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第二章

21 隠し事はバレるもの

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 そのころ、宰相邸は刺客の大漁だった。

 この邸の守護を担う宰相夫人は、困っていた。

 今までは、宰相か侍従のザイに向けて放たれた者が多かったから適当に処理をしていたが、昨日からは、第四王子を狙ってやって来た刺客が多く、処理しかねている。

 王子がこちらに来た頃は、様子を伺いに来た間諜ばかりだったので、丁重にお帰り頂いていたが、刺客は野に放てば何度でもやって来るだろう。

 しかし、だからと言って、おそらくは帝国の者でない者を夫人の判断で勝手に処分するわけにもいかない。宰相は宮に上がったきり、連絡がない。

 勝手に処分したとて、闇から闇に葬る自信はある夫人である。

 だが、先帝の御代、数々の隠し事を暴いてきた兄弟子カイルとそれを利用する夫を間近に見てきた夫人は、「隠し事はいつか明らかにされ、身を滅ぼすもの」ということも知っている。

 それに、王妃を困らせる第四王子の役に立ってやるのも夫人には癪だった。今もハクとユキを王子の護衛に付けているが、それも本当は嫌だ。

 第四王子を宰相が断じるのも、夫人は反対だった。

 王子の不興を買い、傷つけられでもしたら、と心配する夫人に、宰相は「私の身はあなたがいるから心配ない」と、いけしゃあしゃあと言う。

 ──彼の方はどのような道をたどるにせよ、一度きちんと王宮を離れるべきだ。

 そう言ってため息をついた宰相としては、窮鳥懐に入らずんば、というところであろうが、それにしても、と夫人は少し呆れている。
 
 夫人は、とりあえず、刺客たちを地下牢に張った結界に閉じ込めて様子を見ている。

 無限の闇かと思えば己の姿を時折映す迷宮仕様の結界内を彷徨い続け、そろそろ、限界に近づいて来ている刺客たちもいる。

 あまり気分の良くないことになる前に、連絡が欲しい。

 そう思っていると、秘書官が駆け込んできた。

「奥方さま! 陛下が間も無くこちらへおなりあそばされると! ご準備を!」

 先帝ほどではないが、今上もよくよくお忍びの多いことである。

 それでも、この状態を続けないで済むとホッとして、夫人は皇帝を迎える支度をするのだった。

 ※

 皇帝が宰相邸を訪れるのは久しぶりだ。

 御座に案内される途中、後ろに控える侍従筆頭が僅かに息を呑んだ。「どうした?」と、皇帝が聞けば、筆頭が「後ほどご説明を」と、小声で返す。

 「どうせ、この会話も聞かれている。今話せ」

 皇帝が筆頭にそう言った時だった。宰相夫人がやって来る気配がした。やがて、夫人が扉口に姿を見せ、その場で礼を取る。

「夫人、急なことですまない」

「恐れ多いことにございます。お迎えもなりませず、ご無礼の段、御許し下さいまし」

 衣擦れの音もさやかに礼を取る夫人の姿は、端然として緩やかでいて、隙がない。皇帝は思う。ザイの侍従姿が様になるのは、この母親の躾の賜物だろうと。

「急ぎあなたに聞きたいことができたのだ。こちらこそ許せ。ああ、ザイも宰相も知らぬことゆえ、ゆめ二人を責めるな」

「まあ、陛下にお気を使わせるとは、悪い宰相と侍従にございます」

 目を細める夫人に、皇帝は苦笑する。

 仕える主人は自分で選ぶ元女官は、夫を害する者がいれば、神にでもその力を向けるだろう。

 そんな彼女に先帝と自分は主人として選ばれなかったわけだが、夫や息子を預けてくれるほどには信頼されているらしい。

「何かとあなたを隠したがる悪い宰相だが、あなたにとっては良い夫だろう」

「もったいなくも陛下にお褒め預かるならば、私は夫を許さなくてはなりません。ザイはしばらく此方へは帰れぬでしょうから、筆頭さまからお叱り下さいまし」

 時間が惜しいと判断したらしい夫人は、話を伺うべく、皇帝に入室の許可を得て御前に進み出た。

 ※

 まずは、侍従筆頭が王国の状況を話す。聞きながら宰相夫人は「なるほど刺客が急に増えたわけだ」と納得する。ひとまずは王妃は無事と聞き、安心する。

 筆頭の話が終わり、皇帝が口を開く。

「回りくどい話は無しだ。嘘はもちろん、隠し事も無しにしてくれ。単刀直入に聞く。この度王宮に現れた竜は、北の魔山の主だと思うか?」

 何がどうなっての皇帝の質問か、と宰相が妻に詰め寄られるのは、後日のことである。
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