31 / 119
第一章
27 護衛二日目の夜 どうよ?
しおりを挟む
「お前はさー、王妃に初恋の君とか言われて浮かれたりしないのか?」
「陛下……」
執務室にて、ザイの報告が終わっての開口一番がそのご質問て、とザイは脱力する。皇帝が至って真面目な顔であるので尚更だ。
チラリと筆頭を見ると、筆頭は我関せずである。仕方なく、ザイは答える。
「ただただ驚くばかりですよ。正直に申し上げますと」
「ふーん、でも、あんな美人に言い寄られて悪い気はしないだろ?」
どこか面白がる風に聞いてくる皇帝にムッとしながらもホッとして、ザイは申し上げる。
「そう言う意味では言い寄られておりません」
勘弁してくれと言う気持ちをザイは隠さない。
「では、恐れながら申し上げますが、陛下は例えば、幼馴染のどなたかにそのようなことを申されたら、どうお思いです?」
途端に皇帝は黙る。
ザイの言う「幼馴染のどなたか」は皇后のことである。そして、皇帝は「そのようなこと」どころでないことを申されているのである。
現在、出産に備えて里下がりをしている皇后は、幼い頃から皇帝を一途に想い続けていた。
一方、生まれながらの婚約者に対し、幼馴染以上の感情を持てなかった皇帝は、わざとあちこちに通い先を作り、皇后側から破談にさせようとした。
戦場から帰るたびに違う女の元で休む皇帝に、事実、皇后の父は破談にしようとしたが、皇后が頑として嫌だと言い張った。皇帝の心が他の姫にあるのを知っても、皇帝以外には嫁がぬと言い、「ほかに妃や愛妾を何人娶ろうと構わない、自分を正室とせずとも良い」とまで宣言した。
結局、皇后の父の嘆願と、皇帝の女人方で最も身分が高かったことから、皇后に立てられたが。
筆頭が「あー、言っちゃったー」みたいな顔をしているが。ザイはあえて気づかないふりをする。皇帝は半眼でザイを見る。
「それを、言う?」
「例えば、と申し上げました」
「そうかよ」
ムッとした顔で皇帝は頭をかく。
「俺好かれるような覚えないんだけどな……」
「お調べいたしましょうか」
「いらん」
遠慮なく畳み掛けるザイに、皇帝は、今の言い方宰相にそっくりだとぶつくさ言っている。
「私も覚えがないです。ですから、驚いたんです」
「それ、王妃に言ってないだろな?」
「申し上げてはいませんが、もう、これ以上なくバレてると思います」
「あー…」
終始ザイをからかう様子だった王妃を、皇帝と筆頭は思い出す。
覚えがない、と言っても、言われてみれば、ということはザイにも色々思い出せた。となると、ザイも少々気まずいのである。
子どもの頃の話とはいえ、ザイが『姫』を全く、これっぽっちも、爪の先ほども、そういった相手として見ていなかったのは、なかなかに王妃の頭にきたのではないだろうか。
「とりあえず王妃には、どっかの城でも吹っ飛ばしてもらって鬱憤晴らしてもらうしかねえな」
「何を物騒なことおっしゃってるんですか」
「いやあ? 第四王子にこちらにいてもらう間に色々と」
皇帝がニヤリと口の端を吊り上げる。
「陛下、まさか本気で……」
王妃様に謀反を起こさせる気ですか、と筆頭がおずおずと聞くのに、皇帝は笑う。
「神子が嫁ぎ先の国を乗っ取るのは他の国に警戒されるからな、ダメだ。あくまで、王国は王国のままに、王妃が心安らかに神子としての務めが果たせるようにするだけだ」
方法は色々あるだろう? と言う皇帝に、侍従二人は目を見合わせた。
「戦が終わって、落ち着くところに落ち着いた。帝国の後ろ盾など要らぬと考える第二王子がそろそろ動き出すはずだ。それを見守るだけだ」
宰相の言う通り、王や王太子が対処するならそれでよし、しないのならば。
「我らが神子がお慕いする王を、帝国がお助けに上がっても、構うまい? あるいは、神子自ら、王国を思うがゆえに動かれるかもしれぬな」
皇帝は言う。王妃にはまだ話していないが、おそらく帝国の援助を王妃は拒否はしないだろう、と。
「宰相が、王妃の身辺警護に帝国の者を遣ることを王に許可をもらえと王国大使に持ち帰らせている。その返事で、色々わかることもあるかもしれん」
なんにせよ、準備はぬかりなく。
そう言い渡す皇帝に侍従二人は静かにこうべを垂れた。
「つか、いい加減にしないと俺より先に宰相が切れる」
それ以前にも王の弱腰外交が相当に不満だったようだからな、とため息を吐く皇帝に、侍従二人はこうべを垂れたまま「誠に」と申し上げるしかなかった。
「陛下……」
執務室にて、ザイの報告が終わっての開口一番がそのご質問て、とザイは脱力する。皇帝が至って真面目な顔であるので尚更だ。
チラリと筆頭を見ると、筆頭は我関せずである。仕方なく、ザイは答える。
「ただただ驚くばかりですよ。正直に申し上げますと」
「ふーん、でも、あんな美人に言い寄られて悪い気はしないだろ?」
どこか面白がる風に聞いてくる皇帝にムッとしながらもホッとして、ザイは申し上げる。
「そう言う意味では言い寄られておりません」
勘弁してくれと言う気持ちをザイは隠さない。
「では、恐れながら申し上げますが、陛下は例えば、幼馴染のどなたかにそのようなことを申されたら、どうお思いです?」
途端に皇帝は黙る。
ザイの言う「幼馴染のどなたか」は皇后のことである。そして、皇帝は「そのようなこと」どころでないことを申されているのである。
現在、出産に備えて里下がりをしている皇后は、幼い頃から皇帝を一途に想い続けていた。
