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第二章

05 とりあえずくっついとけ、という話

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 肩についた埃を払いながらザイが言う。

「あのさ、やっぱりこういうとこの掃除ってさ、誰かに頼めない?」

 ああ、また袖を引っ掛けた。ザイはブツブツ言う。
 
「無理だよ。隠し通路を公開するの? 掃除の度に口封じなんて君もやりたくないでしょう。使う我々が掃除するしかない」

 はい、君、話を逸らさない、という筆頭は続ける。

「そうやってね、様子を見るくらいは、セラが気になるんでしょう?」

「いやいや、見に来たんじゃないよ、君に呼ばれたから来たんだよ?」

「そうだったね。でもセラが来たからって隠れなくてもいいと思うんだけど」

「いや、『そうだったね』って君さあ……」

 どうやらザイの直上は本気で話を変えてくれないらしい。それどころか話を妙な方向に勝手に持っていこうとする筆頭は、遠慮なしに聞いてくる。

「君はそもそも結婚しないの?」

 ザイは正直に答える。

「ここまでくれば多分ね。うちの両親は、父一代で終わった方が平和だと考えてるみたい。僕もそれがいいと思う」

「そうなんだ。でも」

「そりゃあ、誰かとうちの両親みたいな夫婦になれたら……、まあ、あれはあれで結構大変そうだけど、いいなとは思うよ。でも子供育てる自信もないしね」

 育ててもらっといてなんだけど、とザイは言う。

「今は自分のことでいっぱい。少なくとも今は無理だよ」

 ──それでも君は、そんな君だからこそ一緒に歩む人を探してもいいんじゃないかな?

 そう思った筆頭だったが、言葉にはせず、心にしまっておいた。

「君はそうでも周りが放っておいてはくれないよ? これからは特にね」

「宰相閣下に勘当食らったことのある僕を娘婿に迎える猛者はいないと思うよ」

「以前はそうだったけど。侍従に復帰したんだから別方面から来るよ」

 娘を嫁がせて、或いは馴染みの女を近付けて侍従に取り入りたい、そう考える官吏はたくさんいる。それは先代の侍従たちから散々言われたことだ。

 筆頭はそうなることを避けるために、侍従に内定すると同時にさっさと伴侶を決めて結婚してしまった。他の侍従や見習いも同様で、「売れ残り」はザイだけである。

「この先妙な女に引っかからないか心配、とは父からも言われたけれど」

「そう。だから君はセラとくっつけばいい。一つの方法として、頭には置いておいて」

 からかう風でもない筆頭に、ザイは筆頭の表情が曇っているのに気付く。

「何かあった?」

「いや、まだないよ。だけどセラが本当に『今』婚約破棄するなら、これからちょっと、嫌な話になるかもしれない」

 とりあえず君がセラの愚痴を聞いたのは良かったかも、と筆頭は言う。

「セラなら婚約者殿の所に直談判しに行きかねないからね、そうなったら即破談だったよ」

 ザイも筆頭の言った『今』を考えるうちに、何となく嫌な予感がしてくるのだった。
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