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第一章

27 護衛二日目の夜 どうよ?

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「お前はさー、王妃に初恋の君とか言われて浮かれたりしないのか?」

「陛下……」

 執務室にて、ザイの報告が終わっての開口一番がそのご質問て、とザイは脱力する。皇帝が至って真面目な顔であるので尚更だ。

 チラリと筆頭を見ると、筆頭は我関せずである。仕方なく、ザイは答える。

「ただただ驚くばかりですよ。正直に申し上げますと」

「ふーん、でも、あんな美人に言い寄られて悪い気はしないだろ?」

 どこか面白がる風に聞いてくる皇帝にムッとしながらもホッとして、ザイは申し上げる。

「そう言う意味では言い寄られておりません」

 勘弁してくれと言う気持ちをザイは隠さない。

「では、恐れながら申し上げますが、陛下は例えば、幼馴染のどなたかにそのようなことを申されたら、どうお思いです?」

 途端に皇帝は黙る。
 ザイの言う「幼馴染のどなたか」は皇后のことである。そして、皇帝は「そのようなこと」どころでないことを申されているのである。
 
 現在、出産に備えて里下がりをしている皇后は、幼い頃から皇帝を一途に想い続けていた。

 一方、生まれながらの婚約者に対し、幼馴染以上の感情を持てなかった皇帝は、わざとあちこちに通い先を作り、皇后側から破談にさせようとした。

 戦場から帰るたびに違う女の元で休む皇帝に、事実、皇后の父は破談にしようとしたが、皇后が頑として嫌だと言い張った。皇帝の心が他の姫にあるのを知っても、皇帝以外には嫁がぬと言い、「ほかに妃や愛妾を何人娶ろうと構わない、自分を正室とせずとも良い」とまで宣言した。

 結局、皇后の父の嘆願と、皇帝の女人方で最も身分が高かったことから、皇后に立てられたが。

 筆頭が「あー、言っちゃったー」みたいな顔をしているが。ザイはあえて気づかないふりをする。皇帝は半眼でザイを見る。

「それを、言う?」
「例えば、と申し上げました」
「そうかよ」

 ムッとした顔で皇帝は頭をかく。

「俺好かれるような覚えないんだけどな……」
「お調べいたしましょうか」
「いらん」

 遠慮なく畳み掛けるザイに、皇帝は、今の言い方宰相にそっくりだとぶつくさ言っている。

「私も覚えがないです。ですから、驚いたんです」

「それ、王妃に言ってないだろな?」

「申し上げてはいませんが、もう、これ以上なくバレてると思います」

「あー…」

 終始ザイをからかう様子だった王妃を、皇帝と筆頭は思い出す。

 覚えがない、と言っても、言われてみれば、ということはザイにも色々思い出せた。となると、ザイも少々気まずいのである。

 子どもの頃の話とはいえ、ザイが『姫』を全く、これっぽっちも、爪の先ほども、そういった相手として見ていなかったのは、なかなかに王妃の頭にきたのではないだろうか。

「とりあえず王妃には、どっかの城でも吹っ飛ばしてもらって鬱憤晴らしてもらうしかねえな」

「何を物騒なことおっしゃってるんですか」

「いやあ? 第四王子にこちらにいてもらう間に色々と」

皇帝がニヤリと口の端を吊り上げる。

「陛下、まさか本気で……」

 王妃様に謀反を起こさせる気ですか、と筆頭がおずおずと聞くのに、皇帝は笑う。

「神子が嫁ぎ先の国を乗っ取るのは他の国に警戒されるからな、ダメだ。あくまで、王国は王国のままに、王妃が心安らかに神子としての務めが果たせるようにするだけだ」

 方法は色々あるだろう? と言う皇帝に、侍従二人は目を見合わせた。

「戦が終わって、落ち着くところに落ち着いた。帝国の後ろ盾など要らぬと考える第二王子がそろそろ動き出すはずだ。それを見守るだけだ」

 宰相の言う通り、王や王太子が対処するならそれでよし、しないのならば。

「我らが神子がお慕いする王を、帝国がお助けに上がっても、構うまい? あるいは、神子自ら、王国を思うがゆえに動かれるかもしれぬな」

 皇帝は言う。王妃にはまだ話していないが、おそらく帝国の援助を王妃は拒否はしないだろう、と。

「宰相が、王妃の身辺警護に帝国の者を遣ることを王に許可をもらえと王国大使に持ち帰らせている。その返事で、色々わかることもあるかもしれん」

 なんにせよ、準備はぬかりなく。

 そう言い渡す皇帝に侍従二人は静かにこうべを垂れた。

「つか、いい加減にしないと俺より先に宰相おっさんが切れる」

 それ以前にも王の弱腰外交が相当に不満だったようだからな、とため息を吐く皇帝に、侍従二人はこうべを垂れたまま「誠に」と申し上げるしかなかった。
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