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第二章
20 異変あるところに ※暴力・残酷描写あり
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南の魔物退治は、延期となった。
王国騒擾の第一報は未明のこと、昼に王妃の無事がわかり、帝国の宮の者は、ひとまず胸をなでおろした。
全貌が見えたのはそれから二日後。北の宮で皇帝、宰相、侍従筆頭、ザイ、近衛長が間諜からの報告を聞く。
王太子殺害を企て第三王子が蜂起したと言う。しかし、すぐに第三皇子は捕らえられる。第三皇子の抱える武人たちによって。
仕方なく主人の命令に従ったが、王国を思うと間違いであった。間違いを正すのも仕える者の務め。そう申し出た武人たちによって、蜂起の翌日、第三皇子は王の御前に引き据えられた。
国王の前に殊勝に平伏する武人たちを真の勇士と称えたのは、第二王子だった。
第三王子は懸命に何事か申し立てようとしていたが、その言葉は不明瞭で、到底人が聞き分けられるものではなく、まるで獣が唸っているようでしかなかったという。
第三王子は武人たちに捕らえられる際、「ひどく抵抗したので」、殴られ、顎を砕かれ、両の手も折られたのだ。
「指揮だけしかやらん王子さまを捕らえるのに、そんな怪我をさせるとは、王国の主力と言われた武人どもの名が泣くなあ?」
間諜らから直接報告を受ける皇帝は、言って皮肉げに顔を歪ませる。
口封じは明らかで、あからさまな分、第二王子の残忍さが際立つ。
第三王子は、王太子の宮を襲った夜にはもう「真に国を憂える勇士たち」によって捕らえられていたらしい。
王太子の殺害が失敗した場合、武人たちは即座に第三王子の口を封じ、第二王子の関与がなかったことにする。
そのかわり、第二王子は武人たちを保護する約束だったのだろう。
粗末な布を巻かれだだけで他に何の手当てもされず、魔法の治療も手遅れとなった第三王子の顔は、どす黒く腫れ上がり、変形していた。
第三皇子は、王宮医師の努力によってようよう命を取り留めたが、顎を砕かれたせいで、水を飲むのもままならないと言う。
「医師らが無理矢理もたせている状態です。
食事は、滋養のある食べ物をすりつぶしたものを水と共に与えられているのですが、与えられる度に激痛に叫び、それがまた激痛になり、暴れまわるのを押さえつけ、無理やり注ぎ込むという、酷い有様となっております。
耐えかねて、医官や女官が何人も代わっております」
「それで、あと何日もつ?」
「ずっと保ち続けるやもしれません。
しかし、まともに話すことはもう叶いますまい。それより先に処刑かと」
王太子を殺そうとしたのだ。いくら王の直系でも逃れられぬだろう。
「なぜ蜂起は失敗したのか?」
「先の我が国の忠告に従い、王太子周辺の警備を厚くしていたのもありますが、第三王子が王太子を討たんと太子の宮になだれ込んだところ、突然竜が現れまして、第三王子は撤退するしかなかったのです」
「……」
竜王国に竜はあまり出ないのに。ついに王宮に出たとは。
ザイと宰相の目が合う。
「王妃さまも、その場に?」
宰相が言うのに、間諜がいう。
「はい、そうでございます。王妃さまは王太子妃のお見舞いにお出ででございました。怪我をした王太子、病身の王太子妃ほか、皆の避難を指揮なさったのは、王妃様でございます」
「……やたら竜に縁のある姫さまだなあ?」
皇帝が宰相を見る。宰相はしばらく考えていたが、間諜に聞く。
「竜は何体でどんな色だったか?」
「はい。竜は一体です。数は皆一致しているのですが、色は見た者によって、多少違っておりまして。黄土色に見えた、いや、金色だったと。私は金に輝いて見えたのですが、王国の者たちは、そのようなことはなかったと申します」
「それはつまり、体の色が変化する竜ということか?」
皇帝が聞くのに、間諜は答える。
「はい。そう考えられます。あるいは見る者によって色が変わって見えるとしか。
しかし、そのような竜は今まで聞いたことがございません」
「確かに、なあ?」
皇帝は頷いたものの、考え込む様子である。ザイも大いに引っかかっていた。筆頭がザイを見る。宰相の質問が続く。
「その竜は、第三王子達を攻撃したか?」
「攻撃と申しますか、現れて一声吠え、それがあまりに凄まじい大音声で、それだけで第三王子の武人たちの半数はすぐさま撤退しました。故に残りの者も撤退を余儀なくされ、それを王太子方が追撃し、その混乱の中、大風が吹いたかと思えば、突如、竜は消えました」
「王妃が竜を吹き飛ばした、とか?」
皇帝がいうのに、間諜が答える。
「いえ、恐れながら、王妃さまは、王太子妃に付き添っておられ、そのようなことはなさってはおられなかったと思います」
「……」
筆頭と、ザイが顔を見合わせ、次に同時に宰相を見る。二人のもの言いたげな視線を受けて、仕方なく宰相が切り出す。
