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第一章

25 護衛二日目の夜 今上と宰相(1/2)

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 皇帝は一人ぼんやりと王妃が辞した跡をみる。
 話してしまえばいくらか楽になると思っていたのに、実際は気が重くなるばかりだ。皇帝の自分には、これからもこんなことが増えていくのかと。

 スッキリしないのは、王妃に全ては話していないからだろう。いや、必要なことは全て話した。事実を出来る限り淡々と話した。話していないのは、皇帝の感情だけだ。

 皇帝は未だカイルを許せないでいる。何故止めなかった、何故知らせなかった、生きていれば皇帝は剣を突き付けてカイルを問い詰めたはずだ。それもさせずに逝ったカイルが腹立たしくて仕方がない。何があとはご自由に、だ。

 今でさえこうなのだから、カイルが死んだ時の皇帝は、憤死するかと思うくらいカイルを憎んでいた。

 先帝に教えられ躾けられ、我を捨て言動を慎む皇帝足らんとする青年はもういなかった。本来の猛々しい性が皇帝を吞み込もうとしていた。

 カイルの遺体を埋葬せずに投げ打ってやろうかとさえ考える皇帝を諌めたのは宰相だ。  
 
 すでに宮を辞していたとはいえ、先帝侍従であった者の死にこれ以上不審を抱かせてはならない、どうかご深慮のほどを。そう言う宰相は、いつも通り無表情であった。

 その態度は皇帝には気に障るものだった。淡々としている宰相に対して、腹を立てている自分がまるで機嫌を損ねた子どものように思え、それを無言でなじられているような気がした。

 黙る皇帝に宰相は跪いて言った。

「先帝の侍従殿の遺体を投げ打つというのなら、先帝にお仕えした私も一緒に打ち捨ててください。私の目を潰し耳を落とし喉を掻き切ってどこへとなりとお捨てになるがよろしい。そうすれば私は後々帝国が滅びるのを見聞きせずに済み、あなた様も私の申し上げるまらぬことなど聞かずに済みます」

 言い募る宰相を見るうちに、皇帝は気付く。

 妻と息子の前で命を絶ったカイルを、宰相は許しているのだ。

 妹弟子である夫人のことを頼むというカイルの最後の言葉以外に、二人の間にどんな約束があったか皇帝は知らない。夫人を介して仕方なく協力しあっていると周りには見えていたが、実際はどうだったのだろう。

 皇帝には見えなかった確かな信頼が二人にはあり、それはカイルが逝った後も続いている。

 そう考えた瞬間、皇帝は自分の足元がぐらりと傾く思いがした。

 皇帝の自分には何もない。

 眼の前の敵を斬り伏せれば良かった戦場から、誰が敵か味方かもしれぬ宮に自分を導いた先帝が、皇帝のあずかり知らぬ所で毒を仰いだ。
 それは皇帝にとって、突然裏切られ、捨てられたも同然だった。

 黙り込む皇帝に、なおも宰相は言う。

「どうか死者に鞭打たれるのはおやめください。人心が離れます。先帝侍従を粗末に扱えば、先の陛下の崩御についても、疑いの目が向けられ、不安が広がります。そこを他国に突かれれば、国は滅びます。私は先の陛下と守ってきたこの帝国を、あなた様の一時の激情で滅ぼされるのを黙って見ているわけには参りません」

 そう言って宰相は叩頭し皇帝の言葉を待つ。

 言いたいことだけ言いやがって、とそれこそ子どものように癇癪を起こすのを耐えていた皇帝の口から出たのは、皇帝自身も思いもよらない言葉だった。

「それでも、アンタもいなくなるんだろ」

 場違いな、またあまりに弱々しい皇帝の言葉に、宰相が顔を上げた。
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