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第二章

10 外堀を埋めよう

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 宰相とザイは、書斎に移動した。一応は公務であるからだ。

 王妃の出立後、夜、王国大使が王からの返事を伝えてきた。

 返事は全て「了承する」とのこと。それを伝えに宰相邸に遣わされたザイだったが、既に父は分かっていたらしい。

 宰相は言う、

「『許可』か『預ける』の返事しかできぬようにしてあったからな」

と。

 第四王子は両国友好の証として、当分の間、帝国に滞在し、帝国内で見聞を広めることとなった。

 要は人質である。

「王子様は納得なさるかな?」

「さて、御側室のお二人もこちらへおいでになる。納得しようがしまいが、王子には覚悟を決めて頂かねばならない。ご正室は帝国で娶って頂くことも検討……、ああ、それでか。なんと間の悪いことだ」

 私としたことが今思い当たった、と宰相は額に手を当てる。

「セラの婚約破棄のこと?」

「お前、どの辺から聞いていた?」

「王子の話の途中から。ここに着いたらすぐシロたちに呼ばれて」

「ああ、なるほどな」

「まあ、その前に、本人からも聞いた。
 僕は思い当たらなかったんだけど、筆頭からね、嫌な話になるかもしれないから、セラとのことも一つの方法として考えろと言われたよ」

 なら話が早いが、と宰相は言う。

「お前、覚えはあるのか?」

 最近この手の話多いなと思いながら、ザイは言う。

「多少は」

 ふとした眼差しや、ため息や、そんなものから感じられるものはいくらでもある。

 それを拾うか拾わないか。ザイは、拾わないことにした。

 あのお堅い文官長様とは対極に位置する自分である。それまで見たことのなかった種類の男が珍しかったのだろうとザイは考えた。

 女官見習いとなったセラに驚いたが、宮に出れば、そのうち他の男に目が行くだろうと思った。しかし、セラの中でその熱は未だくすぶっているらしい。

「お前がセラ女官を娶る、という気はないか」

「僕には勿体ない子だよ」

 セラはいい子だ、とザイは思う。
 女官のセラなら、侍従の役目に理解がある。国を離れればいつ帰るか分からない、どこで死ぬか分からない自分でも、待っていてくれるかもしれない。でも、寂しい思いをさせるのは分かりきっている。それに自分は、セラがザイを思うほどには、セラを思えないだろう。
 
 ザイがセラに気がないことは宰相も分かるのだろう。それ以上は聞かない。

「陛下に娶って頂く、のは無理だな」

 宰相はため息をつく。ザイは言う。

「宰相の口添えで宮に上がった皇妃様と、文官長のご息女の真っ向勝負になるね。陛下の胃に穴が開く」

 無理無理、とザイは首を振る。

 そもそも皇妃にご執心の陛下である。セラでなくとも、他に誰が上がったところで勝ち目はない。

 しかし、文官長の娘となれば、陛下もご配慮なさるだろう。そうしなければ、宮は宰相派と文官長派に割れる。皇帝はセラの元に皇妃と同じくらいは通わざるを得ない。

 皇妃は政にも明るく、合理的で、はっきりしたご性格である。実務に邁進したい皇妃は、閨室としての務めが軽くなるのはこれ幸いとせっせと香を焚かれるに違いない。そして陛下が胃を痛める。

 ああ見えて皇妃に対しては驚くほど一途な陛下である。ザイは言う。

「皇后様はお優しい方だし、皇妃様を頼りにしてらっしゃる。皇妃様は皇后様を尊敬して支えていらっしゃる。今上の後宮は今、うまく回ってる。そこに我が娘をねじ込むなんて文官長様もその気はないだろうし」

「そうだな」

 宰相も頷く。文官長に野心はない。ただひたすらに娘と、受け継いで来た家を守ろうとしているのだ。

 そこに、何のしがらみもなく、未だ婚約者のいないザイがいる。

 この度の王妃の一時帰国にザイが王妃の護衛に付いたことは、少なからず宮をざわつかせたが、王妃出立の盛大な見送りを見れば、王妃を神子として支援する今上の意思は明らかなものとなった。

 となれば、王妃とザイの婚約は、今しばらくは、ない。
 そう踏んだ文官長の判断であろうが、同じことを考えつく宮の者はこれから多くなりそうだ。

 あと五年もすれば、宰相にも引退の文字がちらついてくる。良くも悪くも愛想の良いこの息子の元には今後申し込みが殺到するかもしれない。

 ザイに関しては、ただもう生きていてくれればそれでいい、そう思っていた宰相であるが、やはり宮と関わりを持って生きるなら、それだけではやっていけない。

 もともと大らかで屈託のなかったのが、カイルの死以降、大らかどころか何事にも執着をなくしてしまったようなザイの様子が、宰相は気にかかっていた。

「お前になあ、もうちょっと……甲斐性があれば」

「ええ?」

 後宮の話からいきなり自分の話になり面食らっているザイを置いて、宰相は考える。

 ザイには思う相手はいないらしい。それならセラのようなしっかりした娘にザイを捕まえていてもらえば、宰相としては安心である。万一、将来王妃が神子を降りられたとしても、あの賢い娘なら万事飲み込み、王妃を迎えるだろう。

「埋めるか」

 ザイとセラに新たに家を興させる。文官長も第四王子にセラをやるくらいなら、と妥協するかもしれない。

 宰相は、これ以上側室を迎えたくない皇帝と結託して、ザイの外堀をサクサク埋めてやろうかと考える。

「何を? 誰を⁉︎」

 父の不穏な様子に、ザイは冷や汗をかいた。
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