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第三章
02 会ってどうする
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はなちゃんの話は続いている。呑気な振りでお弁当を食べていたザイであったが、やはり、カイルの話を聞くのはまだ辛く思う。ザイは何回も悟られぬよう息を吐かなければならなかった。
それに、際どい話になったらどうしよう、と内心ハラハラしていた。幸いそんな様子はなかった。
カイルは、ザイが知っているだけでも交渉のあった女性は複数いた。しかし、どの女性も色々飲み込んだ上での付き合いだった。
彼女らはカイルの死後も変わらず過ごしている。
カイルさんは女性を躱す術は幾らでも教えてくれたけれど、本気で付き合う術は教えてくれなかったな、とザイは思い出す。
教わるようなものでもないが。教えられても困っていただろうが。
しかし、そういった特定の相手に対する感情的なものを、先帝侍従は世間に一切見せなかった。隙がなかった。
唯一見せたのは妹弟子と、その子ザイに対する愛情くらいだ。
それは時の宰相に協力するいい口実だったのだろう。そしてザイの母が人質としてはこの上なく不向きであったからできたことだろう。
カイルさんの恋人として「一番」の人は誰だったのだろう?
ザイは知らない。はなちゃんは知っているだろう。でも触れない。
言葉は悪いが、精霊まで垂らし込んだ師匠に感心すべきか呆れるべきか、ザイは分からなかった。
お弁当を食べ終わったザイは言った。
「わかった。はなちゃんは……、そっか、君は、『縹』なんだね」
この精霊は、「縹」以外の名を欲しくは無いのだろう。
──わたしは縹。
「うん。縹だ。いい名前。君がカイルさんに会えて良かった」
──良かった? でも悲しいの。
「縹は、悲しいの?」
──悲しいの。カイルに会いたい。
「うん、僕も会いたい」
──カイルに会いたいの。悲しいのに会いたいの。
「うん、悲しいのに会いたいんだ。会ってもどうしようもないんだけど、僕も会いたいんだよ」
そう言いながら、ザイは自嘲する。本当に会ってどうするのだ、と。
今カイルに会えたとしても、ザイがお願いだからやめてくれと言ったって、カイルがあの選択を変えることはしないだろう。だから会ったってどうしようもないんだ。
だけど、会いたい。
縹はもっと会いたいだろう。
ザイの「久しぶり」の挨拶をそうと思えない縹は、カイルとの別れを昨日のことのように思っているのかもしれない。
ザイは父母とカイルの死の痛みを分かち合えたが、縹はきっと一人で抱えていた。
「縹、君はこれからどうするの?」
──縹はカイルの一番でない。だから縹が一番長くカイルを好きでいる。
縹は精霊で、人よりずっとながい時を生きる。その時を、カイルを思って過ごすという。そうすれば、縹が「一番」になれる。
縹の話は破綻しているとザイは思う。でも縹の中では正しいのだ。それが変にザイの心を撫でていった。
それに、際どい話になったらどうしよう、と内心ハラハラしていた。幸いそんな様子はなかった。
カイルは、ザイが知っているだけでも交渉のあった女性は複数いた。しかし、どの女性も色々飲み込んだ上での付き合いだった。
彼女らはカイルの死後も変わらず過ごしている。
カイルさんは女性を躱す術は幾らでも教えてくれたけれど、本気で付き合う術は教えてくれなかったな、とザイは思い出す。
教わるようなものでもないが。教えられても困っていただろうが。
しかし、そういった特定の相手に対する感情的なものを、先帝侍従は世間に一切見せなかった。隙がなかった。
唯一見せたのは妹弟子と、その子ザイに対する愛情くらいだ。
それは時の宰相に協力するいい口実だったのだろう。そしてザイの母が人質としてはこの上なく不向きであったからできたことだろう。
カイルさんの恋人として「一番」の人は誰だったのだろう?
ザイは知らない。はなちゃんは知っているだろう。でも触れない。
言葉は悪いが、精霊まで垂らし込んだ師匠に感心すべきか呆れるべきか、ザイは分からなかった。
お弁当を食べ終わったザイは言った。
「わかった。はなちゃんは……、そっか、君は、『縹』なんだね」
この精霊は、「縹」以外の名を欲しくは無いのだろう。
──わたしは縹。
「うん。縹だ。いい名前。君がカイルさんに会えて良かった」
──良かった? でも悲しいの。
「縹は、悲しいの?」
──悲しいの。カイルに会いたい。
「うん、僕も会いたい」
──カイルに会いたいの。悲しいのに会いたいの。
「うん、悲しいのに会いたいんだ。会ってもどうしようもないんだけど、僕も会いたいんだよ」
そう言いながら、ザイは自嘲する。本当に会ってどうするのだ、と。
今カイルに会えたとしても、ザイがお願いだからやめてくれと言ったって、カイルがあの選択を変えることはしないだろう。だから会ったってどうしようもないんだ。
だけど、会いたい。
縹はもっと会いたいだろう。
ザイの「久しぶり」の挨拶をそうと思えない縹は、カイルとの別れを昨日のことのように思っているのかもしれない。
ザイは父母とカイルの死の痛みを分かち合えたが、縹はきっと一人で抱えていた。
「縹、君はこれからどうするの?」
──縹はカイルの一番でない。だから縹が一番長くカイルを好きでいる。
縹は精霊で、人よりずっとながい時を生きる。その時を、カイルを思って過ごすという。そうすれば、縹が「一番」になれる。
縹の話は破綻しているとザイは思う。でも縹の中では正しいのだ。それが変にザイの心を撫でていった。
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