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第三章
18 落日
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雨も風も止んでいる。夕日に染まる世界を見つけて、ザイは山が晴れたことを知る。もう日は落ちたものと思っていたが、まだだったようだ。
あちこちにできた水たまりが金の光を返して、ザイは眩しさに目を細める。そんなザイに縹が近寄ってくる。
「縹?」
──契約するなら頂上なの。
縹が指す方を見れば、落日に染まる平原が見えた。そう言えば頂上だった、とザイは思い出す。
「ああ、これは」
金色の平原。夕焼けは何でも美しく染め上げるのだ。例えば昔は荒れていた宮の中庭も、夕焼けの日はきれいだった。それを見つけた子どものザイは、姫や友人たちに得意げに話したものだ。
でも、夕焼けが美しいのは少しの間だけ。すぐに夜の闇が端から覆い尽くしていくのをザイは知っている。
「ああ、もう少し」
思わず立ち上がったザイは祈るような気持ちになる。もう少しだけこの美しい景色を見たい。
──契約の時だけ、ここは晴れるの。
「そうなんだ。……きれいだ」
自慢げな縹に何か言わなければならないと思いつつ、ザイは大したことが言えない。そんなザイに構わず、縹は胸を張って言う。
──契約は成された!
「あ、そうか。契約、できたんだね」
しかし、ザイは確信が持てない。
契約、できたのかなあ? ザイ自身には何も変化がない。ザイは熱でぼんやりする頭を必死に働かせる。
「縹、ありがとう」
ザイはこれだけは言っておかないと、と縹に礼を言う。
「色々話したいんだけど……、ちょっと今日はダメみたいだ」
ザイは荷物の中から何とか無事だった布を取り出して地面に敷く。そしていくつかの結界をかけていくらか過ごし易くした。
「ありがとう。でも今日はもう休まなきゃならない……」
泥水を遮った布の上にザイは横になって体を丸める。
「君もありがとう、君もおやすみ」
そう言ってザイは契約した(らしい)蛟に少し触れた。今は小さい蛟しかいないようだ。小さい蛟は楽しげにクルクルとザイの周りを回る。
太陽が最後の光を放って沈む。
それを見ながらザイは防御の術を自らにかけ、そして、茫洋としていく意識を何とか繋ぎとめようとする。まだ、縹と何か話さなくてはならないような気がする。
──おやすみ、ザイ。カイルの守る子。
近くで縹の声がするのに、日が沈んだからかザイの瞼が閉じたからか、縹の姿は見えない。
カイルの守る子。縹は「カイルの守る子は死なない」と言った。
でも縹、僕は子どもでなくなって随分経つし、君にはつい昨日のことかもしれないけれど、カイルさんがいなくなってしまってから随分と経ったよ。
だから、今、僕はこんな風に幾重にも結界と術をかけて、自分を守ってる。
確かに結界も術もカイルさんから教わったものだけれど。
そうだよ。確かに今もカイルさんに守られているようなものなんだけれど。
ザイは悔しくなる。
ねえ、縹。カイルさんは僕を守ってくれたのに、なぜ、自身はあんな最期を?
ザイはそう聞きたかったが、重くなる自分の体と意識に逆らえない。それに縹には聞いたところでまた無視されるだろう。
「──おやすみ縹……、」
それだけ言って、ザイは眠りに落ちた。
※────
・昔は荒れていた宮の中庭も、……姫や友人たちに得意げに話した
→ 第1章11話「護衛一日目 考えないように考えて疲れた後に呑み会」
・カイルの最期
→第1章21話「彼の遠い道」
あちこちにできた水たまりが金の光を返して、ザイは眩しさに目を細める。そんなザイに縹が近寄ってくる。
「縹?」
──契約するなら頂上なの。
縹が指す方を見れば、落日に染まる平原が見えた。そう言えば頂上だった、とザイは思い出す。
「ああ、これは」
金色の平原。夕焼けは何でも美しく染め上げるのだ。例えば昔は荒れていた宮の中庭も、夕焼けの日はきれいだった。それを見つけた子どものザイは、姫や友人たちに得意げに話したものだ。
でも、夕焼けが美しいのは少しの間だけ。すぐに夜の闇が端から覆い尽くしていくのをザイは知っている。
「ああ、もう少し」
思わず立ち上がったザイは祈るような気持ちになる。もう少しだけこの美しい景色を見たい。
──契約の時だけ、ここは晴れるの。
「そうなんだ。……きれいだ」
自慢げな縹に何か言わなければならないと思いつつ、ザイは大したことが言えない。そんなザイに構わず、縹は胸を張って言う。
──契約は成された!
「あ、そうか。契約、できたんだね」
しかし、ザイは確信が持てない。
契約、できたのかなあ? ザイ自身には何も変化がない。ザイは熱でぼんやりする頭を必死に働かせる。
「縹、ありがとう」
ザイはこれだけは言っておかないと、と縹に礼を言う。
「色々話したいんだけど……、ちょっと今日はダメみたいだ」
ザイは荷物の中から何とか無事だった布を取り出して地面に敷く。そしていくつかの結界をかけていくらか過ごし易くした。
「ありがとう。でも今日はもう休まなきゃならない……」
泥水を遮った布の上にザイは横になって体を丸める。
「君もありがとう、君もおやすみ」
そう言ってザイは契約した(らしい)蛟に少し触れた。今は小さい蛟しかいないようだ。小さい蛟は楽しげにクルクルとザイの周りを回る。
太陽が最後の光を放って沈む。
それを見ながらザイは防御の術を自らにかけ、そして、茫洋としていく意識を何とか繋ぎとめようとする。まだ、縹と何か話さなくてはならないような気がする。
──おやすみ、ザイ。カイルの守る子。
近くで縹の声がするのに、日が沈んだからかザイの瞼が閉じたからか、縹の姿は見えない。
カイルの守る子。縹は「カイルの守る子は死なない」と言った。
でも縹、僕は子どもでなくなって随分経つし、君にはつい昨日のことかもしれないけれど、カイルさんがいなくなってしまってから随分と経ったよ。
だから、今、僕はこんな風に幾重にも結界と術をかけて、自分を守ってる。
確かに結界も術もカイルさんから教わったものだけれど。
そうだよ。確かに今もカイルさんに守られているようなものなんだけれど。
ザイは悔しくなる。
ねえ、縹。カイルさんは僕を守ってくれたのに、なぜ、自身はあんな最期を?
ザイはそう聞きたかったが、重くなる自分の体と意識に逆らえない。それに縹には聞いたところでまた無視されるだろう。
「──おやすみ縹……、」
それだけ言って、ザイは眠りに落ちた。
※────
・昔は荒れていた宮の中庭も、……姫や友人たちに得意げに話した
→ 第1章11話「護衛一日目 考えないように考えて疲れた後に呑み会」
・カイルの最期
→第1章21話「彼の遠い道」
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