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第三章
03 間違っていること
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ザイは思う。
カイルのしたことは正しくないことだ、と。
しかし、ザイには分からなくても、カイルは先帝侍従としては最善で最良の選択をしたのだろうと。
殉死は先帝と今上、両帝の名で禁じられていた。だから、あんな中途半端な時期、つまりは誰もが想定していなかった時期に、カイルは実行に及んだ。
先帝崩御の日からあの日まで、カイルが何を考え何をしていたのか、ザイはカイルの遺品から探ろうとした。
罪の意識に耐えかねて、或いは秘密を抱えきれず悩んだ末に、というのは、いかにもそれらしく聞こえるが、カイルらしくない。
あれは、カイル自身、儘ならぬ事態だったのか? と考えたこともある。
だが、それにしては恐ろしく計画的であったのが腑に落ちない。
他に方法はなかったのか?
どうして?
考えても、不出来な弟子には分からない。
以前、筆頭から「今カイルに会えたら聞きたいことはあるか」と聞かれた時、「何もない」と答えたザイだった。あれから改めて考えてみると、やはりあの日のことは聞いてみたいと思う。
しかし、聞くことができたとしてもカイルはきっと答えてくれない。
師匠のカイルはザイにたくさんのことを教えてくれたが、ザイの質問にまともに答えてくれることは、少なかった。
さあ、どうでしょうか? とあしらわれ、相手にして欲しいザイが、カイルに色々説明していくうちにザイは答えにたどり着く、それが常だった。
だから、と言うのでもないのだろうが、縹もザイの質問にはまともに返してくれない。
縹の拙い語り口からすぐ聞き出せると思っていたザイは、やられたなあ、と思う。
他に名を欲しくないと言わしめるまで精霊を搦め捕ったカイルは、自身や帝国の宮にまつわる秘密を明かさないよう、縹に約束させたのだろう。
縹の話は続いているが、肝心なことになると無視されたり触れなかったり。
竜王さまの契約者が王妃だった場合、縹からそれを聞き出すのは無理だ、とザイは判断する。縹が触れないから、契約者はカイルの関係者と見ても良いかもしれないが、あまりに予断に満ちている。
このまま山を降りてもろくな報告が出来ない。
となるとやはり命令通り何らかの精霊と契約して帰るべきだろうか?
前の戦で戦功を大きく讃えられたザイは、自惚れでなく自分がこれ以上力を持つのはよろしくないと考えている。
しかし、ザイは自分が今上に貢献できるものは何かと言えば、武功以外にないと思う。
そして、王妃だ。確証はないが、竜王との契約が本当であれば。
ザイには嬉々として竜王(想像)と何かを吹っ飛ばす王妃(かなり現実に近い想像)が見える。
ザイは子どもの頃姫から身を守るために、結界術を習ったことを思い出す。そして一人笑う。
──「姫」が新たな力を手に入れたのなら、その「遊び相手」も同様の力を持たないとね。
多分、そんな理由で精霊と契約するのは間違っている。
だけど、王妃が帝国の脅威となるからそれに対抗するため、という理由よりはきっと正しい。王妃の恭順を疑ってはいない皇帝がザイに契約を命じた意図は他にあるのだろうし。
そう考えるザイは、縹の話が終わるのを待った。
※
宰相が文字通りの意味も含めて死にそうな思いをしながら夫人の説得に当たっている頃、皇帝は筆頭を連れて宮を抜け出そうとしていた。
突然思わぬところで身をやつした皇帝に会っても、北の宮の者たちは微笑んで会釈をして、それだけである。
毎度のことながら、皇帝はその慣れた様子を見ながら思う。先帝とカイルはどれだけ宮を抜け出ていたことだろう?
隠し扉をいくつも抜け、宮の外に出る。都の雑踏に紛れ、とある館に着いた先の戸を叩けば、すぐに戸が開かれ、奥の部屋に通される。
「お待ちいたしておりました」
やがて聞こえた不機嫌極まりない声に、余人なら即、回れ右をしそうな半眼。
セリフに対して表情と声音が盛大に間違っている妃が、お忍びの皇帝を出迎えた。
カイルのしたことは正しくないことだ、と。
しかし、ザイには分からなくても、カイルは先帝侍従としては最善で最良の選択をしたのだろうと。
殉死は先帝と今上、両帝の名で禁じられていた。だから、あんな中途半端な時期、つまりは誰もが想定していなかった時期に、カイルは実行に及んだ。
先帝崩御の日からあの日まで、カイルが何を考え何をしていたのか、ザイはカイルの遺品から探ろうとした。
罪の意識に耐えかねて、或いは秘密を抱えきれず悩んだ末に、というのは、いかにもそれらしく聞こえるが、カイルらしくない。
あれは、カイル自身、儘ならぬ事態だったのか? と考えたこともある。
だが、それにしては恐ろしく計画的であったのが腑に落ちない。
他に方法はなかったのか?
どうして?
考えても、不出来な弟子には分からない。
以前、筆頭から「今カイルに会えたら聞きたいことはあるか」と聞かれた時、「何もない」と答えたザイだった。あれから改めて考えてみると、やはりあの日のことは聞いてみたいと思う。
しかし、聞くことができたとしてもカイルはきっと答えてくれない。
師匠のカイルはザイにたくさんのことを教えてくれたが、ザイの質問にまともに答えてくれることは、少なかった。
さあ、どうでしょうか? とあしらわれ、相手にして欲しいザイが、カイルに色々説明していくうちにザイは答えにたどり着く、それが常だった。
だから、と言うのでもないのだろうが、縹もザイの質問にはまともに返してくれない。
縹の拙い語り口からすぐ聞き出せると思っていたザイは、やられたなあ、と思う。
他に名を欲しくないと言わしめるまで精霊を搦め捕ったカイルは、自身や帝国の宮にまつわる秘密を明かさないよう、縹に約束させたのだろう。
縹の話は続いているが、肝心なことになると無視されたり触れなかったり。
竜王さまの契約者が王妃だった場合、縹からそれを聞き出すのは無理だ、とザイは判断する。縹が触れないから、契約者はカイルの関係者と見ても良いかもしれないが、あまりに予断に満ちている。
このまま山を降りてもろくな報告が出来ない。
となるとやはり命令通り何らかの精霊と契約して帰るべきだろうか?
前の戦で戦功を大きく讃えられたザイは、自惚れでなく自分がこれ以上力を持つのはよろしくないと考えている。
しかし、ザイは自分が今上に貢献できるものは何かと言えば、武功以外にないと思う。
そして、王妃だ。確証はないが、竜王との契約が本当であれば。
ザイには嬉々として竜王(想像)と何かを吹っ飛ばす王妃(かなり現実に近い想像)が見える。
ザイは子どもの頃姫から身を守るために、結界術を習ったことを思い出す。そして一人笑う。
──「姫」が新たな力を手に入れたのなら、その「遊び相手」も同様の力を持たないとね。
多分、そんな理由で精霊と契約するのは間違っている。
だけど、王妃が帝国の脅威となるからそれに対抗するため、という理由よりはきっと正しい。王妃の恭順を疑ってはいない皇帝がザイに契約を命じた意図は他にあるのだろうし。
そう考えるザイは、縹の話が終わるのを待った。
※
宰相が文字通りの意味も含めて死にそうな思いをしながら夫人の説得に当たっている頃、皇帝は筆頭を連れて宮を抜け出そうとしていた。
突然思わぬところで身をやつした皇帝に会っても、北の宮の者たちは微笑んで会釈をして、それだけである。
毎度のことながら、皇帝はその慣れた様子を見ながら思う。先帝とカイルはどれだけ宮を抜け出ていたことだろう?
隠し扉をいくつも抜け、宮の外に出る。都の雑踏に紛れ、とある館に着いた先の戸を叩けば、すぐに戸が開かれ、奥の部屋に通される。
「お待ちいたしておりました」
やがて聞こえた不機嫌極まりない声に、余人なら即、回れ右をしそうな半眼。
セリフに対して表情と声音が盛大に間違っている妃が、お忍びの皇帝を出迎えた。
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