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第三章

16 ご希望とお覚悟

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 山に登りながらザイは考える。

 僕はなぜ精霊と契約するのか?

 ひとつは勅令であるから。

 ではその勅令にふさわしい精霊は?


 頂上についたザイは息を切らしながら「ご希望」を言う。

「強い精霊を。僕はみんなを守る力が要る」

 長い間、戦があった。それが終わると世界に平和が訪れた。

 しかし、いま、王国内部はきな臭い。
 周辺諸国の脅威が薄らいだからこその内紛である。

 その火種は放っておけば王国だけにとどまらず、周辺諸国を再びの戦火に巻き込むだろう。

 そうなる前に止めるべき、ではあるのだろうが。

 宰相はまだ口にしていないが、武力をもって王国にあたることも十分に考えているだろう。その時、主力となるのは間違いなくザイである。

 


 ──強い精霊はたくさんいる。

「竜王様より力の強い精霊っている?」

 ──いない。

「じゃあ竜王様の次に強い精霊は?」

 ──呼ぶ。

 縹がざわざわと木を揺らすように話すと、突然周りが暗くなった。

 ごうと風が巻き起こり、空がさらに暗くなり雲が垂れ込める。やがて桶をひっくり返したような雨が降り始めた。打ち付ける雨が地面に跳ね返る。

 突然の嵐にザイは耐えられず結界をはる。そうしてザイが目を凝らしてみれば、空中に何かとぐろを巻くものがいる。が、よく見えない。もう日は落ちかけていたし、あまりの雨で視界が悪いからだ。

「ねえ、君、この嵐少し止めてくれない⁉︎」

 声を張り上げて呼びかけると、それがゆっくりととぐろを解く。それに従って雨風が弱まる。それでもなかなかに強い風雨の中、蒼く光る細長いものがザイに近づいて来た。

 長さはザイの背丈二つ分くらいだろうか、そして、胴回りは大人の男の腿ぐらいの蛇が、空中を泳ぐようにしてザイの方に来る。

 半透明でユラユラと輝いている──蛇?

 ほかに何かに似ている気がしてザイは何だろうと考える。

 形は蛇だけど、この色は……、でもこれ、うーん、蛇なのかな? 

 とにかくザイが見たことのない形をしている。鱗は硬そうだが、体は滑らかに動く。

 近づいてきて気付いたが、頭の鱗の一部は二本の角のようになっている。背中も鱗がかたまったようなギザギザのたてがみがある。目の後ろにトビウオの翼を広げたような不思議な耳のようなものが付いている。

 ザイはいつのまにか蛇が作る輪の中にいた。

 と、突然カパッと蛇の口が開く。
 小さい子どもなら簡単に丸呑みできそうな開き具合に、ザイはギョッとする。口の中も半透明で、舌が見えた。蛇の舌だ。口を閉じた蛇にザイは聞く。

「ねえ、君のいる所はいつもこんな嵐なの?」

 蛇は答えない。そのかわり、するりとザイの腕に尻尾を巻きつける。そうして口でザイの袖を引っ張る。代わりに縹が答える。

 ──契約すれば、嵐起こさない。命令したら嵐にする。

「本当?」

 ──このみずちはそう。

「ああ、みずちか」

 母の「精霊のお話」で聞いたことがある。蛟は嵐と共に現れていた。しかし。

「僕が思ってた蛟より、うーん、かわいいね」

 主に大きさが。
 ザイが首をひねるのに蛟は嬉しそうにザイの周りをくるりと回る。

 ──大きい蛟は契約されないから、小さいのになった。

「え、精霊って大きさ変えられるの?」

 母の話では、竜王様は大きくて困るから契約を断ったと言っていたが。 

 すると、また蛟がザイの袖を引っ張る。縹が言う。

 ──違う。この蛟は小さい蛟。大きいと契約されないから。

 どうやら縹は蛟の言葉を通訳してくれているらしい。

 ──蛟、尻尾切って分身作った。本体はもっと大きい。

「本体?」

 ──本体はこれ。

 縹が言うと、ザイの視界が陰る。

 ぶわりと吹く風を慌てて結界でいなしながらザイが見れば、それは大きな蛟が現れた。 

 小さな蛟をそのまま大きくした蛟の胴回りはザイの目の高さほどである。とぐろを巻いて鎌首をもたげている様子は見上げるほどだ。

「大きいね!」

 なるほど、これは契約には向くまい。戦場ならばともかく、人の日常には馴染まない大きさだ。

「尻尾は大丈夫なの?」

 ザイが聞くと、本体がぐわぱっと口を開けた。とぐろを解いて近寄ってきて、ザイの袖を器用に噛んで引っ張る。

 引っ張る方を見ると、尻尾があった。不自然に急に終わりが来ているが、ちゃんと鱗に覆われている。

「大丈夫そうだね」

 ザイが大きな蛟の尻尾を撫でると、大きい蛟はクウと不思議な声で鳴いた。

「良かった」

 小さい蛟がザイに頭をもってくる。そっと触れてやる。シロたちはほんのりと暖かいのだが、属性によるのだろうか、この蛟は少し冷たい。

「縹、この蛟はどんなことができるの?」

 ──水属性の大きな力がある。国丸ごと呑める。

「国を呑む?」

 ──国をひとつ沼の底に沈めたことがある。嵐を起こす。大水を出す。

「天災級だね」

 ──その後の実りも約束する。

「災いに実りか」

 まさしく天災か。たしかに強いけれど、そんな力、僕に扱えるだろうか?

 しかし、ザイがこの蛟と契約せず、他の誰かがこの蛟と契約したら? それが例えば王国に属する者だったら?

 帝国の者以外が北の魔山の精霊と契約したという記録は残されていない。しかし、それは当てにならない。

 精霊と契約していたカイルや契約を隠している母のことも同様に記録には残されていないのだから。

 扱えようが扱えまいが、この精霊とは僕が契約しなければならない。




 ザイは覚悟を決めた。

 もしこの蛟と契約して力を扱いきれなかったら、ザイは宮や都から離れなければならない。最悪ずっと独りで生きていくことになるかもしれない。

 それも仕方がない。

 ザイの頭に親しい人々の顔が浮かんで消えた。その中にはセラの顔も確かにあって、ザイは一人苦笑した。
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