「恐れながら陛下」
宰相が申し出る。
「そのような竜に、心当たりがございます」
王国騒擾の第一報は未明のこと、昼に王妃の無事がわかり、帝国の宮の者は、ひとまず胸をなでおろした。
全貌が見えたのはそれから二日後。北の宮で皇帝、宰相、侍従筆頭、ザイ、近衛長が間諜からの報告を聞く。
王太子殺害を企て第三王子が蜂起したと言う。しかし、すぐに第三皇子は捕らえられる。第三皇子の抱える武人たちによって。
仕方なく主人の命令に従ったが、王国を思うと間違いであった。間違いを正すのも仕える者の務め。そう申し出た武人たちによって、蜂起の翌日、第三皇子は王の御前に引き据えられた。
国王の前に殊勝に平伏する武人たちを真の勇士と称えたのは、第二王子だった。
第三王子は懸命に何事か申し立てようとしていたが、その言葉は不明瞭で、到底人が聞き分けられるものではなく、まるで獣が唸っているようでしかなかったという。
第三王子は武人たちに捕らえられる際、「ひどく抵抗したので」、殴られ、顎を砕かれ、両の手も折られたのだ。
「指揮だけしかやらん王子さまを捕らえるのに、そんな怪我をさせるとは、王国の主力と言われた武人どもの名が泣くなあ?」
間諜らから直接報告を受ける皇帝は、言って皮肉げに顔を歪ませる。
口封じは明らかで、あからさまな分、第二王子の残忍さが際立つ。
第三王子は、王太子の宮を襲った夜にはもう「真に国を憂える勇士たち」によって捕らえられていたらしい。
王太子の殺害が失敗した場合、武人たちは即座に第三王子の口を封じ、第二王子の関与がなかったことにする。
そのかわり、第二王子は武人たちを保護する約束だったのだろう。
粗末な布を巻かれだだけで他に何の手当てもされず、魔法の治療も手遅れとなった第三王子の顔は、どす黒く腫れ上がり、変形していた。
第三皇子は、王宮医師の努力によってようよう命を取り留めたが、顎を砕かれたせいで、水を飲むのもままならないと言う。
「医師らが無理矢理もたせている状態です。
食事は、滋養のある食べ物をすりつぶしたものを水と共に与えられているのですが、与えられる度に激痛に叫び、それがまた激痛になり、暴れまわるのを押さえつけ、無理やり注ぎ込むという、酷い有様となっております。
耐えかねて、医官や女官が何人も代わっております」
「それで、あと何日もつ?」
「ずっと保ち続けるやもしれません。
しかし、まともに話すことはもう叶いますまい。それより先に処刑かと」
王太子を殺そうとしたのだ。いくら王の直系でも逃れられぬだろう。
「なぜ蜂起は失敗したのか?」
「先の我が国の忠告に従い、王太子周辺の警備を厚くしていたのもありますが、第三王子が王太子を討たんと太子の宮になだれ込んだところ、突然竜が現れまして、第三王子は撤退するしかなかったのです」
「……」
竜王国に竜はあまり出ないのに。ついに王宮に出たとは。
ザイと宰相の目が合う。
「王妃さまも、その場に?」
宰相が言うのに、間諜がいう。
「はい、そうでございます。王妃さまは王太子妃のお見舞いにお出ででございました。怪我をした王太子、病身の王太子妃ほか、皆の避難を指揮なさったのは、王妃様でございます」
「……やたら竜に縁のある姫さまだなあ?」
皇帝が宰相を見る。宰相はしばらく考えていたが、間諜に聞く。
「竜は何体でどんな色だったか?」
「はい。竜は一体です。数は皆一致しているのですが、色は見た者によって、多少違っておりまして。黄土色に見えた、いや、金色だったと。私は金に輝いて見えたのですが、王国の者たちは、そのようなことはなかったと申します」
「それはつまり、体の色が変化する竜ということか?」
皇帝が聞くのに、間諜は答える。
「はい。そう考えられます。あるいは見る者によって色が変わって見えるとしか。
しかし、そのような竜は今まで聞いたことがございません」
「確かに、なあ?」
皇帝は頷いたものの、考え込む様子である。ザイも大いに引っかかっていた。筆頭がザイを見る。宰相の質問が続く。
「その竜は、第三王子達を攻撃したか?」
「攻撃と申しますか、現れて一声吠え、それがあまりに凄まじい大音声で、それだけで第三王子の武人たちの半数はすぐさま撤退しました。故に残りの者も撤退を余儀なくされ、それを王太子方が追撃し、その混乱の中、大風が吹いたかと思えば、突如、竜は消えました」
「王妃が竜を吹き飛ばした、とか?」
皇帝がいうのに、間諜が答える。
「いえ、恐れながら、王妃さまは、王太子妃に付き添っておられ、そのようなことはなさってはおられなかったと思います」
「……」
筆頭と、ザイが顔を見合わせ、次に同時に宰相を見る。二人のもの言いたげな視線を受けて、仕方なく宰相が切り出す。
「恐れながら陛下」
宰相が申し出る。
「そのような竜に、心当たりがございます」
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