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第二章

17 終わりは突然に来るという話

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 何がどうあっても最後は父に従おうと思っていたセラであるが、頭の整理が追いつかない。

 第四王子? なにそれ。いえ、お話にはお聞きしたことがありますけど。

「このまま婚約破棄をしたら、まず、セラが候補に挙がる」

「では、よそに子どもを設けた彼の方を受け入れるか、よその国の、居なくても困らないけれど居たら何かと困る王子さまに嫁ぐか、どちらかということですか?」

 母が絶望に満ちた顔で言うのに、妹などはもう涙がこぼれそうになっている。

 当のセラは「へー、そーなのね」と他人事である。こんなことなら、一回めの婚約、破棄しない方が良かったかしら、などと思う。

 いえ、でも、あの時はザイを見てしまったのだもの、あの後結婚してもろくなことにならなかった気がする。

 一人目の婚約者とこのまま結婚するだろうなと思っていた頃、セラはザイを見た。屈託無く笑う、見目好い優しい青年に、セラはすぐに夢中になった。

 一人目の婚約者とは定期的に会っていた。セラが他の誰かに夢中なのは、お相手にはどうやら十二分に伝わっていたらしかった。

 その後もそれは同様で、向こうから断られることもあった。

 何回かの内々の婚約破棄を経て、どうせ決められた相手と結婚しなければならないのだもの、会って破談になるなら、会わないで結婚してしまおう、とセラは考えた。

 だから、今回の相手とは出来るだけ会わずにしていたけれど、今度はそれが裏目に出たらしい。

 本心かどうか知るべくもないが、手紙には「婚約者と会えないから寂しかった」という言い訳が書かれていた。

 でも、私は婚約者と会えないからといって、他に子どもをつくったりはしなかった。思う人に相手にされなくて寂しくても、だ。

 どうしてそんなことを理由として手紙に書けるのか、また、どうして男なら仕方がないと何となく許されてしまうのか、セラには理解できない。

 だから、考えても仕方ないわね、とセラは思い直す。取り敢えず先のことを考えよう。

 と言っても先のことを考えるのはお父様だけど。

 セラが父を見ると、父が言った。

「セラ、お前は宮仕えを続ける気か?」

 父の問いに、セラはすぐに答えた。

「はい。できる限りはそうしたいと思っています」

 初めはザイに会いたい一心で宮に上がった。
 しかし、宮に沢山の友人ができたセラは、今はザイのことがなくても宮を辞しがたく思っている。

 また、来月には皇妃さまがお戻りになるし、そのあと皇后さまもお戻りにる。それもお子を連れて。
 無事に生まれたらお子さまを見せて下さると約束してくださった皇后さまがお帰りになるまでは宮にいたい。

 ザイのことは言わずそう話すと、父も頷いた。

「たしかに、皇后さまがお帰りになるまではな、そうした方が良いだろう」

 セラとは違った視点で、文官長は考える。もし、皇后さまが流産、などとなったとき、その原因をセラが宮を辞したことに求められても困る。そんなバカな、という理由で足元を掬われるのが宮の世界である。その理の外にいるのは、侍従たちとあの宰相ぐらいだ。

「その、第四王子さまとやらの候補を辞退することはできないのですか?」

 セラの母が言うのに、文官長が言う。

「方法がないわけではない」

「それはどんな?」

 母も妹も、身を乗り出す。

「我が家を継ぐ者が、セラの他にいないようにすることだ」
「では、私が明日にでも嫁いでこの家を出れば、姉様は異国に行かなくても済むのですか?」

セラの妹が立ち上がって言う。

「そういうことだ。だが、」
「では、私、参ります。今の方はもちろん、どなたへでも嫁ぎます。だからお父様、姉様を異国になどおやりにならないで」

 妹が勢い込んでいうのを、セラがたしなめる。

「私のことを思って言ってくれているのはうれしいけれど、落ち着いて? お父様のお話を聞きましょう?」

 はい、と言って妹が控えたのを見て、文官長が続ける。

「これは、セラ、お前が必ずこの家を継ぐというのが前提だ。お前は、来年宮を辞して、この家に帰る覚悟はあるか?」

 文官長の問いに、セラは、頭から水をかけられたような気がした。

「私が、宮を辞して」

 セラは父の言葉を確かめるように口にする。

 それまで他人事のように感じていたこの話が、ようやく自分の身の上に起こることだと実感する。

「来年に、宮を辞す……」

 私が? 来年にはもう宮のみんなに会えなくなる? 

 セラの脳裏に、皆の姿が浮かんでは消える。

 笑い合う女官やお針子さんたち、気遣ってくれる女官長や筆頭。一筋縄ではいかない陛下、お優しい皇后さま、いたずらっぽく微笑まれる皇妃さま。

 そして、セラが一番好きな、ザイの侍従姿。

 ──セラは女官を辞めたりしないだろ?

 それに自分はどう答えたかしら。

 ── そうね。少なくとも母が家の切り盛りをやってる間はね。

 そう話したのは、つい、この間のことだったのに。

 虫干しに並ぶ衣の色のように、あざやかで心踊る日々が、終わる。

「セラ」

 答えを促す父を前に、セラは小さく息を呑んだ。
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