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第一章

20 護衛二日目の夜 知らせる(2/2)

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「初めから」

 王妃が屋上庭園での盗み聞きに憤慨するのに、皇帝は何食わぬ顔で答える。
 こちらにもそれなりの術師がいるのでな、気配を隠すのは簡単だ、と。

「それはザイ様もご承知ですか?」
「いや」

 皇帝は事も無げに言う。

「別にザイを試したわけではない。あなたにどんな誘いを受けようと、あれが、ああ答えるのは分りきっている」
「随分と信頼していらっしゃいますのね」
「当たり前だ」
「それなのに、この場には置かれないのは何故です?」

 ザイを粗略にはせぬと言った皇帝の言葉を信じきれないらしい王妃に、皇帝は苦笑して言う。

「いや、ザイにしかできぬ用事ができたのだ。宰相が、シメたいなどと言ってきた」
「しめたい?」
「さて、私には何の事やら分からぬし、しかし、どうにも物騒なようだから、宰相邸にザイを宥めに遣わした」

 明日の出立までには宮に戻るだろうが、と皇帝は態とらしくため息を吐く。

 王妃は少し笑って、言う。

「宰相殿は相変わらずご子息にはお弱いのでしょうか」

「さて、傍目には逆に見えるのだから全く不思議な事だ。
 どこぞの『姫』にもどうやら弱いらしいようだな。
 まあ宰相が一番弱い相手と言えば細君だろうが、アレは同時に最強の守護者であるから」

 はははと、乾いた笑いをこぼす皇帝に、王妃はふふ、と笑いながら尋ねる。

「わたくし、宰相邸には何度か伺ったことがございます。奥方様には大変可愛がって頂きました。奥方様はお元気ですか?」

「ああ、宮には滅多に参らぬがな。宰相邸が水も漏らさぬ守りであるのは細君の力。あなたも安心なさると良い」

 第四王子は決して王妃に近づけさせない、そう言外に示す皇帝に、王妃は弱々しく言う。

「誠に、わたくしこのように安心した気分は久方ぶりの気が致します」

 しばらく沈黙が落ちる。王国で綺麗に微笑む王妃の孤独を、皇帝は想像した。

 そして一つ息をついて言う。

「あなたにお伝えしなければならないことがある」
「お父様のことですね?」

 ひた、と王妃は皇帝を見据える。皇帝はその視線を受け止める。そしてそのまま言った。

「そうだ。あなたは知りたがっておられる」
「はい。わたくし、覚悟はしております」
「それはどのような覚悟か?」
「何事もこの胸一つに秘め、王国で帝国の神子として務めを果たす覚悟でございます。わたくしは嫁ぐ際に、お父様から既に遺言を頂きました。それで充分でございます。ただ」

 そう言って王妃は皇帝の目を見る。

「ただ娘として、お父様の御最期を存じて置きたいのです。それだけでございます。陛下の侍従の方にお尋ねした無礼、何卒お許しくださいませ」

 そう言って王妃がこうべを垂れる。それを痛ましげに皇帝は見て言う。

「あなたに不信を抱かせたのはこちらの不手際である。すまなかった」

 頭をあげるように皇帝は王妃に言う。
 そうして侍従筆頭に結界が万全であるかを確かめて、口を開いた。


「あなたのお父上は、御自ら毒を仰がれた」

 王妃付きの女官が息を呑む音が、やけに大きく響く。
 王妃は、普通の死でないことは予想していたのだろう、静かな声で皇帝に尋ねる。

「なぜ、そうだと分かるのですか?」

 皇帝は長くなる、といって話し始めた。

 ※

 代々帝国に仕え、表に出せぬ歴史も伝え聞く家系の侍医は、しきりに首をひねった。侍医がいくら調べても、先帝の体に毒の跡はなかった。

「後で分かるのだがな……、その毒は体に残らぬものでな、最初は本当に分からなかった。原因不明であるのと、戦況が芳しくないのとで、仕方なく秘すことになった。
 戦争が終わり、ご病気であったと知らせたのはあなたも知っての通り。元々儚げな御容姿おんありさまであったし、譲位後は表にはお出ましでなかったから、みな納得した。
 しかし、それからしばらくして、カイルが私に申し出た」

 先帝は毒を仰がれた。その毒を用意したのは自分であると。

「聞いたのは私、宰相、それにザイだ。
 はじめは、誰も信じなかった。
 よしんばカイルが先の陛下に毒を盛ったとしても、先の陛下ならどんな毒でもご自分で解毒なされよう。それに、先の陛下が毒を仰がれる理由もない」

 王妃も頷く。

 自分の望んだ者に望んだ形で譲位し、宰相に新帝への忠誠を誓わせ、あとは何の憂いも無かった筈だ。

「だが、カイルは言った。先の陛下はご自分が老いることを恐れておられた。いつかご自分が老いて判断を誤ることがあるかもしれぬ、その前に。それが、毒を仰がれた理由だと。
 私はその理由に覚えがあった。紛れもなく先の陛下が、私に仰ったことと同じだったからだ。
 何故こんなに早く俺のような若輩に帝位を譲ったのかと尋ねたら、先の陛下は『お祖父さまのようになりたくないから、早々とお前に押し付けるのだよ。老いて国を混乱させたくはない』と。
 そうはならない、そんなことは俺がさせないと言ったのに」

 ギリと奥歯を噛む皇帝は、目の前に先帝がいるかのように言い募る。

 そうして一度目を閉じて、また話し始める。

「俺は、カイルが嘘を言っていないのを理解した。だがあいつは、ザイは信じない、と」

 嘘だ、そんなことができるはずがない。毒なら、なんらかの痕跡が残るはず。それに気付かない侍医ではない、と。嫌だ、とも言った。

「ならば、証明する。そう言ってカイルは、その場で、ザイの前で毒を飲んだ」

「なんてこと」

 王妃は声を震わせる。

「カイル様はなんてむごい事を」

 いくさで名を挙げたザイが、この三年世間から遠ざかっていた理由を、王妃は察した。
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