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第一章

23 護衛二日目の夜 取り敢えずの措置とその先のこと

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「ええと落ち着かれて閣下」
「お前はもっと怒れ」

 白々しく侍従らしく言うザイに、宰相が半眼になる。ザイは笑う。怒るの面倒臭い、と。

「色々なことはおいとくとして、王子が王妃につきまとっているっていうのは本当なんだね」

「ああ、ご本人としては、一途に王妃を想ってのお振る舞いのようだ」

 ザイが聞くのに、宰相が苦々しく答える。夫人も言う。

「昨日はほとんどそのお話でした。王妃さまがどんなにお嫌だったかと思うと」

 宰相が顔をしかめる。

「しかも王妃さまのお心がご自分に向けられているとお思いで、浮気だ何だのと。お聞きしていて頭が捻れるかと思った」

「そっかー。おつかれ。そりゃ沈黙の方がマシだったね」

 王子には違う世界が見えているのか思い込んでいるのか。韜晦にしてもうんざりする内容のお裾分けをされたザイも渋い顔をする。

「しかし、どうもあの方は自分でも分からぬままに、相手が望む形になろうとされるようだ。同盟国とはいえ他所の宰相におもねるのだから。王子の話のどこからどこまでが本当か、とても信用できたものでない。私が聞いたままを王や陛下に申し上げたとて、私が讒言を弄しているとしか思われん内容だ」

 宰相の言うところによると、王子は年長の者、自分より上の立場の者には逆らわず、その分自分より年の若い者、侮った者には強く出るようだ。

 それはこれといって劣った所はないが秀でたものも持たない第四王子が、兄王子たちに害されずに王国で生き延びる術であっただろう。

「王妃へのご執心も、第四王子ご自身だけのものとも言えないようにも思う。第二王子にいいように使われていると分かってはいるが、かと言って逆らうことも出来ないのだろう」

 ああいうのは敵にはならぬが味方にもならない。常に安心させてやらないと、すぐに敵方に奔る。その面倒を呑むか否か。

「面倒だね」
「面倒だ」
「面倒ですね」

 侍従と宰相夫妻の意見は一致した。落ちた沈黙が重い。

「よし、吊るすか」
「ダメです」

宰相が言うのに、侍従は諌めた。

「王妃滞在中に王国の王子が帝国のどっかの門でぶらんぶらん揺れてるとか、ダメだと思うよ?」

 王妃を出すと宰相も仕方なく黙る。

 ザイは気分を変えるために、用意されていた茶器でお茶を淹れはじめた。

 三人でお茶を口にして、ホッと一息つく。

「ザイ、美味しいわ」
「そう? 母さんに褒められると自信がつくよ」

 僕の大先輩だからね、とザイは元女官の母に笑って言う。

「さて、物騒なことを聞いた手前、これからどうするか」

 宰相が考え込むのに、ザイが言う。

「何らかの形でお知らせすれば、王太子さまが対処なされるかな?」

「だといいのだが、あの方も父君に似て鷹揚でいらっしゃるからな。それに第三王子も第二王子についているとなると、面倒ではある」

 第三王子は、王国主力の武人を多数抱えている。

「王にはそれとなく報告するに留めておこう。帝国は、次の代に関しては干渉できぬから」

 第四王子の話が真実であろうが、兄王子たちを陥れる讒言であろうが。

 跡を継ぐのが王太子であろうが、それ以外であろうが。

 帝国にはさしたる問題ではない。

 ただ、帝国の神子を軽んじると言うなら話は全く変わってくる。王妃を、と望む第四王子を「望むなら精進しろ」などと言ってはっきり諌めない第二王子たちは、おそらく王妃を疎んでいる。

「第四王子は当分こちらでお過ごし頂く。それでも対処なさらぬようであるなら」

 その先は宰相であってもまだ口にはしない。

 ザイは静かに茶を飲みながら、先の戦で叩き込んだ王国とその周辺の地理を思い出している。

 第二王子がどれだけ各国から援軍を得るかわからないが、陛下の指揮の下、自分がそれに従えば、負けることはない。

 それは先の戦で皇帝と共に転戦したザイが得た確信に基づくもの。


 ザイは宰相からいくつかの伝言を預かり、宮に戻った。

 ※

 宮に着き、すぐに皇帝のもとに行こうとしたザイは、筆頭に引き止められた。

「お疲れ様。陛下は少しお休みになっているよ」

 もう少ししてから行った方が良い、と筆頭が言うのに、ザイは主人が心配になる。そんなザイに、筆頭が説明する。

「いや、大丈夫。少し仮眠を取られるだけだよ。王妃様も迎賓館に戻られた。王妃様は泣いていらしたけれど、気丈な方だね。誰もお恨みにはならないとおっしゃっていたよ」

「……やっぱりカイルさんのこともお伝えしたの?」

「ああ、そうしなければ、信じては頂けないよ。陛下がご覧になったことを全てお話しされた」

「そうか」

 あの日のことを全て話されたのか陛下は。ザイは胸がグッと音を立てて締まるような気がして、そっと自分の袖をつかむ。

 王妃に先帝の崩御について話すことを進言したのはザイである。知らせる役は自分だと勝手に思っていたが、ザイは宰相邸に使いに出された。

 せめてその場に居たかったが、ザイがカイルの話をするのも聞くのもまだ無理だと皇帝に判断されたのだろう。

 主人に庇われたことが、ザイは情けない。申し訳なくて、悔しくもある。それなのに、どこかホッとしている自分の卑怯さに、ザイは嫌になる。

 陛下は大丈夫だろうか? 王妃は今夜ちゃんと眠ることができるだろうか?  
 そして

「君は?」
「私?」

 あの日、名代として赴いた先から帰ることが出来ず、次の日の朝に物言わぬカイルと対面した筆頭は、カイルの遺体の前で座り込み長い間動けなかったと聞いている。それでも葬儀の一切を取り仕切り、カイルを送った筆頭である。

 それを支えるべきザイは、まるで薄衣を一枚隔てた、夢の中にいるような状態であった。彼にはどれほどの負担をかけたことか。

 筆頭がカイルの最期のことを聞くのは今日が初めてではない。しかし、陛下が詳しく話されるのを聞くのは初めてだろう。

 心なしか、彼の顔色は悪い。そうザイが言うと、筆頭は微笑んで言った。

「私は大丈夫。ただ、王妃様がおいたわしくてね。それに、君が生きていてくれて、本当に良かったと思ったんだよ」

「あはは。心配させてごめんね」

 ザイは決まり悪く笑う。

「陛下も、また僕が出仕しなくなるんじゃないかって、御心配なのかな」

「それもあるけれど、陛下ご自身でお伝えしたかったんだと思う」

 筆頭はザイを慰める。陛下は、ザイを信頼していらっしゃらない訳ではないよ、と。それにザイはありがとうと言った。

 これ以上皆を心配させるわけにはいかない。ザイ自身、前へ進まねばと思っている。

 僕なんかをみんな辛抱強く、よく待ってくれたよね。特に陛下。

 ザイはあまり気が長いとは言えない主人を思い浮かべて、笑った。
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