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第三章

06 押しに弱くて疑惑

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「セラは愛妾に目くじらをたてるようなことはしないでしょうし」
「それはどうか知らんが、ザイの意見も聞いてやれよ」

 どうとでもなるのは案外女の方、というか結局どちらも時と場合と相手次第では、と皇妃を見ながら思う皇帝は、うんざりと言う。

「それは聞いて差し上げます。『ザイ殿、このままセラをあの第四王子の生贄にして皇后様にお寂しい思いをさせ、あなたはのうのうと侍従をつづけますか?』と」

「おい、聞き方」

「交渉ごとの基本ではありませんか。応か諾かしか選ばさぬのは」

 どこぞの宰相のようなことを言う皇妃は、ザイ殿は絶対押しに弱いはず、などと呟いている。

「セラを第四王子に嫁がせないとして、第四王子には誰を嫁がせる?」

 せめて違う方向に、と水を向ける皇帝に、皇妃は半眼になる。

「陛下。陛下はこの度のことにかこつけて一人息子にしっかりした伴侶を得させて後顧の憂いをなくしたい宰相殿の親心を、あの様に陛下を一心にお支えくださる宰相殿の願いを、無下になさるのですか」
「質問に質問を返すな! そして、なんか抉ってくるな!」

 ザイのことから話題をそらしたいのもあるが、実際、悩みどころなのだ。自分よりは女性の情報があるだろうと皇帝は皇妃に聞いてみる。

「帝国の者は誰を挙げても生贄ですわ。ならば今のご側室のどちらかをご正室になさり、帝国から第四王子の交換に値する人物を王国にやることです」

「第四王子に値する人物。
 それはそれで選びにくいぞ」

 皇族から誰を選んでも第四王子の代わりと言われるのは、選ばれた者にとって屈辱であろう。

「皇族方は軒並みそうなりますわね。セラのことがなければ、私ならザイ殿を考えます」

「ザイ?」

「第四王子は王子のお生まれでございますが、功績もお人柄もザイ殿の足元にも及びません。
 一方、ザイ殿は出自は元を辿れば平民となりますが、その武名を知らぬ者はありません。王国にとっては救国の英雄。そして帝国宰相のただ一人の愛息。
 双方に侮辱に当たらないかと」

 出自と功績を足して割ればちょうど釣り合う、といったところである。確かに無難ではある。

「ザイか。なるほどなあ」

 しかし、皇帝は歯切れが悪い。

 皇帝は思う。王国にはあの王妃がいる。

 ──王妃に押しに押されたらアイツ落ちるんじゃないか?

 今までザイに言い寄った女性は数知れず、それをザイはあっさりかわし続けてきた。それが王妃に限っては、ザイはひどく動揺していた。

 もちろん相手が他国の王妃ということもあろうが、それにしても、と皇帝は思ったものである。

 王国で孤独であろう王妃と帝国の宮で疎外感を覚えているらしいザイは、先帝とカイルという共通のかけがえのない思い出がある。

 惹かれあっても不思議ではないと皇帝は考えているが、ザイは絶対認めないだろう。

 今は帝国にあるから抑えが効いているのであって、これが王国に行けば、ザイはそれこそコロッと王妃に落ちるのではないだろうか?

 王妃にザイをやってもよいと考えている皇帝だが、今のザイを王国に遣るのには、不安を感じている。

「しかし、あいつは俺が手放したくねえし」

「ザイ殿は陛下から離れることはありません。随分と心配性ですこと」

「あー、それ、今の俺には禁句な」

 王妃に言われて笑い飛ばしたがあれにはムッとした皇帝である。つまりは、その心配が確かにあるのだから。

「何かございましたの?」

「いや」

 ザイとはいずれ離れる時がくる。

 それは初めからあった確信で、しかし、離れたとしても、ザイが皇帝を裏切ることはないというのもまた確かであった。後者の方は信ずるか否かなど問題にもならないほど、当たり前のことだ。

 なのにこんな益体も無い考えに囚われるのは、皇帝自身が参っているからだ。先帝崩御のあの日から、皇帝には気の休まる暇がない。

 老いが怖いと言った先帝を笑い飛ばした皇帝だったが、今ならその恐れが皇帝にも分かる。

 不安に駆られてそこを付け入れられたら、宮は終わりだ。今は止めてくれる宰相がいる。しかし、

「陛下、そろそろお時間です」

 空気から置き時計となった筆頭が告げる。

「帰るか」

 あっさりと腰をあげる皇帝に、皇妃がため息をつく。

「一体何をなさりにお出ましですか」

 なんの益もない話し合いだとする皇妃に、それは俺から益を引き出せなかったお前の言い分だと皇帝は笑う。

「今日来たのはな、釘を刺しに来たんだよ」

 去り際の不穏な言葉に皇妃がすっと目を細める。そこに皇帝の声が容赦なく斬りかかる。

「要らんことするならとっとと宮に帰れ。ザイに妙な監視をつけるな」
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