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第二章

06 息子さんをうちに下さい

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 宰相邸では第四王子の他に新たな訪問者を迎えていた。宮ではなく、他で、と言われた宰相は、首をひねりながら、客間に入る。

「お待たせしました」

「いえ、急なことにお時間を割いて頂き、ありがとうございます」

 冬の宰相に対して春の文官長、と自分とよく比較される宮の有力者は、自分が来るまで律儀にも立ったままだったらしい。古風なことだ、と内心感心しながら椅子を勧めて宰相が言う。

「それでご用件は?」

 いきなり本題に入る宰相に文官長はたじろいだようだが、何事か思い直し、こちらも単刀直入に言う。

「ご子息を、我が家の長女の婿としてお迎えしたい」

 宰相はそれなりに色々な事を想像していたが、そのどれもが外れた。しばらく文官長を見ていたが、やがて真顔で言う。

「それは考え直した方が」
「どう言う意味で、でしょうかそれは」

 正直やめとけ、と言わんばかりの宰相に文官長は思わずに聞く。

「息子は、侍従として陛下に差し上げたものです。役目柄、国外に長く居ることもあります。その先でいつ命を落とすやもしれません」

 それに、と宰相は付け加える。

「調べてはおりませんが、あの歳まで一人でおりますゆえ、馴染みの女の一人二人はいるでしょう。そういった男は、あなたのお家柄にはよろしくないでしょう」

 もちろん、正式に誰かと結婚するならザイはアッサリと別れるだろうし、それで良いと宰相は思っている。

 しかし、文官長はそうではあるまい。別れた女の方を国外に追放する、ぐらいのことはやりそうだ。

「あなたはザイ殿にご自身の家を継がせようとはお考えでは無いのですね」

 埒があかないと考えたらしい文官長は、話を変える。
 こちらの家の方針など答えてやる必要はないが、宰相は答える。

「ええ、家といっても大層なものではなく、私一代で興したものです。宰相領については、私が死ねば帝国へお返しするよう、先の陛下と取り決めました。
 妻は一人でもどこでも生きていけるでしょうし、息子も自分の食い扶持くらいは自分でどうにかできるでしょう。
 私が好きに生きてきたように、息子も好きに生きればよいと考えています」

 帝国で私領を新たに頂ける者はそう多くない。それを妻子に遺さず、全て帝国へ返上すると言う宰相に、文官長は呆れる。

「全く、そういう態度がご子息を冷遇していると見られ、果てはご子息を侍従とする今上に二心有りと見られるのですよ?」

 辞めさせたいならいつでもどうぞ。
 宰相がそう言って憚らないことを文官長は知っているが、聞きようによっては大変危険な公言である。

「はあ、しかし、こういう顔です。どう言ったところで誤解を生むのは仕方がないでしょう。
 むしろ、私と陛下、息子の関係はそれぐらいに思われている方が良いのです。悪評の気軽さ、とでもご理解いただきたい」

 先帝時代に大鉈を振るった宰相は、毀誉褒貶の激しさでも帝国史上に残るだろう。名宰相と称えられるか、奸臣と誹られるか。それは後になってみないとわからないが。

「それに、あなたのお嬢さんは、くるくるとよく働く良い女官だ。愚息にはもったいない」

 本当にもったいない、と繰り返す宰相が本心からそう言っているのが分かる文官長は面食らう。

 東の宮に見出される前は、無頼の者であったとさえ言われる宰相である。
 官吏の世界でしか生きたことのない自分には、この男を理解するのは無理だろう、と文官長は諦めた。

「そもそも、セラ女官には婚約者がいるのでは?」
「実は、その婚約者が他所に子どもをもうけまして」
「ああ、それは」
「養子にしても良いのだが、向こうも手放し難いようですし、こちらも娘を持つ親としては複雑なものがございます」
「なるほど、そのようなことが」

 宰相は思う。親としてもそうだが、文官長としても目をかけていたのが、そんな事になった腹立たしさもあろう。破談とする方が双方にとって良いだろう。

「それで新たな婚約を、ということですね。我が家は先にも申しました通り、息子は陛下に差し上げたもの、結婚に関しましても本人に任せております。
 お申し出は有難いことですが、なにぶん今は本人がお仕えだけで精一杯の様子。
 セラ女官のようなしっかりした方に支えていただければ息子にとってどんなに助けになるかとは思いますが、今しばらくは」

 家を継がせるわけではないが、婿にやる気は無い。

 言外に述べる宰相に、文官長も無理だと判断する。
 今しばらくは、と余地を残したのは、今後何かあった時、宰相が主導権を握りたいがため。

「なるほど、残念ですが、仕方がないことです。急なことを申し上げまして失礼いたしました」

 検討を、などと言わないあたり、宰相は文官長を嫌いではない。

「いえ、子を思う親なら当然のことです。
 私のような者の息子などをご息女の婿がねにとお考えくださったことは、光栄にございます」

 わずかに肩を落として帰る文官長を、宰相は見送った。

 ※

 宰相は思いのほか自分が疲れているのに気付く。最近、こんなことが増えた。
 以前ならすぐに書斎に向かっただろう足は動きたがらず、仕方なく客間で椅子に掛けて休む。

 しばらくそうしていたところで、客間の外から小さな鳴き声が聞こえた。

「クー」

 宰相が何事かと扉を開けると、そこには毛の塊、ではなく宰相邸の番犬四頭。
 それに取り囲まれて、腰を抜かしている第四王子がいたのだった。
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