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第二章

25 慟哭の王子(2/2)

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 宰相邸に戻っても、第四王子は寒気立ったままだった。共に帰ってきた宰相は王子の御前を辞すことを願い出たが、王子はそれに返事もできない。

 ただ一言下がれと言うか、頷くだけで良い、それを第四王子はしなかった。

 王子の許可を待つ宰相の視線は、初めは第四王子を急かすものだった。しかし、しばらくすると、宰相は無言のまま第四王子の差し向かいの椅子に腰をかけた。

 見る者が見れば不敬と騒ぎ立てるだろう宰相の態度を、第四王子は咎めなかった。

 ※

 共に第二王子の兄上をお支えしよう、と第三王子は頼りない末っ子の自分の肩を叩いてくれた。第三王子は押し付けがましくはあったが、気紛れにでも自分を気にかけてくれた第四王子の「兄上」だった。

 豪快に笑う第三王子は多数の武人を抱え、自らも剣を嗜んだ。剣を捧げられることを王族の誇りとする王国にあっては珍しい王子だった。

 第三王子は王国を守る武人たちに学び、彼らが少しでも報われるようにと腐心した。武芸だけでなく戦術も学び、指揮官として武人たちと苦楽を共にしようとした。

 しかし、殺生を厭う王室の慣いから第三王子が剣を持つことは、実戦においては、無い。

 それは、死地に向かわされることもある武人たちの不満を呼び、中には「王子さまのお稽古に付き合わされて迷惑だ」などと陰口をたたく者もあった。

 それを知りつつも、第三王子は武人たちに目をかけてやっていた。それなのに。

 ──なぜ? 武人達は第三王子を裏切ったのだ?

 第四王子には分からない。

 その疑問に答えたのは帝国の宰相だった。変わらぬ無表情で宰相は言った。

「金と名誉です」

 あまりの答えに、第四王子は言葉を失う。

「第三の殿下は武人達を多く抱え、世話をしておられました。戦が起こった時は手厚く褒賞を出されました。
 しかし、平時はどうでしたか?
 たまたま出陣の機会があった者たちは一度の戦で多額の褒賞と位を得、それを終生保ちます。しかし、戦に出られなかった者たちは褒賞にありつけません」

 戦がなければ、出世の機会もない。

 先の終戦から、剣を捨てる王国の者が増えていたという。

「武人から転向できなかった者たちは、ひたすら戦が起こるのを待つしかありません。しかし、先の戦で今上陛下により王国周辺の平定がなされたため、当分、戦が起こることはないでしょう。
 そこに蜂起の計画が持ち上がりました。王国において、武人が功をあげるおそらく最後の機会です。
 蜂起に乗じて勝てばよし、負ければ謀反人を捕らえればよし。そう考えたのでしょう」

 そもそも、王国が帝国の神子を迎えたのは、戦を帝国に肩代わりしてもらい、貿易に力を注ぐためだ。

 神子を戴き、帝国の助力で戦を終わらせた王は本格的に軍を縮小し、有事には民兵を募る形に舵を切ったのだ。

 その状況下で戦後も第三王子が武人を多く抱え続けたことは、第三王子にその気がなくとも、王への非難と見られていた。

「初めは第三の殿下は武人たちの名誉を守った恩人でした。しかし、第三の殿下は次の一手を打つことはかないませんでした。武人達は、第三の殿下を見限ったのです」

 宰相が言うことに、第四王子はただただ驚き、悲しんだ。

 ──帝国の加護はゆくゆくは王国を腐らせる。王国を帝国の属国にしてはならん。弱腰の王太子になど任せられるか。

 第三王子から折に触れてそう聞かされていた第四王子だ。

 第四王子が聞き飽きるほどだったが、それでも、それは心から王国を憂えてのことだったのに。終戦後、軽く扱われるようになった武人達を救ってやろうとお考えになってのことなのに。

 それは愚かな考えだったのだろうか?

 武人達が裏切るほどに?

「第三王子の兄上は武人どもを重んじていたのに」

「重んじていたからでしょう。第三の殿下は武人を抱えすぎました。
 多くの者が集まれば、派ができてしまうものです。そして、対立が生まれます。
 そこにどなたかが第三の殿下をよく思わぬ者を紛れ込ませれば、あとは容易いでしょう」

 ──ああ、まただ。

 宰相の言うことを聞きながら、第四王子は思う。

 思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく。

 少しずつ少しずつ、一日一日と歪み、ずれて、取り返しがつかなくなるところまで。

 ──誰が?

 王国を離れている今なら、第四王子にも分かる。

 ──お前達に期待しているぞ。

 誰にも顧みられない自分にそう言ってくれた人の笑顔が、嬉しかったのに。

 同じ王の血を引く異母兄の第二王子の言葉より、他所の国の宰相の言葉を信ずるに足ると思う第四王子は、顔を覆って咽び泣いた。

※──────
・思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく
→第二章19話「一日一日の積み重ねは意外と大きい」
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