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第三章
10 訃報 ※暴力・残酷描写あり
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王国にて。
第三王子が死んだ。そんな噂が市中にまで流れ始めた。
それを弟の第四王子は、帝国の宰相邸で聞いた。
※
「自害……?」
帝国は宰相邸で第四王子が呆然と呟くのに、宰相が淡々と言う。
「護衛の隙をついて、幽閉されている塔の窓から身を投げたそうです」
「馬鹿な……!」
第四王子が吐き捨てる。そう言うのも無理はない。
第三王子の容体からすれば、窓に手をかけるのさえ無理だろう。ましてや護衛の隙を突くなど。そもそも、大柄な王子の体で通れるほどの窓がある部屋に罪人を閉じ込めてあるのがおかしい。
「まさか第二王子が……?」
口にするなり、第四王子は震えだす。
「それは分かりません。それに、これはあくまで噂でございます。王宮出入りの商人が塔から王子らしき人物が落ちるのを見た、と。我が国の商会の代表が、ただ今王国に滞在中で、その者らが聞いた噂にすぎません」
第三王子の死の真偽のほどは分からない。しかし、市井にかなり噂が広まっているのは確かである。民の中には「潔いことだ」と第三王子に一定の評価をする者もいるようだ。
あっけない幕引きは、第四王子の言うように第二王子によるものかもしれない。
しかし、或いは、と宰相は考える。
もしかすると、第三王子の死は国王の意向かもしれない、と。
宰相がそう思うには訳があった。
病と聞いていた王太子妃だが、実のところは懐妊していたらしい。元々病弱な王太子妃であったから、妊娠を継続できなかった場合に備えて病と発表していたようだ。
第三王子が王太子妃の懐妊を知って宮を襲ったかどうかは分からないが。
懐妊の事実が漏れる前に処刑を待たず第三王子を始末し、そのあと慶事を大々的に告げる。
長く子に恵まれなかった王太子妃の懐妊は、王国の民たちにとってこの上なくめでたい祝い事となるだろう。
誰もが第三王子の死を忘れる程に。
そういった王の狙いがあるのではないか?
宰相はそう考えるが、ただの想像であるため、第四王子に告げるのはやめた。今告げたところで、彼を一層追い詰めるだけだ。
こういった「ただの想像」を話し合えるお方であれば、また別の道があるのだが、と宰相は考え、しかし、少なくとも今は無理だと判断する。そして、提案する。
「殿下のお身の周りを心配されるのであれば、帝国の宮へ上がられますか?」
王妃が帰国した今なら王子を宮においても何ら支障はない。建前とはいえ友好の使者として滞在しているのだから、一定の役割を果たしてもらわなければ困る。
……というのは建前で、宰相が第四王子に宮に移るよう勧めるのは、第四王子にとって今一番危険なのはこの宰相邸であるかもしれないからだ。
結局、宰相は夫人の説得に失敗した。いずれ近いうちに必ず王子を宮に移す、ということで夫人の矛(物理)を収めさせたのが精一杯であった。
未だ刺客が押し寄せているこの宰相邸から王子が門をくぐって出るのは困難だが、宮ならば転移陣が使える。
「いや、世話をかけるが今しばらくはここが良い。兄上について王国から知らせがあるだろう。その時に宮に上がる。陛下の御差配を賜ろう」
「畏まりました。ではそのように」
礼をして退出をする宰相を、王子は呼び止める。珍しいことだと宰相が向き直ると、王子は言いにくそうに言った。
「その。ザイ殿は? 今はこの邸にいないか?」
ザイは未だ帰らない。おそらく、どこかで羽を伸ばすつもりでもあろう。そういうことに頭が回るようになったのも回復の証かと宰相は考えている。しかし、それを王子に教えることはない。
侍従のザイがどこにいるか? それは時に機密事項となる。だから、宰相はいう。
「何かございましたら、私でよければ承りますが」
