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第二章

08 それを恋などとは言わせない(ただしこれは犬と呼べ)(2/2)

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 立ち上がった第四王子は、両の拳を握りしめている。宰相はそんな王子を無表情に見やる。

 他国の王子を宰相が怒らせたなど、これが宮であれば大騒ぎになろうが、ここは宰相邸。

 いつのまにか先ほどの白い獣たちが客間の四隅に現れていた。王子の怒りに反応してか、グルグルと威嚇するように低く唸っている。それを見て王子が顔を歪ませる。

「父上は、私をお見捨てになったか?」

「いいえ」

「ははは」

 王子は泣きそうな顔で笑う。宰相は国王が捨てる気があるのなら、とうに捨てさせている、と言ってやりたかったが、やめた。

「私は父にも見捨てられこのまま、王国に帰れぬのだな? あのように恐ろしい魔狼を私に向けさせてよく言う」

「いえ、犬でございます。失礼いたしました。畜生のすることです。お見逃しを」

 やめなさい、と宰相が言うのに、叱られた四頭がクーンと鳴いて、宰相に擦り寄り耳を伏せる。

「いや、あの。犬じゃないだろう」

 馴れてはいるがどう見ても大きい。王子が言うのに、宰相は平然と「犬でございます」と繰り返す。

「いや、急に部屋に現れたぞ」
「扉が開いていていたのでしょう」
「いや。たしかに閉めたし、閉まってるし」
「閉めるときに滑り込んだのでしょうか」
「いや、そんな大きなものが音もなく四頭もか?」
「はい、足音は驚くほど軽いでしょう犬は」
「それは猫だろう」
「そうでございましたか」

 宰相の答えに王子が沈黙する。

 何を思ったか、宰相は真顔で犬たちに命令する。

「おすわり」

 四頭が並んでビシッと座る。

「伏せ」

 四頭揃って伏せる。

「芸をするので犬でございます」
「わかったもういい」

 あくまで犬と言い張る宰相に、第四王子は投げやりに言う。椅子にどかりと座り、なんの話だったか、と呟く。

「お父上があなた様をお見捨てになったかどうか、でございましょう?」

 宰相が言うのに王子が嫌な顔をする。それに構わず宰相は言う。

「先にお見捨てになったのはあなたさまではありませんか?」

 亡命を企てた。

 それが父王に対する裏切りでなくてなんであろう? しかも一進一退の両軍が激突している最中でのことだ。ザイが阻止しなければ、王国兵の士気は下がり、戦の結果も変わっていたかもしれない。

「ご自分の行動がどういうことか、まさかおわかりでなかったはずはありますまい」

 宰相の断罪に、第四王子は黙る。

「とは言え、私には何ら関係のないことでございます」

 宰相が静かに言うのに、王子は顔を跳ね上げる。しかし宰相は続けて言う。

「ただ、帝国の神子を隠れ蓑になさろうというのであれば、話は別でございます」

 いつもの無表情ではない、明らかに怒りをたたえた宰相に、第四王子は身を縮ませる。それでも王子は言う。

「それは違う、私は本当に」

「それは叶わぬと申し上げました。
 あなた様が父王様にまことの忠誠を誓うのであれば、それは、そもそも、抱きようのない『想い』です」

「それは、それでも」

「一体それを誰があなた様に焚きつけたか、私は想像するしかございませんが」

 宰相の哀れみがにじむ眼差しに、王子の「違う」という言葉は、口の中で張り付いて音にならない。

 宰相は再び無表情に戻る。

「あなた様がどのようにお考えであろうと、それは父王様への不忠、国王、その王妃への侮辱、そして帝国への侮辱」

 平坦な声音は、どんな恫喝よりも恐ろしい。

「第四王子であるあなた様のお命をもってしても贖い切れぬ罪でございます」

 最後はいっそ関心がなさそうに宰相は言った。

 王子はもう、顔を上げることもできない。
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