながら東の宮は言い、ザイに座るようにすすめた。
※
突然のザイの申し出に東の宮がすぐに応じて目通りまで許したのは、すでに皇帝から話が通っていたからだった。
東の領のうち、立ち入り禁止にしている広大な砂漠の地をザイに貸してくれると言う。
「ただな、そこは我が兄上の、まあ、庭だ。軍には誰も近付けるなと通達しておいたが、凶悪なクマが一頭、すばしこい狐が一匹迷い込むのは軍の者らとて阻止はできんから辛抱してくれ」
甥っ子が居らんようになってから力を持て余しておられるのだ、と東の宮は溜息をつく。
「それに」
と続けかけたところで、東の宮が何かに気付く。ザイもギョッとして扉を見つめる。
「面目無い、もう狐に聞かれていたらしい」
そう東の宮が言い終わらぬ間に、結構な勢いで部屋の戸が開かれる。
「やはりお前かザイ! よし俺が借り受けた」
入ってくるなり宣言したのは、先代の東の宮であった。
今回はどこに穴があった? とげっそりして聞く弟宮に、「そんなものは人に聞かずに手前で塞げ」と兄宮は笑い、悠々とザイを引きずっていく。
引きずられつつもなんとか退出と感謝の礼を申し上げるザイに、東の宮は「すまぬ、幸運を祈る」と手を振るのだった。
◆◆◆
(2019/08/31)お知らせ
【新連載】「官吏になりたい僕ですが、父さん(宰相)が本気で邪魔してくる」
をはじめました。
第一章04話「止めたというのに」で触れたザイの受験生時代の話です。全20話の予定です。よろしくお願いします。
東の港を一望できるここは、東の宮の別邸の一つだ。その露台から見える大小さまざまの船は、それぞれ誇らしげに自国の旗を掲げている。その旗を数えながら東の宮を待つザイは、まだ自分が行ったことのない国が意外に多いことに気づく。
戦が終わったのち、ザイが出仕もままならなかった三年間で新たな航路が複数開通していたのだ。
「よい眺めだろう?」
声にザイが振り返る。先触れもなく供もつけぬ東の宮のお出ましだった。
先代の東の宮の異母弟で、今上の叔父。しなやかな長身に緩やかに衣を纏う様子は、先代の宮や今上とは随分と印象が違って見える。
しかし、わざわざ気配を消して現れる人の悪さは、間違いなく先代の弟宮で、今上の叔父であろう。
ザイはぼんやりしていたと反省しつつ、東の宮に礼を取る。それを鷹揚に受け、東の宮が言う。
「先の陛下におかれても、宰相もそなたに今まで自由にさせておいて、此度そなたは驚いただろうな」
ふふ、と笑う東の宮には、もうすでに宰相が使いでもやったのだろう。
「何ならうちの娘の一人でも娶るか?」
「私には恐れ多いことでございます」
「そうか? そなたが良ければ通いでも構わんし、娘を北にやっても良い」
笑う東の宮に、ザイは困ってしまう。
「冗談よ。甥が皇帝でなければ考えたがな」
流石にこれ以上、東が北の宮に近くなり過ぎるのはよろしくなかろうという東の宮に、ザイはホッと胸をなでおろす。
「そなた、本当に参っておるようだな」
ますます笑みを深めながら東の宮は言い、ザイに座るようにすすめた。
※
突然のザイの申し出に東の宮がすぐに応じて目通りまで許したのは、すでに皇帝から話が通っていたからだった。
東の領のうち、立ち入り禁止にしている広大な砂漠の地をザイに貸してくれると言う。
「ただな、そこは我が兄上の、まあ、庭だ。軍には誰も近付けるなと通達しておいたが、凶悪なクマが一頭、すばしこい狐が一匹迷い込むのは軍の者らとて阻止はできんから辛抱してくれ」
甥っ子が居らんようになってから力を持て余しておられるのだ、と東の宮は溜息をつく。
「それに」
と続けかけたところで、東の宮が何かに気付く。ザイもギョッとして扉を見つめる。
「面目無い、もう狐に聞かれていたらしい」
そう東の宮が言い終わらぬ間に、結構な勢いで部屋の戸が開かれる。
「やはりお前かザイ! よし俺が借り受けた」
入ってくるなり宣言したのは、先代の東の宮であった。
今回はどこに穴があった? とげっそりして聞く弟宮に、「そんなものは人に聞かずに手前で塞げ」と兄宮は笑い、悠々とザイを引きずっていく。
引きずられつつもなんとか退出と感謝の礼を申し上げるザイに、東の宮は「すまぬ、幸運を祈る」と手を振るのだった。
◆◆◆
(2019/08/31)お知らせ
【新連載】「官吏になりたい僕ですが、父さん(宰相)が本気で邪魔してくる」
をはじめました。
第一章04話「止めたというのに」で触れたザイの受験生時代の話です。全20話の予定です。よろしくお願いします。
0
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる