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第三章

21 東の先代

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 大剣を肩に担いだご隠居が呆れた顔をする。

「相手の進軍を阻むにはもってこいだが、これではこちらの軍も進めんな」
「誠に」

 ザイを中心に、見渡す限りの泥沼が出来ている。無事なのはザイとご隠居くらいだ。

 ここはかつて栄えた東西を結ぶ砂漠の旧道。先帝の御代に西と東の都を結ぶ街道が整備されて以降は寂れ、今は道の跡さえおぼろげな荒れ果て乾いた土地だ。

 北の魔山を下りたザイは契約精霊が使いこなせるか、この地で試してみることにした。場所を借りることについては皇帝を通じて東の宮から許可されたが、どういうわけか東の先代が一緒にいる。

 この御仁に隠し事は無理なので話したところ、先代が面白がり、先代とザイは何本かの試合をしてみた訳だが。

「まあしかし、力は相当なものだなあ。例えば、だ」

 そう言って先代が何か唱えると、ザイは突然炎に巻かれる。

 が、煉獄かと見まごう炎の勢いはすぐさま消えてしまう。ザイには火傷ひとつない。

「この炎の術は奴を炙り出すのに重宝したんだがなあ。闇と水の精霊の加護でもこいつは突破できたんだが」

「左様でございましたか」

 先代の言う「奴」はカイルのことだろう。

 皇帝の侍従が東の宮に炙り出される状況ってどんなんだ? というかカイルさんが炙り出されるほどの威力って、とザイは考えながら、あまり余計なことは考えないようにしようと努める。

 ザイは少しうつむく。

 先代がカイルの名を避けた理由は考えないようにする。

「うーん、ちと工夫がいるか?」

 ザイを置いて、ご隠居が本題を外れて自らの鍛錬に集中し始めてしまう。それを呆れた声で諌める者があった。

「先代、ザイ君を早く返すようにと若さ……じゃない、陛下から矢のご催促ですが」

 傍らの泥の中からよいしょと這い出て告げるのはリヒトという。結界を張って隠れていたらしく、泥の中から出てきたというのに、その身は乾いたままだ。先代が東の宮であった頃からの先代の忠実な従僕、陛下ご幼少の頃の守り役で、体術の師でもある。カイルやザイ一家とも親しい。少し変わった経歴と性分の男で、たまに宰相邸の結界に挑戦しにやって来る猛者である。東の宮が「すばしこい狐」と称したのは、このリヒトのことだ。もちろん「凶悪なクマ」は先代のことである。

「ああ? 期日までには返してやると申し上げろ」

「はあ、畏まりました」

 リヒトがすまなさそうにザイを見る。それに、ザイも「すみません」と頭を下げる。

 先代は口にされたことは必ず守る方だから、期日までには帰して頂けるだろう。問題はその時、ザイに宮まで帰る体力が残っているかどうかだが。

 とはいえ、東の先代とこういった形で剣を交えることはザイには得難い機会である。実は楽しんでいないでもない。

 そう長居をするわけにはいかないが、もう少し、いやもう、結婚話とか皆んなが忘れるくらいにまでここにいたい。

 そんな虚しい願いを思い浮かべながらザイはここに居る。あとどれくらい粘ることが出来るだろうか?

 結婚話云々は別にして、実際のところ、精霊の力をある程度扱えるようになって置かないことには、ザイは宮どころか都にさえ入れない。

「まあ、これは暫くは公にせぬ方が良いだろうなあ」
「はい」

 流石にザイの意思に反して精霊が暴れる、ということはなさそうなのだが、イマイチ精霊の力を把握しきれていないというか、調整ができていないのは不安だ。

「お前の母親を連れてきた方が早いのではないか? 俺の邸なら自由に使っても良いが」

 先代はシロたちが精霊だということをご存知である。

「ありがとうございます。しかし、母は宰相邸の警護があるので」

「宰相一人、あの白狼どもに任せておけばよかろう」

「左様でございますが、母はその、離れたがらないものでして」

 父のそばを。

「……はー……。」

 ご隠居が天を仰ぐ。そうしてまじまじとザイを見ていう。

「こんなでかい息子がいて、なあ」

 先代が呆れるのに、ザイは気まずいが左様のようでございますと返す。

 世間では結構ひどいことも言われている宰相夫妻であるが、ザイの目から見た両親は、仲はよろしいのである。

「はー…、」

 何か知らんが急に疲れた。

 そう言って、東の先代は珍しく自分から休憩を告げるのだった。



※───
・皇帝の侍従が東の宮に炙り出される状況
→宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─(※宰相夫妻結婚前の話)23話「こっちも余計なお世話」
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