宰相が言うのに第四王子は迷っていた風であったが、消え入りそうな声で言った。
「いや、その。事実ではないことでザイ殿を誤解し、失礼なことを言ったから、謝りたかった。ザイ殿の親であるあなたと奥方にも」
宰相は驚きながらも思う。こういう素直なところが、第二王子に付け入れられたのだろうと。美徳であるそれは、王宮においては隙となっただろう。
「ご理解下さっただけで充分でございます。殿下が気に病まれることではありません」
「いや、しかし……。その、それから、その、戦場で助けてもらった礼も言っていない」
「それこそ殿下のお気になさることではありません。ザイは当然のことをしたまでです。しかし、殿下のお気持ちは私から息子に伝えましょう」
「あ、ああ」
おそらく、直接話をしたいのだろう。しかし、多忙なザイの時間をこの王子の話で潰すのは気に入らない。
王妃と息子を侮辱したこと、また、戦場で息子が危険を冒すきっかけになった第四王子の軽はずみな行動については、妻同様に許してはいない宰相である。これについては多分一生許せそうにない。
※
数日後、第三王子の死が発表された。死因は塔からの墜落死。外の景色が見たいと第三王子が窓から身を乗り出したところ、転落したという。
護衛二人は、すでに即日処刑されていた。
間をおかず、王太子妃懐妊の知らせも帝国に届いた。
王国は久しぶりの慶事に沸き立った。
帝国では、すぐさま祝いの使者を立てることになった。
使者に選ばれたのはザイだった。
※───
・第三王子の容体
→ 第二章20話「異変あるところに ※暴力・残酷描写あり」
・王妃と息子を侮辱したこと
→第一章15話「夜更けですから沈めるにはちょうど良い時間かと」
・戦場で…第四王子の軽はずみな行動
→第一章14話「夜更けですが斬るのは今からでも遅くはないかと」
→第一章22話「護衛二日目の夜 聞き上手の最終決定を止める役」
・夫人の説得
→第二章26話「向き合う(1/2)、27話「向き合う(1/2)」
第三王子が死んだ。そんな噂が市中にまで流れ始めた。
それを弟の第四王子は、帝国の宰相邸で聞いた。
※
「自害……?」
帝国は宰相邸で第四王子が呆然と呟くのに、宰相が淡々と言う。
「護衛の隙をついて、幽閉されている塔の窓から身を投げたそうです」
「馬鹿な……!」
第四王子が吐き捨てる。そう言うのも無理はない。
第三王子の容体からすれば、窓に手をかけるのさえ無理だろう。ましてや護衛の隙を突くなど。そもそも、大柄な王子の体で通れるほどの窓がある部屋に罪人を閉じ込めてあるのがおかしい。
「まさか第二王子が……?」
口にするなり、第四王子は震えだす。
「それは分かりません。それに、これはあくまで噂でございます。王宮出入りの商人が塔から王子らしき人物が落ちるのを見た、と。我が国の商会の代表が、ただ今王国に滞在中で、その者らが聞いた噂にすぎません」
第三王子の死の真偽のほどは分からない。しかし、市井にかなり噂が広まっているのは確かである。民の中には「潔いことだ」と第三王子に一定の評価をする者もいるようだ。
あっけない幕引きは、第四王子の言うように第二王子によるものかもしれない。
しかし、或いは、と宰相は考える。
もしかすると、第三王子の死は国王の意向かもしれない、と。
宰相がそう思うには訳があった。
病と聞いていた王太子妃だが、実のところは懐妊していたらしい。元々病弱な王太子妃であったから、妊娠を継続できなかった場合に備えて病と発表していたようだ。
第三王子が王太子妃の懐妊を知って宮を襲ったかどうかは分からないが。
懐妊の事実が漏れる前に処刑を待たず第三王子を始末し、そのあと慶事を大々的に告げる。
長く子に恵まれなかった王太子妃の懐妊は、王国の民たちにとってこの上なくめでたい祝い事となるだろう。
誰もが第三王子の死を忘れる程に。
そういった王の狙いがあるのではないか?