一方、生まれながらの婚約者に対し、幼馴染以上の感情を持てなかった皇帝は、わざとあちこちに通い先を作り、皇后側から破談にさせようとした。
戦場から帰るたびに違う女の元で休む皇帝に、事実、皇后の父は破談にしようとしたが、皇后が頑として嫌だと言い張った。皇帝の心が他の姫にあるのを知っても、皇帝以外には嫁がぬと言い、「ほかに妃や愛妾を何人娶ろうと構わない、自分を正室とせずとも良い」とまで宣言した。
結局、皇后の父の嘆願と、皇帝の女人方で最も身分が高かったことから、皇后に立てられたが。
筆頭が「あー、言っちゃったー」みたいな顔をしているが。ザイはあえて気づかないふりをする。皇帝は半眼でザイを見る。
「それを、言う?」
「例えば、と申し上げました」
「そうかよ」
ムッとした顔で皇帝は頭をかく。
「俺好かれるような覚えないんだけどな……」
「お調べいたしましょうか」
「いらん」
遠慮なく畳み掛けるザイに、皇帝は、今の言い方宰相にそっくりだとぶつくさ言っている。
「私も覚えがないです。ですから、驚いたんです」
「それ、王妃に言ってないだろな?」
「申し上げてはいませんが、もう、これ以上なくバレてると思います」
「あー…」
終始ザイをからかう様子だった王妃を、皇帝と筆頭は思い出す。
覚えがない、と言っても、言われてみれば、ということはザイにも色々思い出せた。となると、ザイも少々気まずいのである。
子どもの頃の話とはいえ、ザイが『姫』を全く、これっぽっちも、爪の先ほども、そういった相手として見ていなかったのは、なかなかに王妃の頭にきたのではないだろうか。
「とりあえず王妃には、どっかの城でも吹っ飛ばしてもらって鬱憤晴らしてもらうしかねえな」
「何を物騒なことおっしゃってるんですか」
「いやあ? 第四王子にこちらにいてもらう間に色々と」
皇帝がニヤリと口の端を吊り上げる。
「陛下、まさか本気で……」
王妃様に謀反を起こさせる気ですか、と筆頭がおずおずと聞くのに、皇帝は笑う。
「神子が嫁ぎ先の国を乗っ取るのは他の国に警戒されるからな、ダメだ。あくまで、王国は王国のままに、王妃が心安らかに神子としての務めが果たせるようにするだけだ」
方法は色々あるだろう? と言う皇帝に、侍従二人は目を見合わせた。
「戦が終わって、落ち着くところに落ち着いた。帝国の後ろ盾など要らぬと考える第二王子がそろそろ動き出すはずだ。それを見守るだけだ」
宰相の言う通り、王や王太子が対処するならそれでよし、しないのならば。
「我らが神子がお慕いする王を、帝国がお助けに上がっても、構うまい? あるいは、神子自ら、王国を思うがゆえに動かれるかもしれぬな」
皇帝は言う。王妃にはまだ話していないが、おそらく帝国の援助を王妃は拒否はしないだろう、と。
「宰相が、王妃の身辺警護に帝国の者を遣ることを王に許可をもらえと王国大使に持ち帰らせている。その返事で、色々わかることもあるかもしれん」
なんにせよ、準備はぬかりなく。
そう言い渡す皇帝に侍従二人は静かにこうべを垂れた。
「つか、いい加減にしないと俺より先に宰相が切れる」
それ以前にも王の弱腰外交が相当に不満だったようだからな、とため息を吐く皇帝に、侍従二人はこうべを垂れたまま「誠に」と申し上げるしかなかった。
0
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
宰相さんちの犬はちょっと大きい
すみよし
恋愛
最近親しくなった同僚が言いました。
「僕んち、遊びに来る?」
犬飼っててねー、と言うのを聞いて、行くって言いかけて、ふと思い出しました。
──君ん家って、天下の宰相邸、ですよね?
同僚の家に犬を見に行ったら、砂を吐きそうになった話。
宰相さんちの犬たちはちょっと大きくてちょっと変わっている普通の犬だそうです。
※
はじめまして、すみよしといいます。
よろしくお願いします。
※
以下はそれぞれ独立した話として読めますが、よかったら合わせてお楽しみください。
・「宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─」
:若い頃の宰相夫人シファと、シロたちの契約の話。「元皇女が出戻りしたら…」の生前のカイルもチラッと出ます。
・【本編】「元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです」
:ザイが主人公。侍従筆頭になったトランや、宰相夫妻も出ます。
※
カクヨム投稿は削除しました(2024/06)
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした
瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。
家も取り押さえられ、帰る場所もない。
まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。
…そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。
ヤクザの若頭でした。
*この話はフィクションです
現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます
ツッコミたくてイラつく人はお帰りください
またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる