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第二章

16 筆頭も埋め隊派のようなので

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「知るかよ! ってか、いきなりなんだよ……いや、言わなくていい、それは俺にだけは聞くんじゃねえ」

 ゲホゲホとむせながら皇帝が言う。

「おい、そこの既婚者、答えてやれ」

 皇帝に丸投げされた筆頭が言う。

「安らぎ、安心、安定でしょうかね?」

「安定……」

 ザイは起き上がって、ぼんやりと筆頭の言葉を繰り返す。筆頭はそれに微笑みながら続ける。

「もしくは思考停止?」

「思考てい……」
「うん、それ以上言うな、筆頭トラン、今日は俺が悪かった、もう家に帰っていい」

 それこそ思考停止のまま筆頭の言葉を鸚鵡返しにしようとするザイを遮った皇帝が、筆頭を労う。
 放っておけば、普段にない毒を吐きそうな筆頭である。

「では、そうさせて頂きます」

 笑って筆頭は片付けを始める。そうして、ザイに後を頼んで筆頭は帰った。

 筆頭が去ってから、皇帝はため息をついてザイを見やる。

「あーもー、お前、面倒だからちょっと宮離れてろ。筆頭まで宰相に組まれては、俺もなかなか骨が折れる」

「申し訳ございません」

 とばっちりの主人の八つ当たりに八つ当たりを返して置いて、結局主人に庇ってもらうのかとザイはまた落ち込む。

 こんな調子では、宮を離れた方が確かにいいかもしれない。妃を引き込まれた時点で、ザイができることはまずない。

「暑さも和らいだから、前から要請あった南の魔物退治に行け。東と西に兵借り受けて行ってこい」

「東西に兵を借り受けて、ですか?」

「演習な。お前鈍ってるみたいだからちょうどいいだろ。近衛の新人も連れて行け」

「と、なりますと、結構な編成となりませんか?」

「そうだな。謀反を疑われかねんくらいにな」

「陛下?」

「もしそうなったら、東の港経由で出国しろ。王妃の元へ駆け込め」

「陛下」

「冗談だ。まあ、そういう道もあるということだ」

「ございません。魔物くらい一人で退治してきます」

「やめとけ。後ろから刺客が山ほど付いてくる」

 それも魔物と一緒に倒します、とはザイは言わなかった。心配されているのは分かるが、冗談が過ぎる。

 黙るザイに、半分は冗談だ、と皇帝が言う。

「よし、指揮も人選も東西への依頼も近衛に任せよう。お前は見届け役、必要に応じて支援だ」

「畏まりました」

 そう言って、ザイは北の宮へ引き上げる皇帝の先導に立つ。

「一人で戻れる。お前も帰っていいぞ」

「そう言うわけには参りません。この後うっかり陛下に何かございましたら、冗談ではなく私が疑われます」

「はは、それもそうだな。今日は宮で寝るのか?」

「はい」

「なんだ家出か」

「……さようでございます。ご慧眼恐れ入ります」

 言い当てられて、慇懃無礼な態度をとるザイに、皇帝が弾けるように笑った。

 ※

 下ろすとセラの髪は腰まである。女官だから結い上げなければいけないという決まりはないが、セラは作業のたびに髪をまとめるのが面倒で、宮ではいつも結い上げたままにしている。

 久しぶりの家で髪を下ろして過ごしているが、煩わしいことこの上ない。特に食事のしにくいことと言ったら。

 セラが自分の髪と格闘していると、セラの母が言った。

「セラ、ゆっくり食べていいのよ?」

「……失礼しました」

 ここ数日忙しかった宮の調子で夕食を食べてしまっていたらしい。

 文官長の邸では、久しぶりに家族四人が揃って夕食を囲んでいた。

「姉様、女官ってお忙しいの?」

妹が心配そうにセラに聞く。

「そうね、忙しい時はとても忙しいの。でも、いつもではないわ。お父様達は常に忙しいけど」

 セラが宮に上がって驚いたのは、官吏達の忙しないさまだった。あの中で頂点に立つ父を、改めて尊敬したセラである。

 そして、官吏の間を縫うようにして立ち働くザイを見て、やっぱり、

 ……やめよう。虚しい。

 いつまでも恋する乙女のままでいる訳にはいかない。

 ……いかないけれど。

 思い出は思い出として、おもうだけは自由だろう。と、それこそ恋する乙女の言い訳を、心の中でセラはする。

 ……向こうには、何とも思われてないだろうけれど。

 北の宮でゆったりと袖を翻して歩くザイも、表の宮に出てきびきびと動くザイも、やはり、どちらもセラは好きだ。

 思い出して、くうっ、と握りこぶしをして何かを噛みしめるような耐えるようなセラに、母と妹は、宮だと食事を味わう余裕もないのかしら、と顔を見合わせた。

 ※

 文官長邸の夕食はそのまま静かに終わり、そして、重苦しい話し合いが始まった。
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