宰相はそう考えるが、ただの想像であるため、第四王子に告げるのはやめた。今告げたところで、彼を一層追い詰めるだけだ。
こういった「ただの想像」を話し合えるお方であれば、また別の道があるのだが、と宰相は考え、しかし、少なくとも今は無理だと判断する。そして、提案する。
「殿下のお身の周りを心配されるのであれば、帝国の宮へ上がられますか?」
王妃が帰国した今なら王子を宮においても何ら支障はない。建前とはいえ友好の使者として滞在しているのだから、一定の役割を果たしてもらわなければ困る。
……というのは建前で、宰相が第四王子に宮に移るよう勧めるのは、第四王子にとって今一番危険なのはこの宰相邸であるかもしれないからだ。
結局、宰相は夫人の説得に失敗した。いずれ近いうちに必ず王子を宮に移す、ということで夫人の矛(物理)を収めさせたのが精一杯であった。
未だ刺客が押し寄せているこの宰相邸から王子が門をくぐって出るのは困難だが、宮ならば転移陣が使える。
「いや、世話をかけるが今しばらくはここが良い。兄上について王国から知らせがあるだろう。その時に宮に上がる。陛下の御差配を賜ろう」
「畏まりました。ではそのように」
礼をして退出をする宰相を、王子は呼び止める。珍しいことだと宰相が向き直ると、王子は言いにくそうに言った。
「その。ザイ殿は? 今はこの邸にいないか?」
ザイは未だ帰らない。おそらく、どこかで羽を伸ばすつもりでもあろう。そういうことに頭が回るようになったのも回復の証かと宰相は考えている。しかし、それを王子に教えることはない。
侍従のザイがどこにいるか? それは時に機密事項となる。だから、宰相はいう。
「何かございましたら、私でよければ承りますが」
宰相が言うのに第四王子は迷っていた風であったが、消え入りそうな声で言った。
「いや、その。事実ではないことでザイ殿を誤解し、失礼なことを言ったから、謝りたかった。ザイ殿の親であるあなたと奥方にも」
宰相は驚きながらも思う。こういう素直なところが、第二王子に付け入れられたのだろうと。美徳であるそれは、王宮においては隙となっただろう。
「ご理解下さっただけで充分でございます。殿下が気に病まれることではありません」
「いや、しかし……。その、それから、その、戦場で助けてもらった礼も言っていない」
「それこそ殿下のお気になさることではありません。ザイは当然のことをしたまでです。しかし、殿下のお気持ちは私から息子に伝えましょう」
「あ、ああ」
おそらく、直接話をしたいのだろう。しかし、多忙なザイの時間をこの王子の話で潰すのは気に入らない。
王妃と息子を侮辱したこと、また、戦場で息子が危険を冒すきっかけになった第四王子の軽はずみな行動については、妻同様に許してはいない宰相である。これについては多分一生許せそうにない。
※
数日後、第三王子の死が発表された。死因は塔からの墜落死。外の景色が見たいと第三王子が窓から身を乗り出したところ、転落したという。
護衛二人は、すでに即日処刑されていた。
間をおかず、王太子妃懐妊の知らせも帝国に届いた。
王国は久しぶりの慶事に沸き立った。
帝国では、すぐさま祝いの使者を立てることになった。
使者に選ばれたのはザイだった。
※───
・第三王子の容体
→ 第二章20話「異変あるところに ※暴力・残酷描写あり」
・王妃と息子を侮辱したこと
→第一章15話「夜更けですから沈めるにはちょうど良い時間かと」
・戦場で…第四王子の軽はずみな行動
→第一章14話「夜更けですが斬るのは今からでも遅くはないかと」
→第一章22話「護衛二日目の夜 聞き上手の最終決定を止める役」
・夫人の説得
→第二章26話「向き合う(1/2)、27話「向き合う(1/2)」
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