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第一章

24 護衛二日目の夜 先帝侍従と今上侍従

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 筆頭は、にこにこと笑うザイが、復帰するまでどんなに嘆き、もがいたかを知っている。

 今夜、改めてカイルの最期を聞いて、筆頭は思う。よくザイが留まってくれたものだ、と。

 ザイの友人たちが皇帝に礼を申し上げていたが、彼らも筆頭と同じような気持ちだっただろう。

 出仕が滞りがちであったザイを批判する向きがないわけではなかった。それを侍従として留めおいたのは皇帝である。官吏らはザイの命を救ってくれたと皇帝に感謝した。

 しかし、それだけではないだろう、と筆頭は考える。

 彼らもカイルとはそれぞれに思い出があったはずだ。カイルの死が彼らを揺さぶったのは想像に難くない。

 そんな彼らにとって、なり振りを構うこともできずカイルの死を悼んだザイが宮に復帰したことは、彼らにとっても許しとなったに違いない。

 宮を死で穢したとされるカイルを、悼んでも良いと。表向きはともかく、少なくとも陛下はそれを許してくださるのだと。

 それは、生前のカイルに助けられた筆頭の思いでもある。

「ねえ、ザイ」
「うん?」
「君はカイル様に、」

 筆頭が言いかけてためらう。──君は、カイル様に最後に何を言付かったの?

 喉まで出かかったそれを飲み込み、結果、筆頭は妙な質問をしてしまう。

「カイル様に、今、会えたら、何かお聞きしたいことある?」

 ザイは目を丸くする。

「カイルさんに聞きたいこと? 今? ええ? 難しいねそれ」

 ザイは首をひねって考える。

「……ない、かも」
「そうなの?」

 意外だ、と言う筆頭に、ザイ自身も驚いたように言う。

「うん、そう、だよね。でも、ない、なあ……」
「そうなんだ」

 ザイはしばらく考えて言う。

「とりあえず僕は生きてます、みたいな報告はするだろうけど。うーん。でも聞きたいこと……、ない、かな」
「そうなんだね」

 ザイは一応返事はしたものの、うんうん考えている。やはりそれでも思いつかないらしい。真剣に考えるザイが少しだけおかしくて、筆頭が笑う。

「君は何か聞きたいことがあるの?」

 筆頭の質問の意図を図りかねたザイが不思議そうに聞き返すのに、筆頭はちょっと気まずい思いをしてしまう。

 しかし、ふと考える。今、侍従筆頭である自分が、カイル様にお聞きしたいこと。考えて考えてそして

「ない、かも」

 出てきた答えはザイと同じだった。本当は、ザイに何を言い遺したのか聞いてみたいが、それは、ザイが話したくなったときにザイから聞きたいと思う。それ以外と言われれば筆頭も思いつかない。

「筆頭になった頃、とても良くしてくださったから、侍従として今も困ることはないし、そもそも私にカイル様の真似事はできても、カイル様のやり方そのままは、絶対出来るとは思えないから」

「そう。僕もそうだよ。困ったときにさ、立ち居振る舞いとかそういうのは気が付けば真似しちゃってるけどね。でも先の陛下と今上は全然ご性格が違うし……、うん、やっぱりないかなあ」

 思えば不思議なことである。侍従として集められ、カイルに教え込まれたものは今、完全に彼ら自身のものになりつつある。

 カイルは本当に何もかも綺麗に整理して逝ってしまった。残るのは、彼の死そのものが立てた彼の悪評と、皆の心を抉った傷痕だけ。筆頭は、最後までカイル様らしいことだと思う。そんなことを考えていた筆頭にザイが聞く。

「君はさ、侍従筆頭として、カイルさんから遺言ってあった?」

 自分がしたかった質問をされて、筆頭は内心焦るが、筆頭は答える。

「いや、何も」
「そうなの」

 それこそ意外だ、と言いたげなザイを前に筆頭は記憶をたどる。遺言は無かった。しかし。

「でも頂けるものは私は全て頂いているような気がするよ。カイル様が宮を辞される前、『もう大丈夫ですから、あなたの好きになさい』と言ってくださってね」

「へえ、カイルさんが?」

「ああ、急にだったから凄く驚いたんだけれど、今になってみれば」

 筆頭は、息を吐く。カイルが宮を辞す日、カイルの跡を継ぐ筆頭の自分は、あまりにも不安そうな顔をしていたのだろう。カイルからすれば滑稽に見えたかもしれない。困ったように微笑まれて、しかし自分はそれで随分ホッとしたものだ。

「今になってみれば、あれがご遺言だったんだろうと思う」

「そうか……」

 筆頭が答えたのに考えむ様子のザイである。そんなザイを前に、筆頭は迷った末、思い切って尋ねてみる。

「君は、カイル様から何かご遺言があった?」

「うん……。ただ意味がわからなくてね」

 考えてはいるんだけど、と困惑をそのまま載せた顔でザイが言った。

「意味がわからない?」

「うん。最後に、本当に最期に聞いたんだけど、未だ僕の中でしっくりこなくてね」

 ザイは眉根を寄せて物思いにふけっている。

 それは、復帰後ザイがよく見せるようになった表情だ。それでも以前の見ている方が苦しくなるほどの荒れようはザイにはもう見えず、本来の彼らしい素直でおおらかな態度であることが多い。
 ザイはもうカイルの死を受け入れているとみえる。

 対して陛下はどうだろうか。

 筆頭の顔色が冴えないのは、ザイや王妃のこと以外にも、それが原因だった。
 たしかに陛下は、カイルを悼むザイを許し側に置いてはいる。

 しかし、陛下こそ、先帝やカイル様の死から立ち直ってはおられないのではないか?

 皇帝とザイは主従であるが、戦場で生き死にを共にしたためか、まるで悪友のような関係である。じゃれ合いが過ぎて宰相に顔をしかめられることもある。

 そんな二人のカイルの死の受け止め方の差が、筆頭の心にほんの少しの不安を呼ぶのだ。だからこそ、カイルがザイに皇帝に聞こえないように最期何を言ったのか気になる。

 しかし、ザイがカイルの死を受け入れていると言っても、彼も立ち直りの最中である。屋上庭園にて王妃の誘いにザイが言い淀んだのは確かで、彼が宮を離れたがっているのは明白だった。
 それでも必死で侍従であろうとする今のザイにはするべき質問ではなかった。筆頭はそう判断する。

「じゃあ、しっくりきたら、いつか話してくれる?」
「ありがとう、そうさせて」

 ごめんね、復帰したとはいえ以前みたいにはいかないみたいだ、とザイはもどかしそうに言う。時々考えがまるでまとまらない時がある、と。

「大丈夫だよ。私は君が帰ってきてくれて随分楽になってる」

 筆頭は言う。カイルはザイを「不出来な弟子」と言い続けていたが、地方官としての経験もあるザイは、実務においてすこぶる優秀なのである。

 だが、常に今上に付いている自分と、今上の手足となってあちこち飛び回るザイでは、見えているものが違う。意見が異なり、時に双方譲らないこともある。

 それでも、沢山の装束を前に悩んだりする今上の優しさに、二人でこっそり笑いあえる、そんな相手がいることこそが、筆頭の支えだ。

「そろそろご報告に行こうか。終わったら、明日の準備を手伝ってくれる? 王妃様の出立を午後に遅らせたから、その調整がいる」

「わかった」

 侍従二人は皇帝の元へと向かった。
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