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第一章

26 護衛二日目の夜 今上と宰相(2/2)

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 自分を真っ直ぐに見る宰相の視線に耐えかねて、捨てられた子どもが泣き言を言う。

「先の陛下もカイルもいなくなった。俺を置いて」

 宰相は、皇帝の言葉が途切れても、じっと皇帝を見ていたが、やがて言った。

「私はここにおります」
「今はな」

 皮肉げな笑みを浮かべて言う皇帝に動じることなく宰相は言う。

「私はここにおります。それこそ老いて判断を誤るどころか、左右も分からぬようになるまで、宮に留まって見せましょう。先帝陛下がご重用下さったこの私を宮から追い出す術は、今ここであなた様の剣でもって斬り捨てる他にありません。要らぬのならお斬りなさい。そうすれば私のように二君に仕える不届き者は競って宮を辞し、風通しもよろしくなりましょう」

 若い皇帝が宮を早々と掌握できたのは、先帝が望んだ譲位であったのと、この宰相が内心はどうであれ、皇帝に初めに忠誠を誓ったからである。

 その宰相を斬れば、先帝の代から仕える者たち、おそらく宮の半数を越える者は、皇帝を恐れて、あるいは見捨てて帝国から逃げ出す。傲慢な言いように皇帝は呆れ、そして泣きたくなる。

「ハッ、脅すか」
「それが帝国のためとなるならば。私はまだ帝国の宰相です」

 どこまでもふてぶてしい宰相の態度に、皇帝は先帝の言葉を思い出す。

 ──他に方法もなかったのにね、私は今でも 姫を神子にと言った宰相を恨みたくなるのだよ。それを分かっていて宰相は不遜な態度をとり続けて、私があれにいつ暇を言い渡してもいいようにしているのだ。
 それがまた悔しくてね。ザイを取り上げてやったというのに、まだ私に仕えてくれる。


 宰相は皇帝が即位してから、自分が気に入らぬのならいつでも辞めます、と言っていた。むしろ、とっととお役御免にしてくれとでも言いたげであった。それを宰相から聞かなくなったのは、先帝の崩御より後でないだろうか。

 そして今日、宰相は宮に居座ると宣言した。カイルの死が、宰相に覚悟を決めさせたのだろう。

 皇帝は思う。先帝は自分を置いて逝ってしまった。しかし、遺してくれたものがちゃんとある。
 それを守り通すことができたならば、カイルのことをいつか許せる日が来るだろうか。

 皇帝は剣を抜く。そのままつかつかと歩いて宰相の前に立つ。抜身の剣の切っ先を上げる皇帝を、宰相は見上げる。その顔が静かなままであるのに、皇帝はついに負けを認めた。

 皇帝は刃を宰相の肩に置く。

「誓え」

 即位の際に、各国の要人を招いて大広間で盛大に行われた儀式を、今は人払いをして二人以外誰も証だてする者がいない執務室で、皇帝はねだる。その宣誓は、登極の際に行われたものとは少しだけ違っていた。

「今、ここにいる俺に。この俺に仕えることを誓うか?」

「お誓いいたします。この命、あなた様に。神にでも先の陛下にでもなく、ただあなた様だけにお誓いいたします」

 剣を収めた皇帝は、命令を下した。


 カイルは丁重に葬られた。
 喪主は義妹である宰相夫人が気丈にも務め、侍従らが葬儀を執り行った。

 すでに宮を辞していたため、国葬とはしなかった。皇帝以下北の宮の皇族は弔辞のみとしたが、宰相はじめ宮の主だった者が多く参列した。また、遠く離れた西の都を治める西の宮、東の都を治める東の宮からも、それぞれ弔辞がよせられた。墓所の詳しい場所は公には秘されている。

 カイルのことは腹が立つ。しかし遺体を粗末に扱うのは行き過ぎであろう。そもそも死んだ者にそんなことをしたところで、先帝が生き返るわけがない。
 先に先帝の崩御を病のためと発表しているのを覆せない以上、カイルの死とて同様に扱わねばならない。

 皇帝は、今ならわかる当たり前のことをどうして自分は分からなかったのか、と不思議に思う。怒りに囚われていたとはいえ、とんでもない蛮行を働くところであった。

 当時も自分の態度を子どもじみている、と感じていたが、いま考えても、あれは親を亡くした子どもが、どうにもならないことに駄々を捏ねているのと大差ないと思う。未だに思い出しては、うわあと叫びたくなるほど恥ずかしい皇帝だ。

 しかしあの時本音をこぼしていなければ、自分はおかしなことになっていたかもしれない、と考える。

 幸い自分はそうならず、ザイも何とか復帰できた。宰相は相変わらずだが、以前よりさらに遠慮がなくなった。

 そして、皇帝は、公務に没頭するうち、先帝から託されたものの多さ、重さに呆然とすることになる。

 そんな中、迎えた王妃は真っ直ぐに自分を見てきた。何故お父様はあなたをお選びになったのかしら? と。
 敬愛する父の死に疑問を抱いていたらしいひとり娘は、思いもしない方法で皇帝に挑んできた。

「もし、勝負して私が勝ったなら、私の言うことを聞いてください」

 それで、初日の魔法対決になったのだが、皇帝は気分が良かった。宮で謎の爆発を起こす先帝を思い出した。

 あの姫にならザイをやってもいい。

 皇帝はそう思ったのだ。
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