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第三章
05 心当たりのある話
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これがまだ皇妃が、例えば短気を起こして騒がぎたてるならともかく、静かに言うものだから、皇帝も逃げようがない。
「命令ならばセラも従いましょう。しかし」
皇妃の話は続いている。もはや、演説と言っていい。皇帝は皇妃に好きに喋らせ、筆頭は空気と化していた。
「お帰りになったら、宮にセラがいないなんて皇后様も寂しくていらっしゃいます。皇后様はご正室であられますのに私に遠慮してしまわれますのを、セラが皇后様のご希望を引き出してくださる。
皇后様にとっても、私にとっても、得難い女官なのです。どうか、セラ女官を宮にとどめ置いてください」
皇妃だけではなく皇后の願い、つまりは後宮の総意である、と皇妃はいう。
生まれも地位も最上位の皇后はおくゆかしく、滅多に要求もしなければ意見を述べることもない。それは皇帝が皇后に対して唯一物足りなく思うところでもあった。
「それは皇后自身がどうにかするところだし、お前も何か言われて嫌だと言うこともないと言えばいい」
皇帝が言うのに、皇妃は皇帝を睨む。
「皇后様は、たかが側室の私に遠慮なさっておられるのです。私がどう申し上げたところでより気後れなさるに決まっています。
本来ならば、陛下がそこをお気遣いなさらなければならないのに、皇后様のお優しさにつけ込んで怠けられるのはおやめください」
思い当たる節のありすぎる皇帝は、渋い顔をする。
「お前どんだけ皇后好きなんだよ」
「私が皇妃として在れるのは、皇后様のお気遣いのおかげです。私は皇妃として皇后様をお支えするだけです」
後宮に上がる前は、「あの美しい姫宮様と比べられるのは嫌だ」と言っていた皇妃だった。しかし、いざ対面してみたら、皇妃は皇后を一目で気に入ったらしい。
確かに守ってやりたくなる様子の皇后ではあるが、まさか皇妃がここまで皇后に懐くとは。
皇后の方も皇妃を気に入ったらしい。
くるくるとお働きになる皇妃さまとご一緒するだけで、私も元気が出てまいります、とのことだった。
恐らく、帝国史上、稀に見る穏やかな後宮ではないでしょうか、と言ったのはカイルだったか。
皇帝は絶対俺より皇后の方を好きだろうとぶつくさ言いながらも話を元に戻す。
「要は、お前はその使い勝手のいい女官をよその国にはやりたくねえってことだな」
「そうです」
「なら、適当な官吏だかと結婚させて宮に居させるか?」
「セラのお相手はザイ殿でなければなりません」
皇妃の断言に、皇帝は額を抑える。
「なんであいつ。いや、分かるがな。だけどあいつこそあれだ、『おもわぬ相手に添わせるのは酷いことです』」
自分の発言を真似された皇妃は、この日一番の美しさで言う。
「まあそうですけれど、殿方というのは、その辺りはどうとでもなるものなのでしょう?」
「ほんとにロクでもない事を言うなお前は」
かつては、あちらこちらに通い先のあった皇帝である。陛下も一時期酷うございましたね、と言う皇妃に、皇帝は顔をしかめた。
「命令ならばセラも従いましょう。しかし」
皇妃の話は続いている。もはや、演説と言っていい。皇帝は皇妃に好きに喋らせ、筆頭は空気と化していた。
「お帰りになったら、宮にセラがいないなんて皇后様も寂しくていらっしゃいます。皇后様はご正室であられますのに私に遠慮してしまわれますのを、セラが皇后様のご希望を引き出してくださる。
皇后様にとっても、私にとっても、得難い女官なのです。どうか、セラ女官を宮にとどめ置いてください」
皇妃だけではなく皇后の願い、つまりは後宮の総意である、と皇妃はいう。
生まれも地位も最上位の皇后はおくゆかしく、滅多に要求もしなければ意見を述べることもない。それは皇帝が皇后に対して唯一物足りなく思うところでもあった。
「それは皇后自身がどうにかするところだし、お前も何か言われて嫌だと言うこともないと言えばいい」
皇帝が言うのに、皇妃は皇帝を睨む。
「皇后様は、たかが側室の私に遠慮なさっておられるのです。私がどう申し上げたところでより気後れなさるに決まっています。
本来ならば、陛下がそこをお気遣いなさらなければならないのに、皇后様のお優しさにつけ込んで怠けられるのはおやめください」
思い当たる節のありすぎる皇帝は、渋い顔をする。
「お前どんだけ皇后好きなんだよ」
「私が皇妃として在れるのは、皇后様のお気遣いのおかげです。私は皇妃として皇后様をお支えするだけです」
後宮に上がる前は、「あの美しい姫宮様と比べられるのは嫌だ」と言っていた皇妃だった。しかし、いざ対面してみたら、皇妃は皇后を一目で気に入ったらしい。
確かに守ってやりたくなる様子の皇后ではあるが、まさか皇妃がここまで皇后に懐くとは。
皇后の方も皇妃を気に入ったらしい。
くるくるとお働きになる皇妃さまとご一緒するだけで、私も元気が出てまいります、とのことだった。
恐らく、帝国史上、稀に見る穏やかな後宮ではないでしょうか、と言ったのはカイルだったか。
皇帝は絶対俺より皇后の方を好きだろうとぶつくさ言いながらも話を元に戻す。
「要は、お前はその使い勝手のいい女官をよその国にはやりたくねえってことだな」
「そうです」
「なら、適当な官吏だかと結婚させて宮に居させるか?」
「セラのお相手はザイ殿でなければなりません」
皇妃の断言に、皇帝は額を抑える。
「なんであいつ。いや、分かるがな。だけどあいつこそあれだ、『おもわぬ相手に添わせるのは酷いことです』」
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「まあそうですけれど、殿方というのは、その辺りはどうとでもなるものなのでしょう?」
「ほんとにロクでもない事を言うなお前は」
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